(※写真はイメージです/PIXTA)

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親への恩返しや責任感から、キャリアを犠牲にしてまで在宅介護に全力を注ぐ。しかし、その献身が必ずしも円満な結末を迎えるとは限らないのが現実です。 ある女性のケースから、孤立しやすい介護の実態と、備えるべきリスクについて考えます。

キャリアを捨て父の介護に専念した娘の末路

都内のマンションに一人で暮らす佐藤由紀さん(57歳・仮名)は、かつて大手企業で管理職候補として勤務していました。彼女の生活が一変したのは、今から8年前のことです。同居していた父・清さん(当時75歳)が脳梗塞で倒れ、要介護状態になりました。さらに介護を始めてから3年ほど経つと、認知症の症状も現れ始めます。

「最初は些細な物忘れから始まりましたが、次第に日時の混同や妄想なども出てきて。父は非常にプライドが高く、以前から『施設に入れられたら死ぬ』と公言していました。そのため、私一人で面倒を見るしかないと思い詰めてしまったんです」

それまでは外部サービスを利用しながら仕事と介護の両立を図りましたが、次第に精神的・肉体的な限界に達し、退職を決意します。24時間態勢の在宅介護に入る道を選んだのです。佐藤さんは独身で、きょうだいは遠方に住む弟が一人だけ。頼れるのは自分しかいませんでした。介護保険サービスは最低限に留め、食事の介助から排泄の世話まで、ほぼすべての時間を父に捧げるようになります。

「仕事を辞める前の年収は800万円ほどありました。当時、53歳。仕事を辞めたら再就職は難しいでしょう。迷いがなかったわけではありません。でも、父への恩を返したいという一心でした。貯金を取り崩すこともありましたが、父との時間を大切にしたい、悔いは残したくないという思いだったんです」

介護生活8年、仕事を辞めてから4年ほどが経過したころ、清さんは老衰のため自宅で息を引き取りました。周囲からは「最後までよくやった」と称賛され、由紀さん自身も深い達成感の中にいました。しかし、葬儀を終えたころ、彼女の心身に異変が生じます。

「朝起きた瞬間に、強烈な倦怠感と恐怖に襲われました。父がいない現実がより鮮明に感じられ、自分一人でどう生きていけばいいのか、何をして過ごせばいいのか、わからなくなってしまったんです」

由紀さんは清さんが亡くなったあとも、深夜2時に起きて父の部屋を見に行くルーティンを止めることができませんでした。さらに四十九日が過ぎたころ、遺品を整理していた彼女は一冊の古い通帳を見つけます。

「父の口座から、計800万円の現金が引き出されていました。要介護になる前のことですが、たまに帰省する弟に『住宅ローンの繰り上げ返済に使え』と生前贈与を繰り返していたようです。私はその後、自分の貯金を削って父の生活を支えることになったのに……」

弟に問いただすと「親父からやるって言われたから、ありがたくもらっただけ」という返答しかありませんでした。献身の果てに、57歳になった由紀さんの目の前にあるのは、底を突きかけた自分の預金口座と、キャリアの中断という現実だけです。

「私は父のためにキャリアも捨てたのに、一体何だったんでしょう。ただの介護要員……そう思うと、悲しみよりも『私の人生を返してほしい』という、やるせなさだけがこみ上げてくるんです」

介護離職が招く「経済的困窮」と「共依存」のリスク

厚生労働省『令和4年国民生活基礎調査』によると、主な介護者が「同居の家族」である割合は45.9%にのぼり、そのうち「ほとんど終日」介護に従事している層は27.2%に達しています。このように家族一人が負担を抱え込みやすい実態がある中で、仕事との両立を断念するケースは後を絶ちません。

総務省『令和4年就業構造基本調査』によると、過去1年間に介護・看護を理由に離職した人は約10万6000人。毎年10万人前後で推移しています。特に佐藤さんのような50代後半での離職は、厚生年金の加入期間短縮による将来的な受給額の減少を招きます。これは看取り後の自身の生活基盤を根底から揺るがす、深刻な経済リスクとなるのです。

こうした自己犠牲的な介護の背景には、被介護者と介護者が密室で依存し合う「共依存」の関係があります。同居家族が主な介護者となる場合、外部の支援から孤立しやすく、精神的な疲弊が限界に達しても「自分がやるしかない」という強迫観念に囚われがちです。

その結果、介護という役割を喪失したあとに深刻な燃え尽き症候群(介護ロス)に陥るだけでなく、佐藤さんの事例のように、献身が報われない事実(親族間の資産配分の不平等など)に直面した際に、大きなショックを受けることも少なくありません。

大切なのは、介護を情緒的な愛着の問題に留めず、公的な支援を前提とした生活設計として捉えることです。親の希望を優先して離職を選ぶ前に、地域の包括支援センター等を通じて外部サービスを最大限活用しましょう。子のキャリアと資産を守る視点を持つことが、介護を終えたあとも続く自身の幸せのためには不可欠です。