「誰だか分からない」ヒロイン2人の限界か 朝ドラ「風、薫る」が陥った“必然の不振”
必然の低空飛行
朝ドラことNHK連続テレビ小説「風、薫る」の視聴率が伸びない。NHKと民放の標準値である個人視聴率が平均8%を割っている。最近の朝ドラより約1%低い。視聴者数に直すと、関東地方で約40万人が離れたことになる。どうしてなのか? 考察したい。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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【写真】「見上愛」の意外な素顔 “よく間違えられる”そっくり女優と2ショット
「風、薫る」は現在、第3週(13日〜)。第4週(20日〜)からは前半の見せ場である看護学校編に入るから、そろそろ上昇気流に乗ると見ている。ただし、今後にも影響しそうな作品独特のクセがあり、それが気になる。
題材はタイムリー。物語では看護教育の黎明期を描くが、現代は看護教育の大転換期の真っ最中。看護学部・学科のある大学は1990年には11校に過ぎなかったものの、2023年には283校に激増。慶応大学などが新設した。

看護学部・学科の増加は時代の要請だ。医療の高度化や感染症の増加などに伴い、よりハイレベルな知識を持つ看護師の育成が急務だからである。看護師の地位をより向上させるのも目的だ。日本の看護師の評価は極めて高いが、賃金水準は不当なまでに低い。米国などOECD諸国と比べ、半分程度にとどまっている。
「風、薫る」の第1週(3月30日〜)、第2週(4月6日〜)が低調だった理由ははっきりしている。まずヒロイン2人のモデルである大関和と鈴木雅が無名に近かった。
2人は教育を受けた看護師(トレインドナース)の草分けであり、やがて看護婦養成などを行った偉大な人物だが、その功績について書かれた本は『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる著)など3冊しか存在しなかった。
ヒロイン2人を演じる女優もおなじみの存在とは言いがたい。大関を原型とする一ノ瀬りん役の見上愛(25)と、鈴木を基とする大家直美役の上坂樹里(20)。放送開始前、すぐに顔と名前が一致した人は少数派に違いない。
そのうえヒロインを2人にしたから、関係する登場人物がやたらと多くなった。その説明を第2週までにほぼ済ませたため、物語が駆け足になった。その結果、不明瞭な点が一部に生まれたように思えた。ちなみに「ばけばけ」(2025年下期)の第2週までの目立った登場人物は10人前後。今回は15人前後である。
朝ドラの2人ヒロインの前例は「ふたりっ子」(1996年度後期)、「だんだん」(2008年度後期)などがある。両作品はどちらも双子の姉妹の物語だったから、ヒロインのキャラクター説明と周辺人物の紹介がまとめて出来た。
今回のように出身地と生育歴の異なる2人をヒロインにすると、時間的に窮屈にならざるを得ない。夜の1時間ドラマだと2人主演は当たり前だが、生育歴の描写や家族の詳しい紹介などがない。
今回、何が不明瞭に映ったか。たとえば、りんと惹かれ合っていた竹内虎太郎(小林虎之介)の母親・栄(岩瀬顕子)は第2回(3月30日)、コレラに罹った。隔離された後に治癒したようだが、経過などがよく分からなかった。地域住民から不当な差別を受けた虎太郎は、母親の生還をどう受け止めたのだろう。
クレジットの謎
一番勿体ないと感じたのは「おっちょこちょい節」の扱い。江戸期から明治期にかけて流行した俗謡らしい。りんは第1回(3月30日)の冒頭から折に触れて歌っている。
第3回(1日)、りんは母親がコレラに罹っていた虎太郎の手を握らなかった。のちに「間違えた!」と後悔し、自分の短慮を嘆いた。りんは慎重なタイプに見えたが、実際には典型的なおっちょこちょいだった。
りんはコレラで他界した父親の信右衛門(北村一輝)の看病を本人任せにしてしまったときも「間違えた」と嘆いた。性格も生活観も合わぬ奥田亀吉(三浦貴大)と結婚したときも「間違えた!」だった。
「おっちょこちょい節」には、りんの前半生が投影されている。だから冒頭から歌われた。しかし、その意味が当初から広く伝わっていたかというと、疑問である。
2人ヒロインといえば、どうしてオープニングのクレジットは見上が単独のアタマ(最初に紹介)で、上坂が2番手なのだろう。見上が指名されての出演で、上坂はオーディション組だからか。そんなことはないだろう。主演であることに変わりはない。
「だんだん」は2人ヒロインの三倉茉奈(40)と佳奈(40)の名前を並記し、アタマで表示した。「ふたりっ子」のときは岩崎ひろみ(49)がアタマで菊池麻衣子(51)が2番手だったが、物議を醸した。
局を問わず、ダブル主演はアタマで並記するのが基本。4月スタートの作品だと、日本テレビ「月夜行路−答えは名作の中に−」(水曜午後10時)は波瑠(34)と麻生久美子(47)をアタマで並記。テレビ朝日「エラー」(日曜午後10時15分)も畑芽育(24)と志田未来(32)も並記している。
見上がアタマで上坂が2番手だと、観る側が「本当の主演は見上」と誤解する恐れがある。またスタッフのほうがよく知っているとおり、俳優にとって番手はギャラ並みかそれ以上に大切なもの。アタマでの単独表示はプロ野球のエースの称号に等しい。
NHKでの過去のエピソードを振り返ると、番手の大切さが浮かび上がる。向田邦子さんの原作に基づく不朽の名作「ドラマ人間模様 あ・うん」(1980年)にダブル主演したフランキー堺さんと杉浦直樹さんが、自分がアタマだと主張して譲らなかった。ともにインテリの紳士だったものの、番手にだけは強く拘った。
著名人をどう使うか
今後の展開で気になるのは著名人とりん、直美の関わり方。多部未華子(37)が演じている大山捨松と大関、鈴木は史実上は接点が見当たらない。実在した人物と想像上のキャラクターを関わらせるのは難しい。自由に書けない部分が出て来るからだ。一方、史実があるなら、ある程度はそれをトレースできる。
捨松はノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)を体現した人。賊軍となってしまった会津藩の家老・山川家の末娘として生まれ、1871(明治4)年から10年間にわたって米国へ官費留学。名門・ヴァッサー大学を学年3番で卒業する。一方で「人道・公平・中立」をモットーとする赤十字活動に共鳴し、自ら希望して米国の看護婦資格を取った。
「風、薫る」の中での捨松が苛立っているのは、留学で学んだことを社会に還元したいのに、それが出来ていないから。子供たちに公共心を徹底的に説く会津藩の「什の掟」が背景にはあっただろう。
捨松はバザーを行って資金を集め、1885(明治18)年に日本初の看護学校「有志共立東京病院看護婦教育所」(現・慈恵看護専門学校)を設立した。しかし、大関と鈴木が入学したのは翌86(明19)年に設立された桜井女学校付属看護婦養成所。都内女子中高御3家の1つとして知られる女子学院の系統である。
一方で物語のりんと直美が入学するのは、捨松が設立する架空の看護学校になる。微妙に史実と違うというのも描くのが難しい。全く違うほうが楽である。制約なく自由に創作できるからだ。
物語が捨松とりん、直美を結び付けた理由は、同じ時代に看護に関わっていたということだけではない。捨松の夫で元勲・大山巌の別邸と農場はりんの故郷である那須にあった。第5回(4月3日)でりんが大山夫妻の乗る馬車に出くわしたのもそのためだ。ただ、これも大山別邸などの説明がなく、勿体ない気がした。大山夫妻は墓所も那須を選んだ。
やはり大関、鈴木との関わりを示す史料がない実業家の清水卯三郎(坂東彌十郎)も出ている。第10回(10日)からだ。りんの勤め先となった舶来品店の主人である。その顧客として勝海舟(片岡鶴太郎)も出てきた。
気になったのは卯三郎とりんの出会いと関わり方である。仕事が見つからないりんが途方に暮れてベンチに腰を下ろしていたとき、卯三郎がチョコレートを分け与えてくれた。偶然の出会いである。やがて仕事も住まいも紹介してくれる。
捨松とりん、捨松と直美の出会いも偶然。りんと直美の出会いも偶然。それが第1週、第2週の間に起きた。そもそもドラマとは偶然の連続なのだが、短期間に続き過ぎたのではないか。それも視聴率浮上を妨げたように思う。
高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。
デイリー新潮編集部
