「考えごとを忘れたかった」飲酒して逆走、時速125キロで死亡事故…元少年の控訴棄却、法廷で見せた涙
埼玉県川口市で2024年9月、飲酒後に車を運転し、一方通行の道路を逆走して男性(当時51歳)を死亡させたとして、危険運転致死などの罪に問われた中国籍の元少年(当時18歳)の控訴審。
東京高裁(細田啓介裁判長)は3月24日、懲役9年の実刑判決とした一審判決を支持して、元少年の控訴を棄却した。
一審判決について、弁護側は「事実認定に誤りがある」と主張していたが、退けられた。(ライター・学生傍聴人)
●一審は危険運転致死罪の成立を認定
早朝の閑静な住宅街に、大きな衝突音と振動が響いた。
事件の一部始終を捉えた防犯カメラの映像は多くの報道で繰り返し使われ、大きな衝撃を与えた。
判決などによると、元少年は2024年9月29日早朝、酒気を帯びた状態で乗用車を運転し、制限速度30キロの一方通行道路を逆走。
そのまま時速125キロで交差点に進入し、被害者の男性が運転する車と衝突し、外傷性大動脈解離により死亡させた。
●一審で「いつもと同じ感覚で運転できていた」と否認
一審のさいたま地裁で元少年は、検察側の「制御困難な高速度での運転だ」との指摘に対して、次のように述べ起訴内容を否認した。
「いつも運転しているときと同じ感覚で車を運転することができていました」
弁護側も「注意義務を怠った過失運転致死罪にとどまる」と主張し、当時少年だったことを踏まえ「少年院送致などの保護処分が相当だ」とうったえた。
しかし一審判決は、道路の幅が約2.8メートルである点などを考慮して、「時速125キロの高速度で逆走しており、わずかなハンドルの誤操作だけでも車線を逸脱するなどする状況にあった」と認定。
「回避するための措置を講じることは到底困難な状況にあった」として、危険運転致死罪の成立を認めた。
さらに「交通ルールを意に介さない無謀なもの」だと強く非難し、「刑事責任は重大だ」として懲役9年の実刑判決を言い渡した。弁護側は判決を不服として控訴していた。
●控訴審も「法的判断は相当」と維持
弁護側は控訴審で「衝突直前に急ブレーキを踏んでおり、進路を逸脱せずに運転できていた」などと主張。「制御困難であることを示すには説明不十分だ」とうったえた。
これに対して、東京高裁は「道路の具体的状況を見れば、被告人の運転する車両は高速度であり、わずかなハンドル操作のミスによって道路から逸脱するものである」と指摘。
危険運転致死罪の成立を認めた一審の判決について「法的判断として相当なもので維持できる」と肯定した。
また、弁護側の「保護処分にすべきだ」という主張についても「危険性の度合いは高く、結果は言うまでもなく重大」と断じ、量刑も維持した。
●事故後にその場から立ち去った元少年の友人
一審で提出された証拠などによると、事件の経緯はこうだ。
元少年は事件当日未明、友人とレンタカーでカラオケ店に向かい、そこで未成年でありながら飲酒。逮捕時の取り調べでは「焼酎をロックでコップ3杯飲んだ」と供述している。
その後、友人に飲酒運転をとがめられたものの、別の友人を乗せて川口市内を運転。事件現場の交差点につながる一方通行の道路に進入すると、逆走に気づきながらもアクセルを強く踏み込んだ。
「交差点がある」と気づいたものの、ブレーキは間に合わず、被害者が運転していた車に衝突。その衝撃で被害者は道路上に投げ出され、建物などに身体を強く当たって死亡した。
一審が認定した事実によると、衝突直前の速度は時速125キロで、アクセルは87%踏み込まれ、ブレーキはかけられていなかった。
事件後に元少年は逮捕されたが、同乗していた友人はその場から立ち去っている。
●法廷で持論を展開「考えごとを忘れたかった」
「こんな無茶苦茶な運転する子ってどんな子なんだろうね」
筆者が事件現場を訪れた際、近隣住民からそんな言葉を投げかけられることがあった。
一審の初公判で法廷に現れた元少年は、白いワイシャツに黒色のズボン姿で、不安そうな表情を浮かべていた。あどけなさが残る、おとなしそうな19歳相応の印象だった。
日本での生活が長く、日本語は不自由なく話せるようで、法廷通訳人を介することなく、はっきりとした口調で質問に答えた。
被告人質問で「なぜスピードを出したのか」と動機を問われると、このように回答した。
「いろんな考えごとや悩みごとがあって、あまり運転に集中できませんでした。運転に集中できないと危ないので、一旦考えごとをすべて忘れたいなと思い、スピードを出しました」
さらに、元少年は「交通法規」を無視するような持論を展開する。
「スピードを出せば、事故を起こさないために人や車に注意して運転に集中できると思いました」
●涙を見せた少年「罪深さを忘れません」
最終陳述で、時折涙を見せながら、元少年は自身の犯した過ちを悔いた。
「私は、今後の人生において、決して今回自分が起こしてしまったこと、自分が命を奪ってしまったという罪深さを忘れません」
その言葉からは、これからの人生を背負う覚悟をしたようにも感じ取れた。
