「昭和天皇にお金を貸した」新聞記者の驚きの証言…過去の雑誌記事から分かる「意外な素顔」

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編集者・記者稼業をしていると、とんでもないアイデアに出くわすことがあります。私の場合、皇室については2つのスクープのアイデアをもらいました。ひとつは、昭和天皇単独インタビューで、もう1つは昭和天皇の手相を見る、というものでした。天皇家の過去の記事を読むと、現実離れした話しが多くて面白いのです。

記事前編は【昭和天皇に唯一の「単独インタビュー」をした外国人記者が明かした衝撃のスクープ…皇居の「秘められた場所」の意外な事実】から。

「昭和天皇にお金を貸した」男性

「文藝春秋」昭和24年8月号には、「天皇に金を貸した話し」がでてきます。昭和天皇が皇太子時代、自分で都電にのった時、電車代を支払うのをご存じなかったのは有名な話ですが、同じく皇太子時代の大正10年、欧州外遊にあたってパリを訪問されたときも財布を持参せずに外出されたことがありました。当時のパリはそれこそ、文化の中心地、外遊団には、側近たちが10人近く付き添い、観光に夢中になっていたそうです。

皇太子は、パリの土産物屋で、気に入ったものが多くあり、母親や、親戚の皇族たちに、それぞれ土産物を買ったため、相当な金額になりました。しかし、一行は、元々観光には自動車で出かける予定で、あくまで軽い散歩のつもりで出てきていたため、だれも財布をもっていないという珍事が発生したのです。パリの土産物屋の店主に、「日本の皇太子一行だから、金銭はあとで届ける」といっても通じません。当時は、黄色人種として一段下にみられていた一行とパリの店主のにらみ合いに発展しました。

そこに一人だけ現金をもっている日本人が急を聞き、駆けつけました。政府の人間ではなく随行記者として、あとで集合した時事通信の記者後藤武男氏(のちに茨城新聞社長)でした。変事を聞きつけた後藤氏は、出張用に持参した金銭を西園寺八郎御用係に渡し、事なきをえたそうです。後藤氏のもっていたオカネは元々会社の金であるため、帰国時に欧州の船上で返却されましたが、後藤氏は戦後もそのことを悔やんでいたそうです。もし、あのとき、すぐに受け取らないで、日本に帰るまで、貸したままにしておけば、天皇陛下にオカネを貸している唯一の日本人であれたのに……と。

芸人やミュージシャンと対談した昭和天皇

雑誌にも、新聞にも、昔は、皇室との密接な関係に触れた記事がたくさん存在します。古い記事で一番有名なものは「天皇陛下大いに笑ふ」(「文藝春秋昭和24年6月号」)でしょう。なにしろ、少し前まで現人神だった昭和天皇が、普段は、お茶目で、ユーモアのある人だということを、辰野隆(たつのゆたか/東京大学教授)、徳川夢声(作家・俳優)、サトウハチロー(詩人・童謡作家)の3人のトリオが陛下との会見記を座談会でぶちまけたからです。

たとえば、お酒は、3歳か4歳のときに正月にお屠蘇を飲んで苦しかったので、呑まなかったけれど、「医者が少し飲めといわれ練習しておる。薄めて飲んでおる」。みんなが日本酒かと思っていると葡萄酒。派手な花は好きではなくて雑草がお好きで、庭が荒れているので、手入れしようとすると「手入れはしないでくれ」と、自然そのままがお好きだそうで、3人がおめにかかるときは背広とネクタイがいつも一緒。ズボンは擦り切れていても質素が好きだと平気だったとか。

「大笑いする昭和天皇」に緊張がとけた

そして、3人ともに、陛下が「あ、そう、アッハアハア」と何度もお笑いになるのを聞いて、自分たちも緊張がなくなり、最後は打ち解けて、みなさん腕組みをしたり、煙草を吸ったり、リラックスした2時間を過ごしたそうです。昭和天皇の素顔がわかる座談会でしたが、最後のエピソードが傑作です。

陛下は鬼ごっこをなさるそうなのですが、普通隠れたり、木の周囲をまわったりするのに、陛下は全力でまっすぐ真っ直ぐ、どこまでも真っ直ぐお逃げになる。洒落や冗談じゃなく全力をつくすのが昭和天皇の性格で、3人とも会ってとても気持ち良い方だったとのこと。

辰野、徳川、サトウといえば、著名人ではありますが、今でいうと徳川は芸人でサトウはミュージシャンです。そういうひとたちと普通に面会されていたことが、明らかになったのは、国民の心を癒した対談になっただろうと思います。

「皇族が買った本」が売り文句に

また、菊池寛が芥川龍之介を編集主幹として、文藝春秋から小学生全集を発売したときには、同時に北原白秋編でアルス社からも北原白秋が訳者を有名作家に指名した豪華な少年少女用の文学全集が発売され、競争となりました。ともに壮大な企画だけに、新聞広告もド派手に大きく、しかも、その広告では「○○宮ご一家、子育ての教育のためにご購入」という言葉が売りになっていました。

いまや、皇室御用達という言葉が宣伝に使われる程度ですが、かつては商魂たくましく皇室が使われていたのです。佳子さまが身につけたファッションが売れるといった現代の皇室ブームも、元々ルーツは戦前からあったようです。

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