「りくりゅう」への“失礼質問”を猛批判 小籔千豊の直言力「ご関係を聞くのはゲスい」「もう二度と聞かんでええ」
帰国会見で波紋
今年2月に行われたミラノ・コルティナ冬季五輪は、日本中の人々に興奮と感動をもたらした。その中でも最も注目度が高かった競技の1つが、フィギュアスケート・ペアである。【ラリー遠田/お笑い評論家】
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【写真】「朝からもらい泣き」「涙がぽろぽろ」…りくりゅうペア、圧巻の演技と熱い抱擁
そこに挑んだ「りくりゅうペア」こと三浦璃来・木原龍一ペアは、ショートプログラムでリフトのミスが出て5位と出遅れたものの、翌日のフリーで世界歴代最高得点となる158.13点を叩き出し、合計231.24点で大逆転。日本ペア史上初の金メダルを獲得した。
そんな彼らの帰国会見で波紋を呼んだことがあった。関西テレビの情報番組「旬感LIVEとれたてっ!」で会見の様子が取り上げられた際、記者から彼らに失礼な質問があったことに対して、スタジオにいた小籔千豊が「(そんな質問は)もう二度と聞かんでええと思います」と厳しく批判したのだ。

会見の中では、記者が2人の関係について触れて、「兄妹のようにも、友人関係にも、夫婦漫才にも見える。“りくりゅう”は何が正解なのか」と問いかけた。三浦は「一緒にいて当たり前で、家族みたいな存在」と語り、木原も「戦友じゃないですかね」と応じて、「あとはご想像にお任せします」と笑顔で締めくくった。この返答は、具体的な話に踏み込みすぎず、場の空気を壊さない絶妙な距離感を保ったものだった。
彼らが出場したペア競技は、シングルとは異なり、ジャンプやスピンの個人技に加えて、ツイストリフトやデススパイラルといった高度な連携技術が求められる。わずかなタイミングのズレが大きな失敗につながる過酷な競技であるため、身体能力だけでなく、絶対的な信頼関係と日々の緻密なコミュニケーションが不可欠だ。
りくりゅうは、海外を拠点に共同生活を送りながら練習を重ね、長い時間をかけて呼吸を合わせてきた。演技中の視線の交わし方や、リフトの入りの瞬間の迷いのなさは、単なる仲の良さでは説明できない、積み重ねの成果である。だからこそ、氷上での息の合った姿から「付き合っているのではないか」という憶測が広がったのも無理はない面がある。
しかし、競技そのものよりも関係性の方に注目が集まってしまうのは本末転倒であるし、そもそも選手のプライベートな問題に対してマスコミが過度に踏み込むべきではない。
会見でのやり取りを受けてスタジオで議論が展開されると、小籔は「向こうから発表されてないアスリートに対して、ご関係を聞くのはゲスいと思います」と言い切り、「がんばらはりましたね、勇気もらいました、ありがとうございます、で済んだらええ話」と主張したのだ。
シンプルだが核心
彼の意見はシンプルだが核心を突いている。競技で偉業を成し遂げた選手に対して、なぜ私的な関係性を問いただす必要があるのかということだ。そんな小籔の発言に対して、SNSなどでは称賛の声が相次いでいる。
小籔は単に今回の質問者に対して批判をしただけではなく、今後のスポーツ報道のあり方にまで踏み込んでいた。彼は「次、また違う人らがメダル取ったときに、毎回聞かれまっせ」と述べ、今回の質問が慣習化することへの懸念を示したのだ。アスリートの集中力や信頼関係を守る視点に立てば、踏み込むべきでない領域があるというわけだ。
ここで浮かび上がるのが、小籔千豊という芸人の特質である。彼は長年にわたって吉本新喜劇の座長を務めた経歴があり、毒舌キャラとしても知られているが、単に過激なことを言うだけにとどまらない社会性と健全なバランス感覚を持ち合わせている。社会問題やメディアのあり方についてもたびたび持論を展開し、賛否を呼びながらも一貫したスタンスを貫いてきた人物だ。
マスコミとは一種の拡声装置である。メディアを通すことで不特定多数の人間に大量の情報を届けることができる。当然、そこにはリスクもある。間違った情報を広めることで、さまざまな問題が起こる可能性はある。個人のプライバシーが侵害されることで、取り返しのつかない被害を生んでしまうこともある。
数年前には恋愛リアリティ番組の出演者がネット上で誹謗中傷されて自ら命を絶ってしまったこともあったし、「探偵!ナイトスクープ」で取材された一般人がヤングケアラーをめぐる疑惑で猛批判を浴びたこともあった。いまやテレビというメディアに不信感を抱いている視聴者も少なくない。マスコミは個人の尊厳をどう守るのかということに関して、今まで以上に自覚的でなければいけない立場にある。
そんな中で、多くの人が興味を持っているからといって、アスリートに対してプライベートな関係性に踏み込む質問をすることにどれだけの正当性があるのか。小籔は一視聴者の素朴な感覚から、この点で質問者を批判したからこそ、多くの人に賛同されたのだ。
テレビというメディアの中で、小籔のような出演者が自覚的に声を上げることの意義は大きい。大会が終わり、人々のアスリートに対する関心が競技そのものから私生活へと移っていくタイミングで、彼の言葉はマスコミの暴走を抑止する1つの歯止めになったのではないか。
ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。
デイリー新潮編集部
