里親として事情により親と暮らせない子どもと生活しながら、里親家庭を支援する活動もしている齋藤直巨(なおみ)さん。里親を志したきっかけは第2子を流産したことだったといいます。そして、初めて預かった2歳の里子との生活は、わずか2か月ながらも壮絶なものでした。

【写真】「まるで双子」齋藤家に最初に預けられた2歳の里子と歳の近い次女 ほか(4枚目/全10枚)

「今、もうひとりなら育てられる」

── 齋藤さんは現在、大学生の女の子を里親として養育しているそうですね。里親に興味を持ったきっかけを教えてください。

里子と長女がのんびりカフェでくつろいでいる様子

齋藤さん:私が子どものころは、「子どもは親の言うことを聞きなさい」という言葉に表れているように、子どもの意見なんか聞かない昭和の考え方がまかり通っていたように思います。「子どもにも意見があるのに」と、納得できなかったんです。だから、自分が大人になったら、それとはまったく違う、子どもをひとりの人間として尊重するような子育てをしてみたいと思っていました。高校生のころに、ニュースで不妊治療のことを取り上げられているのを見て、もし子どもに恵まれなかったら、里親として子どもを育てさせてもらいたいと、なんとなく考えていましたね。

その後、結婚して長女を授かりましたが、2人目を流産してしまったんです。流産する前にはひどい痛みがありましたが、子どもを守るために痛み止めの薬も使えず、もがき苦しみました。親としてどんなに頑張っても、会うことも、抱きしめることもできない2番目の子の存在を通して、今、生きている子どもたちの命がいかに尊いものか、あらためて痛感しました。人は本当に奇跡の連続で生きている、ということがよくわかったんです。このとき、「親と離れて暮らして生きている子どもたちの力になりたい」というぼんやりした気持ちが浮かびました。

── 2人目を流産した後、すぐに里親の登録をされたのですか?

齋藤さん:いえ、実はそのあと再び妊娠して、次女を出産したんです。ただ、今度は切迫流産を経験し、半年間寝たきり状態だったこともあり、産後しばらくは里親どころではありませんでした。

転機となったのは、次女が1歳になったころです。将来の介護も見据えて義母との2世帯同居を始めたのですが、義母が私と家族を本当に温かく見守ってくれて。義母の献身的なサポートのおかげで、子育てのルーティンがすごく安定しました。外界から切り離され、ただただ子どものめんどうを見て、日が暮れていく日々。そのなかで、子育てだけに向き合える純粋な時間が生まれていると実感したんです。

この状況が保てている今なら、もうひとり育てられるんじゃないかと感じました。それで、児童相談所に電話したんです。それから約1年後、長女が小学2年生、次女が3歳のときに、短期里親として2歳の女の子を1か月間預かることになりました。

「お父さん」という言葉に震え泣き叫ぶ2歳の里子

── 初めて里子を預かってみて、理想と現実の違いを感じることはありましたか?


齋藤さん:1年間、里親サロンで先輩方の経験をお聴きし学んでいました。それでも想定外のことが多すぎて、最初はまったくうまくいきませんでした。まず、里子は「お父さんが怖い」と言って、お父さんという言葉を聞いただけで震えて泣くんです。それ以外にも、ご飯を食べる、オムツを替える、お風呂に入るなど、何をするにもパニックになり、泣き叫ぶ毎日でした。

2歳の里子は型抜きしてかわいらしく盛りつけたご飯を見ても泣いていたそう

おそらく実父から虐待を受けていて、ご飯やオムツ替え、入浴といったタイミングのたびにつらい目にあっていたのでしょう。今なら、そのときどきで恐怖心がフラッシュバックして泣いていたのだとわかります。しかし、当時はそれすら想像がつかなくて、ただただ心配し、寄り添うしかありませんでした。

── そうだったんですね…。とはいえ、齋藤さんの旦那さんが家にいる状況もあり、何か対策を講じる必要があったと思います。

齋藤さん:ひざかけをやわらかいソファーに設置して、いつでも逃げ込めるシェルターにしました。夫の姿が見えたら、里子がすぐにひざかけにくるまって逃げ込むのですが、網目から夫と子どもたちが仲よくしている姿をみて安心したようでした。

少しずつわが家での暮らしにも慣れたようで、泣き叫ぶことは減っていきました。1か月後には、夫と次女と里子の3人で公園へ遊びに行けるまでになりました。

小さな命の覚悟に「里親をやめてはいけない」と誓った日

── それはすごい進歩ですね。齋藤家にせっかく慣れてくれたのに、1か月で別れるのはつらかっただろうと想像します。

齋藤さん:期間が1か月延長され、合計2か月預かりましたが、お別れのときはやはりつらかったですね。別れの前日、ベビーカーに里子を乗せて買い物に出かけたのですが、涙を堪えつつ里子のひざかけを直していたとき、突然、里子が私をじっと見て、その後すぐに視線をそらして言ったんです。「なおちゃん、泣かないで」って。その勘の鋭さには、本当に驚きました。

「どうして泣いちゃダメなの?」と私が聞くと、「私はお父さんのところに行かなきゃならない。私もつらいけど、泣かないように頑張っているから、なおちゃんも泣かないで」と答えてくれて。それを聞いてもう堪えきれず、号泣してしまいました。

── 2歳とは思えない痛切なひと言ですね。

齋藤さん:2歳という年齢は、本来ならわがままだけを言っていればいい時期です。それなのに、この子は我慢できないことを我慢して、こんなにも頑張っている。そう思ったら涙が止まりませんでした。

実はそれまで、「何も力のない私だから、里子は生涯にせめてひとり」と考えていました。でも、この小さな子の精いっぱいの頑張りに直面した瞬間、「この子のような子どもたちがまだ何万人もいるのに、本当に里親をやめていいの?」と思い直したんです。いつかこの子と再会する日が来たら、親として恥ずかしくない人間になっていたい。その強い思いとともに、「里親をやめちゃいけない」と決心させられました。

とはいえ、短期預かりの里子との別れはあまりにつらくて。次は長く関係を継続できる長期の里子を希望しようと心に決めました。

その翌年、長期里親として3歳の女の子を迎えた齋藤さん。ところが、愛着の課題からくる嘘や吐き戻しといった行動に悩み、「かわいいと思えない」と心が折れそうになる日々が続きました。「もうやめたい」と毎日悩んでいた齋藤さんに、いつも救いの手を差し伸べてくれたのは、先輩里親の存在だったそうです。

取材・文/小松粼裕夏 写真提供/齋藤直巨