インテル出身の元ベルギー代表DF、3回目の前十字靭帯断裂により26歳で引退「この年齢でしなければいけないとは思わなかった」
インテルにも所属した元ベルギー代表DFジーニョ・ファンフースデンが今月21日、怪我により引退することを発表した。
26歳のファンフースデンは2015年にスタンダール・リエージュのアカデミーからインテルのユースチームに加入し、トップチーム昇格後はS・リエージュへの完全移籍を経験するも21年にインテルへ完全移籍で復帰。その後はジェノアやAZ、メヘレンへのレンタル移籍を経て今季よりスペイン3部のマルベーリャに加入していた。
2020年には21歳でAマッチデビューを飾って将来が期待されていた一方、17年に前十字靭帯断裂の大怪我を負うと19年に2回目の前十字靭帯断裂を経験するなど早くから怪我に悩まされていた。以降も足の骨折やヘルニアなどで離脱を余儀なくされ、今月9日のリーグ戦で3回目の前十字靭帯断裂を負った。
ファンフースデンは今回の負傷を受け、自身のインスタグラム(@zinhovanheusden)で「この年齢でしなければいけないとは思っていなかった決断を下す」と綴りながら引退を発表した。インテルでは公式戦のベンチ入りはあったが出場はなかった一方、S・リエージュでは公式戦100試合に出場。ジェノアではセリエAで14試合に出場したプロキャリアに幕を閉じた。
インスタグラムでは壮絶なこれまでの日々を明かしながら、今後についても以下のように綴っている。
「幼少期に父と一緒に好きなクラブ(S・リエージュ)を応援していた日々を経て、自らそのクラブで100試合プレーしてウルトラスのためにゴールを決め、キャプテンも務める栄誉まで得た。それだけでなく代表デビューも果たし、セリエAでもプレーする機会を獲得した。これらはサッカーを始めた頃からしたら現実離れした夢のようなことだ」
「こうした素晴らしい経験の一方、ここ数年は厳しい時期だった。公表した以上にはるかに厳しいものだった。怪我、手術、注射、薬…復帰のためにつねに最善を尽くしてきたが、怪我をするごとに難しくなった。自分のレベルを探して痛みを堪えてプレーし、練習や試合のたびに翌日自分の体はどうなるかを不安に思いながら過ごしていた。こうなりたいと思う選手であり続けるために戦い続けたが、ずっと新たな戦いが待ち受けていた」
「心の中ではこれからもサッカー選手であり続けたいと思っているが、体はかなり前から僕に『もう十分だ』と伝えてきた。僕自身へのリスペクト、健康、そして父としての責任をもってこの決断を下すことにした」
「この文章を書いている今はすごく非現実的な気分がする。それでも僕は痛みなく歩き、息子と遊び、家族との生活を楽しめる人生を送りたい。サッカーのない生活がどんなものかは想像できないけれど、これからそれを発見していくつもりだ」
26歳のファンフースデンは2015年にスタンダール・リエージュのアカデミーからインテルのユースチームに加入し、トップチーム昇格後はS・リエージュへの完全移籍を経験するも21年にインテルへ完全移籍で復帰。その後はジェノアやAZ、メヘレンへのレンタル移籍を経て今季よりスペイン3部のマルベーリャに加入していた。
ファンフースデンは今回の負傷を受け、自身のインスタグラム(@zinhovanheusden)で「この年齢でしなければいけないとは思っていなかった決断を下す」と綴りながら引退を発表した。インテルでは公式戦のベンチ入りはあったが出場はなかった一方、S・リエージュでは公式戦100試合に出場。ジェノアではセリエAで14試合に出場したプロキャリアに幕を閉じた。
インスタグラムでは壮絶なこれまでの日々を明かしながら、今後についても以下のように綴っている。
「幼少期に父と一緒に好きなクラブ(S・リエージュ)を応援していた日々を経て、自らそのクラブで100試合プレーしてウルトラスのためにゴールを決め、キャプテンも務める栄誉まで得た。それだけでなく代表デビューも果たし、セリエAでもプレーする機会を獲得した。これらはサッカーを始めた頃からしたら現実離れした夢のようなことだ」
「こうした素晴らしい経験の一方、ここ数年は厳しい時期だった。公表した以上にはるかに厳しいものだった。怪我、手術、注射、薬…復帰のためにつねに最善を尽くしてきたが、怪我をするごとに難しくなった。自分のレベルを探して痛みを堪えてプレーし、練習や試合のたびに翌日自分の体はどうなるかを不安に思いながら過ごしていた。こうなりたいと思う選手であり続けるために戦い続けたが、ずっと新たな戦いが待ち受けていた」
「心の中ではこれからもサッカー選手であり続けたいと思っているが、体はかなり前から僕に『もう十分だ』と伝えてきた。僕自身へのリスペクト、健康、そして父としての責任をもってこの決断を下すことにした」
「この文章を書いている今はすごく非現実的な気分がする。それでも僕は痛みなく歩き、息子と遊び、家族との生活を楽しめる人生を送りたい。サッカーのない生活がどんなものかは想像できないけれど、これからそれを発見していくつもりだ」
