習近平の「最大の敵」は中国内部にいる…強固で盤石な「一強体制」を崩壊させる"3つのリスク"
※本稿は、上田篤盛『兵法三十六計で読み解く中国の軍事戦略 「戦わずして勝つ」台湾侵略と尖閣占領』(育鵬社)の一部を再編集したものです。

■お粥をすする時代から政治家として台頭
習近平の歩みは、まさに「挫折と再起」を原点とする権力上昇の物語である。1953年、太子党の子として生まれながら、文化大革命で父・習仲勲が失脚し、自身も紅衛兵に糾弾された。
16歳で陝西省延安に下放され、粟粥をすすりながら耐えた経験は、彼の粘り強さと現実主義的な統治スタイルを形作った。
1974年に共産党へ入党した後は、福建省・浙江省での地方行政経験を積み重ね、着実に官僚の階段を上りながら、軍との関係も深めていった。浙江省では省党委員会書記だけでなく、省軍区党委第一書記を務めるなどの軍との関わりが彼の政治的台頭を後押しした。
先の薄熙来事件が発生した時、まさに2012年秋の第18回党大会を前にした夏、一時的に習近平の動静が表から消えた。彼の健康不安説、失脚などが噂され、総書記への就任に黄色信号が点滅し始めた。実は、習近平は胡錦濤や温家宝から薄熙来事件の始末を任せられていたようである。
■「幼なじみ」を排除し、最高権力へ
習近平と薄熙来は、共に「太子党」と呼ばれる高級幹部の子弟であり、父親同士――習仲勲と薄一波は古くからの同志だった。かつて習は薄を「薄にいさん」と呼ぶほど親しい間柄であり、二人は幼なじみでもあった。

だが、共産党の序列上では、習が上位に立つことになる。この微妙な関係のなかで、習は冷静に薄熙来を排除した。政権の安定、すなわち“桃”を守るために、近しい関係にあった薄熙来という“李”を切ったのである。さらに、薄熙来をかばった常務委員の周永康も粛清され、習の最高権力への道が完全に開かれた。
李代桃僵(りだいとうきょう)
「李が桃の代わりに倒れる」という意味のたとえで、避けがたい損害を前にしたとき、価値の低いものや自陣営の一部(例えば部下や部門など)を犠牲にし、より重要なもの(組織、リーダー等)を守ることで、全体の損害を抑えつつ勝利を得る計略
■共産党内の腐敗を徹底的に摘発していった
2012年の第18回党大会時点では、江沢民派がなおも党内に強い影響力を持っており、習近平の出発点はむしろ不安定だった。しかし、この時、前任者の胡錦濤が党・政府・軍すべてのポストを潔く明け渡したことにより、権力掌握が順調に進む。習近平体制の安定移行は、ある意味で胡錦濤の歴史的偉業でもあった。

習の支配体制を一気に強固なものとしたのが、「トラもハエも叩く」と称した反腐敗運動である。盟友・王岐山(当時、常務委員兼中央規律検査委員会書記)と連携し、党内の腐敗を徹底的に摘発していくことで、国民の喝采を浴びるとともに、政敵の粛清を正当化する口実を得ていった。
2016年には胡錦濤の側近で、党中央委員として党中央書記処書記や統一戦線部長を歴任した令計画を、2017年には江沢民派のホープで第18期政治局委員の孫政才を失脚させた。
■本当の狙いは「政敵たちの失脚」
ここで見られるのが、「指桑罵槐(しそうばかい)」の計である。表向きは「腐敗撲滅」という正義を振りかざしつつ、実際には政敵(=槐)を狙い撃つ構図だ。習は法制度上の正当性を掲げながら、党内における異なる派閥の影響力を巧みに切り崩していった。まさに「桑を指して槐を罰する」兵法の現代的な適用である。
指桑罵槐
「桑の木を指して槐の木を罵る」との意味のたとえで、主敵を直接攻撃せずに、別のものを攻撃することで、主敵からの反撃を回避する計略
2022年の第20回党大会において、習近平は名実ともに「一強体制」を確立した。2018年には国家主席の任期制限を撤廃し、2022年には団派や中道路線の代表とされる李克強・汪洋らを常務委員会から排除。さらに、昇格が有力視されていた胡春華も政治局から外され、自身の側近である李強・蔡奇・丁薛祥らを新たに常務委員に据えた。
こうして形成された習一強体制は強固で盤石のように映るが、同時に深刻なリスクを孕んでいる。
■国民の不満がじわじわと高まっている
第一は、「一点集中型」の政治体制の柔軟性欠如である。側近で固められた指導部は異論が入り込む余地が乏しく、あらゆる判断は習個人の健康・思考・政治的直感に依存することになる。政権の硬直化は、2035年までに「社会主義現代化の基本実現」を掲げる習の国家戦略にも影を落としかねない。
第二は、中国が抱える構造的な経済・社会課題との相克である。急速な少子高齢化、都市部と農村の格差、不動産バブルの崩壊といった要素に加え、国有企業中心の非効率な経済構造や、西側諸国による技術・資本の遮断といった圧力も強まっている。国内では青年層の失業率が高止まりし、社会の不満が静かに蓄積されつつある。
第三に、体制の将来を担う後継者像がいまだ明示されていないことも、構造的な不安要因である。第19回党大会以降、共青団派(団派)の胡春華や、習派内でも後継候補と見られていた陳敏爾(前重慶市委員会書記、現天津市委員会書記)の政治局常務委員への昇進が見送られた。
とりわけ胡春華は、第20回党大会で政治局からも外れ、ヒラの党中央委員に格下げされ、後継者の芽は完全に摘まれた。
■有力な後継候補が次のスケープゴート?
最も注目されるのが、後継と目される国務院総理・李強との関係だ。李は習の浙江時代からの側近であり、総理就任も“子飼い人事”と見なされてきたが、最近では経済政策や地方への裁量配分をめぐって、独自色を強めつつあるとの観測がある。経済再建の成否次第では、李強が李克強と同様の扱い――すなわちスケープゴートとして処理される可能性も取り沙汰されている。

制度的な退任ルールが取り払われたことで、習近平は事実上、自らが引退するか、もしくは失脚によって排除されるかの二択に直面している。こうした状況において、「台湾統一」は成果としての意味を帯びてくる。平和的手段であれ、武力統一であれ、台湾の回収は「毛沢東に並ぶ指導者」という歴史的地位を築くための象徴であり、退任に向けた花道ともなり得る。だが、もしそれに失敗すれば、習近平体制の正統性そのものが揺らぐことにもなりかねない。
このように、習近平の一強体制の強固さは、同時に脆さの裏返しでもある。制度でなく個人、成果でなく権威に依存するこの支配構造が、内外の変動に耐えうるのか――それこそが中国の未来を左右する鍵である。
■“最大の敵”は政権内部にいるという教訓
もう一つの火種は、軍との関係である。習が軍権掌握の象徴とした張又侠(軍事委員会副主席、陸軍上将)との間に、近年不協和音が生じているとの憶測もある。

習は軍改革を進める一方で、腐敗摘発によって軍内の既得権益層の反発も買っており、その一部が張の出身派閥と重なる可能性が指摘されている。2023年には軍系幹部に対する大量の規律違反調査が相次いで発表され、「軍の引き締め」を超える異変の兆しと受け止める向きもある。
このような見方はいずれも報道ベースであり、確認された事実とはかぎらない。外部メディアによる観測には憶測や誇張が混じることも多く、鵜呑みにするのは危うい。
とはいえ、密室的な中国政治においては、制度構造の緊張や内部リスクに注目する視点自体は重要である。「林彪事件」など、過去に忠臣が突然裏切る例が繰り返されてきたことから、指導層自身が常に内部の動揺を最大のリスクと見なす傾向は否定できない。
政権にとっての“最大の敵”は外部ではなく、内側にいる――これは歴代指導者が体得してきた教訓であり、習近平もまた例外ではない。
■「一強体制」に潜む不協和音、火種
習近平政権は「中華民族の偉大な復興」を掲げ、経済と軍事を両輪とする国力の強化を進めている。その根幹にあるのが「国家安全」である。だがここで言う国家安全とは、外敵からの防衛ではなく、共産党体制の安定――すなわち「指導部の安定」と「異論の排除」を意味している。
毛沢東の粛清、小平の天安門事件、江沢民や胡錦濤の権力闘争においても、「国家安全」とは常に政権の内部制御を指してきた。そして現在、習近平は軍の掌握、長老支配の排除、側近中心の常務委員会を通じて「一強体制」を確立したが、その裏には不協和音や政争の火種も潜んでいる。
こうした内部の不安定さは、しばしば対外強硬策という形で表出する。経済や社会の停滞によって政権の正統性が揺らげば、台湾や尖閣をめぐる軍事的圧力が「成果の演出」として浮上する可能性がある。中国の対外政策を読み解くには、軍事動向だけでなく、共産党内部の権力構造とその安定性に注目する必要がある。
----------
上田 篤盛(うえだ・あつもり)
元防衛省情報分析官
株式会社ラック「ナショナルセキュリティ研究所」客員研究員、(一社)日本カウンターインテリジェンス協会顧問。1960年生まれ。防衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上自衛隊に入隊。幹部レンジャー課程を修了後、情報業務に従事。1993年から96年にかけて在バングラデシュ日本国大使館に警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策などを担当。帰国後、防衛省情報分析官および陸上自衛隊情報教官として勤務。2015年に定年退官。現在はインテリジェンス、防諜、サイバーセキュリティーに関する啓発活動を行っている。隔月誌『GLOBALVISION』にて連載中。これまで内閣官房、防衛省、国土交通省、財務省、厚生労働省などの官公庁、自治体、企業において多数講演を行う。著書に『武器になる情報分析力』『戦略的インテリジェンス入門』(以上並木書房)、『未来予測入門』(講談社現代新書)、『情報戦の日本史』『カウンターインテリジェンス-防諜論』(稲村悠氏との共著、以上育鵬社)など多数。
----------
(元防衛省情報分析官 上田 篤盛)
