絆の強さは実の兄弟にも勝る? プレミアリーグで活躍した義理の兄弟たち
翌シーズンは冬の移籍市場で再び故郷を離れたウッドゲートだったが、2012年の夏に古巣に復帰。翌年には長年の恋人であり、ダウニングの姉であるナタリーさんとの間に長男が誕生。2015年の夏に結婚し、その2年後に長女も誕生した。一方、2009年の夏にアストン・ヴィラ、2011年の夏にリヴァプールへ移籍をしたダウニングは、ウッドゲートが正式に義理の兄となったタイミングで“ボロ”(ミドルズブラの愛称)に復帰。義兄の現役最後のシーズンをチームメイトとして過ごした。
ウッドゲートがミドルズブラの監督に昇格した2019年の夏に、ダウニングはブラックバーンへ移籍し、2人は別の道を歩むこととなった。しかしその後、ボーンマスでも監督経験を積んだウッドゲートは2022年10月にミドルズブラに戻り、マイケル・キャリック監督のアシスタントに就任。ダウニングはその翌月から同クラブのユースチームでコーチ業に着手している。
■スコット・パーカー&ハリー・アーター
スコット・パーカーがいなければ、義弟のハリー・アーターはプロ選手にすらなれなかったかもしれない。
チャールトンの育成組織でキャリアをスタートさせた9歳違いの2人。サッカー選手としての滑り出しは対照的だった。同クラブのトップチームでデビューをした16歳の時に、アーターの姉であり、後の妻となるカーリーさんと出会ったパーカー。23歳の時にイングランド代表デビューとチェルシーへの移籍を果たすと、その後ニューカッスル、ウェストハム、トッテナム、フルアムを渡り歩き、イングランド代表としても通算18試合に出場。ウェストハム時代の2010−11シーズンにはFWA(ライター協会)年間最優秀選手にも選ばれるなど、充実した選手時代を過ごした。
一方のアーターは、トップチームでデビューすることなくチャールトンを放出されることに。19歳にしてノンリーグでプレーをすることになったアーターに、手を差し伸べたのがパーカー夫妻だった。義弟を精神的に励ますだけでなく、財政的な支援も行ったというパーカー。同居をさせ、家事や芝刈り、子供の送り迎えといった“アルバイト”を提供したのだという。アーターは当時を振り返り、おかげで同じ境遇に立たされた若者が抱える経済的な心配をせず、プレーに専念できたと感謝している。
2010年夏に当時3部のボーンマスとの契約にこぎつけたアーターは、2014−15シーズンにチャンピオンシップ(イングランド2部)制覇を果たし、26歳でようやくプレミアリーグの選手に仲間入りを果たした。なお、プレミアリーグ昇格を決めたシーズン、ボーンマスはパーカー擁するフルアムに2戦2勝しており、アーターは1得点1アシストの活躍を見せている。
現役引退後に監督業を選んだパーカーは、当時チャンピオンシップのフルアムを率いていた2019年の夏、ボーンマスから1年間のレンタル移籍でアーターを獲得。アーターはチャンピオンシップ28試合の出場で2ゴールを挙げ、同クラブのプレミア復帰に貢献した。
(記事/Footmedia)
