ラー博史上初の店長と店主を務めた大将が生み出す唯一無二のクリーミーなとんこつ『麺の坊 砦』【新横浜ラーメン博物館・あの銘店をもう一度】第11弾

新横浜ラーメン博物館(横浜市)は、30周年を迎える2024年へ向けた取り組みとして、過去に出店した約40店舗が2年間かけて3週間のリレー形式で出店するプロジェクト「あの銘店をもう一度」を2022年7月1日から始めています。このプロジェクトにあわせ、店舗を紹介する記事の連載も同時に進行中。新横浜ラーメン博物館の協力を得て、「おとなの週末Web」でも掲載します。
第11弾は、東京・渋谷に店を構える博多とんこつ「麺の坊 砦」です。
『一風堂』創業者・河原成美氏の一番弟子のお店 1月31日から出店
第11弾は、博多「一風堂」河原成美(しげみ)氏の一番弟子である中坪正勝(なかつぼ・まさかつ)さんのお店「麺の坊 砦」さん。ラー博史上初の店長(一風堂)と店主(麺の坊 砦)を務めた方です。
【あの銘店をもう一度・第11弾・「麺の坊 砦」】
出店期間:2023年1月31日(火)〜2023年2月20日(月)
出店場所:横浜市港北区新横浜2-14-21
新横浜ラーメン博物館地下1階
※第9弾「名人の味 爐」の場所
営業時間:新横浜ラーメン博物館の営業に準じる。
詳細はコチラ
・「麺の坊 砦」店舗概要
店舗名:「麺の坊 砦」
住所:東京都渋谷区神泉町20-23
営業時間:11時〜15時、17時半〜22時
電話:03-3780-4450
定休日:水曜日
創業:平成13(2001)年
創業者:中坪正勝
・過去のラー博出店期間
2011年4月17日〜2015年1月12日
岩岡洋志・新横浜ラーメン博物館館長のコメント「店長と店主を務めたのは中坪さんだけ」
私が30年前に、博多に1店舗だった「一風堂」を誘致したとき、河原社長の弟子として5年間の修業が終わって故郷の富山県に戻ろうとしていたのが「砦」の中坪社長でした。私たちが、嫌われないようにしつこく(笑)誘致を続けた結果、中坪さんは故郷に帰らず、ラー博出店の責任者として新横浜に来ていただけることになりました。
河原社長からは、社員は中坪さん一人、あとはアルバイトで回せという指令でした。ラー博はオープン当初、年間150万人というお客様が来館される状況でした。1日当たりにすると4000人です。当時はお1人1.3杯食べられていましたので、1日に5200杯。ラー博には8店舗ありますから、単純に割りますと、1店舗当たり1日に650杯の計算です。回転の良い店は1000杯近くのラーメンを毎日作ることになります。
一風堂は毎日スープが途中でなくなるので、一時休業してスープが出来上がったら再開するという営業スタイルを繰り返し、営業終了後も朝方までスープを作っていました。すぐに帰る予定の河原社長も3カ月近く、ラー博の店に入っていました。24時間、ラーメン店の在館者があるため、オープンから3ケ月ぐらいは夜間警備をかけられない状況でしたから、機械警備はいらなかったのではないかという笑い話があります。
そんな中坪さんは2000年まで一風堂に在籍し、2001年に「麺の坊 砦」を開業しました。そして10年経ったタイミングで、今度は店主としてご出店いただくこととなりました。ラー博で店長と店主を務めたのは中坪さんだけです。色々なとんこつラーメンがありますが、中坪さんのラーメンは初期の一風堂の味を感じさせるクリーミーで濃度の高い、唯一無二の味わいだと思っております。
店主・中坪正勝ヒストリー 少年時代に過ごしたブラジルで食べたラーメン
「麺の坊 砦」を語るうえで、店主・中坪正勝さんの歴史を紐解かないとはじまりません。このパートではラー博に出店するまでの歴史をご紹介いたします。

【ラーメンを始めるまで】
中坪さんは1968年(昭和43)7月25日、富山県富山市生まれ。幼少期はままごとが好きだったようで料理の原点はここにあったのかもしれません。
10歳から約3年間、父親の仕事の関係でブラジルで過ごし、その時、父に連れて行ってもらった日本人街で食べたラーメンが好物で、それがきっかけで帰国後、自転車に乗って石川県や新潟県のラーメンを食べ歩くようになり、小学校の頃から今でいうところのラーメンフリークだったようです。

大学受験に失敗した中坪さんは、寝袋ひとつで旅に出ました。目的はラーメンの食べ歩きで、福岡へ。ガイド本を片手に、1日に8軒のペースでラーメン店を約30軒以上食べ歩いた中、一番自分が美味しいと思った一風堂の味に惹かれ、一風堂の門をたたきました。1987年(昭和62年)の事でした。
店主・河原成美さんからは「ラーメンを覚えようと思うんやったら3年間は、しっかり頑張れよ」と言われ、3年後には地元富山に帰り、店を持つことを夢見ていたようです。
【一風堂時代】
目標の3年が過ぎた頃、中坪さんは河原さんに「3年経ったので独立したい」と申し出たところ「まだ早い」と言われました。中坪さんは独立する資金もまだ貯まっていなかったこともあり、もう少し頑張ることに。

そして、一風堂に来て6年が経った1993年、ある程度資金もたまったこともあり2回目の独立を申し出たところ、河原さんから「中坪、出張に行くぞ」と言われ、連れていかれたのが、開業前の新横浜ラーメン博物館でした。
中坪さん曰く「その頃よくわからなかったのですが、一風堂が新横浜ラーメン博物館に出店するテレビの密着(日本テレビ「スーパーテレビ」)があり、とんとん拍子でラー博店の店長をやることになりました。自分としては中々ない機会だからもう3年頑張って独立しようと思いました」とのことです。

「いま居る処が最後の砦」という師匠の言葉
【一風堂ラー博店時代】
1994年3月6日、世界初のラーメンのフードアミューズメントパーク新横浜ラーメン博物館がオープン。予想をはるかに上回るお客様が来館され、中坪さんは昼夜を忘れてがむしゃらに働きました。

中坪さん曰く「19歳からラーメンの仕事に携わっていますが、寝る暇もなくこんなに働いたのは、過去を振り返ってもあの時以外ありません。いや〜本当に忙しかったし、きつかったです。けどこの時に出会ったスタッフやあの経験は本当に私の財産です」とのこと。
3年経った頃、3度目の独立を申し出たところ今度は「おまえにはまだやらなければならないことがある。ラー博で1番を取ることだ」と認めてもらえませんでした。その後も独立を切り出すと「中坪、新横浜に工場を作るから頼むぞ」と、何かしらの目標を課されました。

そして6度目の独立を申し出たのが2000年。中坪さんが32歳の時でした。
中坪さんは「21世紀は自分で店をやりたい」と伝えたところ、河原さんから「俺が一風堂を始めたのが32歳だったし、そろそろ良い頃やね」と初めて認められたのです。

【独立、「麺の坊 砦」創業】
2001年10月11日、東京都渋谷区の神泉に「麺の坊 砦」は創業しました。屋号の名付け親は、師匠でもある河原成美さん。
「いま居る処が最後の砦 そして すべての始まりなんだ がんばろうぜ」

中坪さん曰く「自分のお店のコンセプトはすべてラー博の対極にありました。ラー博店では物理的にどうしてもできないことを自分の店では表現したかったのです。ラー博店は客席も厨房も狭かったので、ベビーカーや車椅子の方でもゆったりとできるように広くし、トイレもお母さんと子供が入れる広さにしました。そしてラー博は陽の当たらない地下だったので、広々と開けた通り沿いに店を構えました」
このようなコンセプトから「麺の坊 砦」は清潔で落ち着いたお店という口コミが広がり、女性客比率が6割を超えています。オープン当初から女性客がすごしやすい環境にと、髪止め用のゴムやミント付きの爪楊枝等、細部に至るまで気を配られました。
【ラー博への出店】
2011年4月17日、「麺の坊 砦」がラー博にオープンしました。ラー博で店長(一風堂)と店主(麺の坊 砦)を務めたのはラー博史上初のことです。

この年の3月11日、東日本大震災が発生しました。出店自体は2010年の年末に決まっていたのですが、契約をしたのが震災の1日前の3月10日でした。
震災当初は計画停電(計画だけで実施はありませんでした)や自粛ムードにより、ラー博もお客様が激減しました。しかもこの時、二代目げんこつ屋(4月20日)とのダブルオープンというタイミングでもありました。
食は生きていくために必要なものではありましたが、私どものようなアミューズメント施設は、有事には必要とされていないと感じるとともに、こういう時だからこそ、心を豊かにする食というものも大切だと感じました。
そんな難局を迎えつつも、初日から多くのお客様にお越しいただきました。
『麺の坊 砦』出身の有名店
「麺の坊 砦」から独立し、現在活躍されているお店をいくつかご紹介させていただきます。
【豚そば 成】@下永谷
店主の指村さんは、一風堂ラー博店で働いた後に、「麺の坊 砦」@神泉で7年働き、2008年に独立された方です。
2008年6月16日創業
住所:横浜市港南区下永谷3-4-6
【地球の中華そば】@伊勢佐木長者町
店主の樋上さんは、2011年オープン時の店長を務められた方です。
因みに学生時代一風堂ラー博店でも働かれておりました。
2014年10月20日創業
住所:横浜市中区長者町2-5-4
【中村麺三郎商店】@淵野辺
店主の中村さんは、初代店長の樋上さんの後を継いでラー博店の店長を務められた方です。
2016年5月2日創業
住所:神奈川県相模原市中央区淵野辺4-37-23
『麺の坊 砦』のラーメンの味の秘密
20時間煮込んだスープは臭みが少なく、旨味が凝縮されたクリーミーなとんこつラーメンです。

【スープ】
豚頭のみを20時間、原形がなくなるまで丁寧にアクを取りながら煮込んだスープは、臭みが少なく、旨味が凝縮されています。
【麺】
本店のすぐそばにある製麺所で作られる麺は、その日の気温や湿度によって配合を調整し、日々の微妙な変化にも対応しています。

【具材】
チャーシューは2日間煮込み余分な脂を飛ばします。香りの高い海苔、養鶏所直送の玉子も安心して、美味しく口にできる具材を選んでいます。

「麺の坊 砦」さんのラーメンが食べられるのは2023年1月31日(火)〜2月20日(月)の3週間!スペシャルゲストも来るかもしれませんよ♪
皆様のお越しをお待ちしております。
『新横浜ラーメン博物館』の情報
住所:横浜市港北区新横浜2-14-21
交通:JR東海道新幹線・JR横浜線の新横浜駅から徒歩5分、横浜市営地下鉄の新横浜駅8番出口から徒歩1分
営業時間:平日11時〜21時、土日祝10時半〜21時
休館日:年末年始(12月31日、1月1日)
入場料:当日入場券大人380円、小・中・高校生・シニア(60歳以上)100円、小学生未満は無料
※障害者手帳をお持ちの方と、同数の付き添いの方は無料
入場フリーパス「6ヶ月パス」500円、「年間パス」800円
※協力:新横浜ラーメン博物館
https://www.raumen.co.jp/

