決勝が延長PKに及んだカタールW杯。日本ではどう報じられているのか、筆者がサッカーゲームの話以上に気になるのは大会そのものの話だ。イベントとしてどうなのか。ネガティブなニュースを日本で見つけ出すのは簡単である。

 こう言ってはなんだが、よい話より悪い話の方が話題にしやすい。ヴューが伸びるというか、読者の受けがいいからだ。カタールW杯を素晴らしいと言いたい人より、潜在的にその逆、この大会はこんなにお粗末と言いたがる人は多くいる。現地に滞在しながらネガティブな報道が飛び交う日本のネットニュースを見ていると、改めてそう思う。
 
 象徴的なのは前回ロシア大会だ。帰国後、その秀逸さについて語ると、こいつ嘘つきなんじゃないか。変わった思想の持ち主ではないかと、訝しがられたものだ。

 いまとなっては、あのロシアだ。筆者自身も4年半前の出来事が幻のように見え始めている。ギャップに苛まれていることは事実ながら、快適だったその1ヶ月間が、同時に蘇ってくるのだ。

 島流しに遭うような気分でロシアに旅立てば、そこはサッカー好きにとって天国のような場所だった。よいスタジアムと高度なホスピタリティ。思いのほか快適だった交通アクセス。決勝戦の翌々日、定宿にしたモスクワのアパートメントを離れるとき、帰りたくないと泣きそうになったものである。快適な観戦環境の中で、ハイレベルのサッカーを拝むことができた幸せを痛感したものだった。

 カタールW杯にも似たようなことが言える。カタールを訪れたことは、1993年のドーハの悲劇の始まり、これまで幾度かあった。2011年のアジアカップ取材でも1993年の時と同じくらい長期滞在している。カタールは勝手知ったる国の一つだったが、その分、特に期待はしていなかった。日本を発つ前、胸の高鳴りを覚えることはなかった。

 決勝戦を終え、帰国を前にしたいま「帰りたくない病」に襲われるとは、想像だにしていなかった。大会前と大会後に感じるこのギャップ。ロシアW杯が蘇ってきた理由だ。毎日でなくてもいいから、W杯の決勝トーナメントと同クラスの試合をある程度、頻繁に拝んでいたい。アクセスにも視角に優れたスタジアムで。サッカー好きにとって、これだけ快適だった1ヶ月間はかつてないのである。ロシアもよかったがカタールはそれ以上だった。

 ロシアは国土が広すぎた。長距離列車を無料にしたり、新幹線を終日走らせたり、飛行機を増発したり、思い切り頑張ってはいた。しかし、観戦試合数には限界があった。それに引き換えるとカタールは小国だ。秋田県とほぼ同じ大きさらしいが、カタールW杯は、日本に置き換えれば首都圏開催のW杯といった感じだ。

 会場は8つ。この中で、地下鉄で簡単に行けるのは「974」、「ルサイル」、「エデュケーション・シティ」、「アーメド・ビン・アリ」、「ハリファ国際」の5つ。「アルジャノブ」、「アルスママ」、「アルベイト」の3つは地下鉄を降りたらバスに乗り換える必要がある。

 974は東京に例えたら山手線圏内。エデュケーション、ハリファ国際は味スタより近く、ルサイルは赤羽、アーメド・ビン・アリは町田辺りに相当する。さらにアルスママは浦安辺りで、アルジャノブは横浜、最も離れたアルベイトは、埼スタの先辺りのぐらいの距離にある。

 よって1日2試合の観戦が可能だった。筆者もダブルヘッダーを4度している。これまでのW杯で梯子できる環境は2002年の日韓共催W杯で1日だけあった。それも知る人ぞ知るメディア限定みたいな側面があった。それを除けば今回が初めてだ。近さに加え、アクセスにも優れていたからである。地下鉄は2〜3分間隔で、深夜3時まで運行。山手線より便利だ。これが交通の大動脈として走っていることが、大会が成功した1番の要因だった。