頭金なしで住宅購入をすることはできるのか。ファイナンシャルプランナーの高山一恵さんは「想定外の事態が起きることがある。最低でも売値の1割は頭金として入れた方がいい」という――。

※この連載「高山一恵のお金の細道」では、高山さんのもとに寄せられた相談内容をもとに、お金との付き合い方をレクチャーしていきます。相談者のプライバシーに考慮して、事実関係の一部を変更しています。あらかじめご了承ください。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokouu
安田さん(仮名/40歳→45歳)のケース
本人 会社員(年収600万円)
妻 専業主婦
子供 保育園児(4歳)
住まい 郊外の一戸建て(住宅ローン月12万円)

■4000万円の新築一戸建て、毎月の返済額は12万円

「同じ家賃を払うんだったら、買っちゃった方がいいかなって」

家を買うことを決めた人からよく聞く言葉ではないでしょうか。今回は金利の安さに惹かれ、頭金ゼロで住宅ローンを組んだ安田夫婦(仮名)がハマってしまった落とし穴をご紹介します。

安田さん夫婦は夫の隆夫さんが40歳、妻のいくみさん37歳のとき、東京郊外にある新築物件の購入を決めました。その時点で妊活中だった夫婦は子供の教育資金などを考え、貯金していた手元の500万円はできるだけ残しておきたい、と不動産業者に相談したそうです。

低金利ということもあり、不動産業者の返済シミュレーションでは頭金を入れずとも今住んでいる賃貸マンションの家賃と大差ない金額で月々の返済ができることが判明。「それなら子育てのためにも今買ってしまおう」と、安田さん夫妻は頭金をほぼ入れることなく、憧れの新築一戸建てを4000万円で購入したのです。月々の返済金は12万円でした。

■5年後に売却しようとしたら「オーバーローン」に

そして5年後。無事に子供が生まれ、4歳児との3人暮らしを送っていたある日、隆夫さんの両親からSOSが入ります。母親が病気になって動けなくなってしまったことから、実家のある京都に戻ってきてくれないか、というお願いでした。

両親が心配な隆夫さんは妻にも相談し、京都の実家のそばで暮らすことを決意。マイホームを手放そうと不動産業者に査定をお願いすると、出てきた価格は3200万円。しかしこの時点でローンの残債は3500万円。いわゆる“オーバーローン”になってしまったのです。

手元資金としてあった500万円も、不動産購入時の諸費用で300万、さらに家具などの購入費もあり、貯金は150万円になっていました。

貯金をすべてはたいてお金をかき集めれば、差額の300万は返済できなくはない額です。しかし、家族がいる中で現金をすべて投じるわけにもいきません。安田さんは移住を決意したにもかかわらず動くに動けなくなってしまい、新幹線で毎月、京都に暮らす両親を見舞う生活を余儀なくされています。交通費もばかにならないので、「最近は夜行バスに切り替えている。この歳だと体にこたえるね」と話していました。

■新築物件には「新築プレミアム」がついている

私からのアドバイスとしては、まず生活費を見直し、3年くらいの計画で差金を貯めていくことを提案しました。差金を分割返済できるような仕組みがあればいいのですが、現状は認められていないので、今すぐ動くことはやはり難しそうです。実家の両親も蓄えが少なく、援助は難しいという話でした。

ただ、お金を貯めているその間にも、家の売価は変動します。以前(「自分は月5万アパート、元妻は6000万円マンション」ペアローン離婚の恐ろしい格差)もお伝えしたとおり新築物件の場合、物件を完成させるまでにかかった広告・宣伝費などの費用が、「新築プレミアム」価格として売値にプラスされています。住んだ瞬間に「新築物件」は「中古物件」となり、1割ほど値段が下がります。安田さん夫妻が4000万円で買った物件でいえば、住んだ次の日には3600万円になる計算です。

そんな新築プレミアムも考慮すれば、すでに5年間暮らしていたことや、都心に出るには乗り継ぎの必要なローカル線の駅が最寄りだったことなどから、3200万円という査定になったのだと思います。この査定は決して大暴落でなく、私は妥当な金額だと感じました。

また、生活費の見直しの点では、妻いくみさんのレジャー費を抑えてもらうようにお願いしました。真面目で心配性な隆夫さんの一方、いくみさんはお金に無頓着で、独身時代の貯金もほぼゼロ、今もフラメンコなどの習い事を掛け持ちしている状況。このような事態がなければ問題ない範囲でしたが、ご両親の状況も考慮し、厳しめの節約をお願いしているところです。

写真=iStock.com/Wipada Wipawin
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■もし頭金400万円を入れていれば、すぐに売却できた

では、安田さん夫妻の「落とし穴」はどこにあったのでしょう。それは「頭金ゼロ」です。

たとえばもし安田さんが1割にあたる400万円の頭金を入れていたら、5年後のローンの残債は3190万円でした。さらに2割では2800万円ですから、ほんの少しでも頭金を入れていたら、オーバーローンにならず、家を売却できていたのです。

超低金利時代の今、「頭金なしでもいけますよっ!」などという威勢のいい不動産業者の声を聞いたことがあるかもしれません。しかし私はマイホーム購入を前にしているお客さまには常に、「最低でも売値の1割を頭金として入れてください」とお伝えしています。いくら優遇された金利であろうとも、です。

「ローンを組んだとしても、賃貸のときに払っていた家賃と大差ありません」というのもよく聞きますね。そのとき確認していただきたいのは、不動産業者の返済シミュレーションが、「税込年収」からはじき出されたものかどうか、ということです。

■返済シミュレーションを「手取り」でやっているか

実際に私達がやりくりするのは額面の金額でなく、「手取り」です。購入したのがマンションであれば、毎月のローンに加えて修繕積立金や管理費がかかりますし、一戸建てでもメンテナンスのお金は積み立てておく必要があり、いずれの場合も固定資産税は必ず発生します。

毎月固定でかかってくるお金は決してローンだけではないし、ましてそれが額面の年収で割り出された概算だった場合には、余計に注意が必要なのです。

さらに2022年度の税制改正で住宅ローン減税の制度が変更されます。

これまでは、年末時点のローン残高のうち1%を基本的には所得税から10年間控除することになっていました(所得税から控除しきれなかった金額が住民税から控除される場合もある)。今後はその控除幅が0.7%に引き下げられる予定です(新築の控除期間は13年に延長)。また、住宅ローン減税の恩恵を受けられる所得制限も厳しくなり、所得金額3000万円以下から2000万円以下と、大きく切り下げられます。

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■マイホームは「一生に一度の買い物」ではなくなりつつある

人生100年時代、安田さんのように予期せぬライフプランの変更を迫られる可能性は、誰にでもありえること。今やマイホームは「一生に一度の買い物」でなく、「一生に何度も買い換えるもの」に変わりつつあるのかもしれません。

私のお客さまでも実際に買い換えした方はたくさんいらっしゃいますが、その時に大切なのは、「売れる家」「値崩れを起こしづらい家」を選ぶことです。

正直、安田さんファミリーのお家はその点で厳しい物件だと感じました。コロナ禍でリモートワークが増えた影響から郊外人気が高まったとはいえ、最寄りの駅まで歩いて20分、駅も各駅しか停まらないマイナーな地域です。開発予定などがあれば変わってくるかもしれませんが、現状、価格が下がることはあっても、上がる要素は乏しいと感じます。

23区でも千代田区、文京区といった値上がりを続ける場所もあれば、水害に弱い地区は資産価値が上がらないといった例も。

頭金の準備と共に、「マイホームは一生住み続けるもの」という固定観念を捨て、「状況に応じて住み替えられる家」探しもぜひ、心に留めていただきたいです。

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高山 一恵(たかやま・かずえ)
Money&You 取締役/ファイナンシャルプランナー(CFPR)、1級FP技能士
慶應義塾大学卒業。2005年に女性向けFPオフィス、エフピーウーマンを設立。10年間取締役を務めたのち、現職へ。全国で講演・執筆活動・相談業務を行い女性の人生に不可欠なお金の知識を伝えている。著書は『はじめてのNISA&iDeCo』(成美堂出版)、『やってみたらこんなにおトク! 税制優遇のおいしいいただき方』(きんざい)など多数。FP Cafe運営者。
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(Money&You 取締役/ファイナンシャルプランナー(CFPR)、1級FP技能士 高山 一恵 構成=小泉なつみ)