首都圏を中心に中学受験がヒートアップし、入塾する年齢が早まる現象が起きている。コロナ禍で小学校低学年をとりまく環境にどんな変化があったのか。東京の吉祥寺・杉並を中心に難関校の中学受験進学塾VAMOSを経営する富永雄輔さんは「周りの親が入れているからと焦ってわが子を強引に入塾させたり、自宅で親が勉強管理したりすると勉強嫌いになってしまう」と警鐘を鳴らす――。
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■コロナ禍で、わが子を低学年から無理やり入塾させたがる親が増加

「昨年度のコロナ禍では、休校中に私立校の多くが素早くオンライン授業に切り替えたことが話題になりました。こうした私学の対応の早さが注目されたこともあり、中学受験はますます盛んになっています。さらには、最難関私立中学への進学実績が高いことで知られるサピックスでは、今年度、小学1年生、2年生の入塾募集を締め切った教室が続出しているそうです。サピまでいかなくても、就学前から公文式教室に通い始めるご家庭も増えています」(富永さん、以下同)

従来であれば、中学受験対策の塾には、早くても小学3年〜4年生から入るのが通例だった。それがなぜ、1〜2年前倒しにするようになったのか。背景には、昨年度のコロナ禍で休校期間に生じた“学力格差”があるという。

■のんきに構えていた親子の心にもさざ波が立つ

「この失われた3カ月はわれわれ教育関係者にとっても深刻な問題です。小学校の中には、通常通りカリキュラムを進められず、本来3カ月かけてじっくり取り組むところを1カ月で駆け足的に進めたり、中にはすべてカバーすることを諦めて一部飛ばしたまま進めたりする小学校もあります。

すると当然ながら、本来なら学校でこなすべき基礎学力がごっそり抜け落ちたままの子が出てきます。一方で、入塾していた子はオンライン授業などを受けてしっかりと基礎学力をつけてきた。こうして、学力格差が開いていきました」

そうなると、焦るのは保護者である。新2年生は学力格差を埋めようとして、新1年生は同じ轍を踏まぬよう、わが子を進学塾・学習塾に入れる。こうして低学年や未就学のうちから塾に通う子が周囲に増えれば、のんきに構えていた親子も少なからず心にさざ波が立つ。そして親子で塾の体験教室に行こうものなら、そこで学習を進めている同学年の子たちの存在を知りさらに焦る――こうした焦りのスパイラルが、一部の教育過熱地域では起きているのだという。

そんな現状に対し、富永さんは、低学年から塾で学ぶこと自体は悪くはないが、「焦りからくる安易な入塾は考え物」と指摘する。

■低学年から親が勉強を押し付けると、“勉強アレルギー”に

「低学年のうちは、塾で学習する時間は1回1時間半から2時間程度。公文式だと1回30分未満という人も多い。そうなると、放課後学習で主軸になるのは塾ではなく、家庭での勉強習慣になります。“とりあえず塾に入れておけば安心”と大船に乗った気持ちで家庭学習をおろそかにするのは極めて危険なこと。それこそ学習格差が開きかねません」

つまり、重要なことは、塾に入れることではない。いかにして家庭で最低限の補習を行うかが、カギとなるのだ。

とはいえ、低学年のうちは、学校から出される宿題すら逃げ回る子が圧倒的多数である。ここで、「勉強の遅れを取り戻さなきゃ」「落ちこぼれないように」などと不安になった親が勉強を押し付けると、かえって“勉強アレルギー”にさせてしまいかねない。他にもやってはいけない対応を、富永さんに教えてもらった。

■豪邸より狭小住宅のほうが子供の成績はいい

まず、気合を入れて最初から1日数十分も机に向かわせるのはご法度。むしろ、低学年のうちは1日の学習時間は、「5分か10分でOKが適切」だという。

「経験上、多くの低学年の子供は、1日5分から10分までが限界です。それ以上机に向かわせると拒否反応を起こして逆効果になりかねません。学習を見守る親が仕事で慌ただしいとしても平日の5分、10分ならなんとか捻出できるのではないでしょうか。その時間だけでも親子とも集中してほしい」

ただし、親がどうしても忙しい場合、キッチンで料理や洗い物をしながら、リビングテーブルでの子供の宿題を見守るなど、“ながら見守り”でもOKだという。

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「その時、意識してほしいのは、目や耳を少しでも子供のほうに向けること。受験学年にも言えることですが、特に低学年のうちは子供に孤独を感じさせず、『見守られている、見られている』という安心感を与えることが大事です。私が多くの家庭のケースを見てきて痛感するのは、一部の子を除き、『狭い家に住む子は成績が伸びて、子供部屋があるような大きな家に住む子は成績が下がる』ということ。これは狭い家だと親の目が届きやすいからでしょう」

■丸付けは親が担当しても「Excel父さん」になってはいけない

一方、子供の真横や正面に座っているときは、“見守り”が過ぎないよう注意が必要だという。

「コミュニケーションの一環として、丸つけするのはいいですが、監視や叱責は逆効果です。近距離で見すぎると、親は親で間違いを指摘したくなるし『何でできないの!』とイライラしがち。そして子は子で、『わからなければ親に聞けばいい』という思考回路になり、何のために学校や塾に行くのか目的意識を失ってしまうことも。面倒見がよすぎると、自立心が育たなくなるという弊害がありますが、それと同じです」

ましてや、学習進度などを“管理”をするのはもってのほか。

「たまに、Excelで学習進度を管理しているパパもいますが、子供は部下ではありません。受験学年の4〜6年生ならまだしも、低学年の子は管理をされても、自由に生きようとします。わが家の小学3年の長男の横でiPadを広げるなどして、そばにいながら違うことをして、ときどき会話を挟んでいます。それくらいの距離感がちょうどいいのではないでしょうか」

低学年の宿題は、勉強ではなく、コミュニケーションツールだと考えよう。そうすれば親子ともに楽しんで取り組めるだろう。

■「歯磨き、トイレ」と同列で「1日5分の家庭学習」を親子で

さて、この「1日5分の家庭学習」。富永さんは、これを毎日の歯磨きと同様に考えるべきだと話す。

写真=iStock.com/show999
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「1〜2年生のうちは、『歯磨き、トイレ、5分勉強』という意識で、1日5分の学習をトイレや歯磨きと同じステージに置くことが大事です。例えば、運動会の後などでどんなに疲れていても歯磨きやトイレはしますよね? それと同じで、夕飯前の5分間に食卓で学習させるなど、簡単なルーティンに落とし込むのです。慣れるまでは、子供が何か好きなことに没頭し始める前、疲れや眠気が出ていない時など、親が適切なタイミングを見計らって呼びかけてあげるといいでしょう。やがて旅行先でも自然とノートを広げるようになれば、ルーティーン化の成功です」

勉強を勉強だと思わない低学年のうちこそ、この習慣を定着させることがポイントだ。

「3年生までに学校以外の勉強に全く触れたことがない人が、4年生から勉強すると、勉強へのハードルが高くなってしまいます。塾に行く、席に座る、教材を開く、帰宅する。このサイクルだけで疲れてしまう。その点では、低学年のうちから通塾して場所や人に慣れること自体は、少なからず意義はあります」

それでも、どうしても「1日5分」が達成できない家庭もあるだろう。ここで強引に机に向かわせて勉強嫌いさせてしまっては、本末転倒である。本人が「今日できなかったから明日まとめてやろう」「公文式の宿題はまとめて何日か分をやっておこう」というならば、そのペースに任せるのもアリだという。

「結局、型にはめなくていいのが低学年。今のうちに自分のペースで好きなように、気持ちよく勉強させてあげることが重要です」

「歯磨きと同じく重要な習慣」だと体得させつつも、それがつらくて孤独な体験にならないよう、一緒に楽しみながらやること。この2つができるのが、まさに低学年。鉄は熱いうちに打つべきなのだ。

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富永 雄輔(とみなが・ゆうすけ)
進学塾VAMOS(バモス)代表
幼少期の10年間、スペインのマドリッドで過ごす。京都大学を卒業後、東京・吉祥寺、四谷に幼稚園生から高校生まで通塾する進学塾「VAMOS」を設立。入塾テストを行わず、先着順で子どもを受け入れるスタイルでありながら、毎年約8割の塾生を難関校に合格させている。受験コンサルティングとしての活動も積極的に行っており、年間300人以上の家庭をヒアリング。その経験をもとに、子どもの個性にあった難関校突破法や東大生を育てる家庭に共通する習慣についても研究を続けている。
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(進学塾VAMOS(バモス)代表 富永 雄輔 構成=プレデントオンライン編集部)