“名門私立小”への切符を手に入れるために必要なのは、ツテかお金かそれとも…!?
「できれば幼稚舎、ダメなら青山」
夫の一言で始まった息子のお受験。
渋谷区神宮前アドレスを手に入れ、理想の結婚をしたはずの京子だったが、とある幼児教室の門を叩いた日から、思いがけない世界が待っていた。
皆一様にネイビーを基調とした清楚な服装をしているが、そこは高学歴、ハイスペック妻たちの戦場だった。
可愛い我が子のために、全てを犠牲にして挑む、驚愕のお受験物語。
◆これまでのあらすじ
夫の一声で息子の小学校受験に取り組むことになった京子(34)。初めて訪れた、表参道の幼児教室で母親は女優であるべきと言われ戸惑いを隠せなかったが…

「これ、どこのパン?」
土曜日の朝。日当たりの良いダイニングで、春樹は不機嫌そうにトーストをかじっている。
「私が焼いたのよ。手作りがいいって幼児教室の東山先生が言うから」
春樹の様子を見て見ぬふりをして京子は答えた。
「またお受験か……」
仕事で大手製パンメーカーを担当している春樹はパンにうるさい。
「そんなこと言わないで。今日は午後から東山先生と両親面談なんだから」
京子は小さい子供を扱うように春樹を嗜めた。
「明日は『パンとエスプレッソと』で買ってきてよ。俺、ムーが食いたいわ」
― 口を開けば文句ばっかり。この人いつからこんな感じになったのかしら。
「わかった。明日はそうするわ」そう言って、京子は「コーヒー入れ直すね」とキッチンに向かう。
とうとう親子面談で春樹と東山先生が対面する。やはり有名私立小学校への合格を果たすにはツテが必要なのか?
◆
表参道の裏道り、隼人の手を引き歩く京子の後方を、春樹は仏頂面のまま付いてきた。だが、今日の親子面談、京子は大して心配をしていなかった。何しろ外面だけはいい夫なのだ。きっと東山先生の前では人が変わったように、良い父、良い夫をアピールするだろう。
「いつも隼人がお世話になっております」
春樹は礼儀正しく挨拶をした。
面談は京子があらかじめ提出しておいた「ご家庭調査シート」に従って進められた。記入したのは、両親の出身校、職業、子供の性格や好きな遊び、そして、志望校など。教室の隅には、知育玩具やクレヨンが準備され、隼人は大人しく遊び始める。

「第一志望は慶應幼稚舎、第二志望は青山学院初等部ということですね?」
東山先生は、にこやかな笑みを浮かべ、シートの内容を一つ一つ確認していった。
「お二人とも出身大学の系列校ではないようですが、何か理由はありますか?例えば、学校の方針に共感したとか、見学してこういうところが良かった、とか」
東山先生の問いに京子が答える。
「主人の希望なんです」
「ちなみにツテはおありですか?」
春樹は明らかに戸惑っていた。すると東山先生は付け加えるように言った。
「例えば、卒業生や在校生の親御さんでも構いません。願書にその小学校を希望するちゃんとした理由を書く必要があるからです」
その後、東山先生から小学校受験における父親の役割について説かれた春樹。帰り際にはすっかり意気消沈していた。
「ツテかぁ。なんなら志望校変える?それか京子が大変ならお受験やめてもいいぞ」
相変わらず身勝手な発言に、京子は半ば呆れながら返す。
「変えるなら、私の出身校の早稲田の付属校とかね。いずれにせよ難関校だけど」
そう言って、春樹の方を見ると口元を歪めているのがわかる。
―嫌味ったらしい女だな。
春樹の顔にはそう書いてある。
「お受験したいと言い出したのは、あなた。今更やめるなんてありえない」
京子は前を向いたまま、ぴしゃりと言い放った。
「ツテがないのは仕方がないわよ。でも、ないなりのやり方があるんじゃないかしら?」
「例えば?」
春樹は自分の都合が悪くなると、人に意見を求める。
「ある程度お金をかけて隼人をキラリと光る子に育てあげるしかないと思うの」
「どうやって?」
春樹が怪訝そうに尋ねる。
小学校受験にはお金がかかる?天井知らずの驚愕のお受験事情とは…
「実は前から考えてたんだけど、今行っている幼児教室の他に、もう一つ個人塾に行かせたいの」
「なんでそうなるんだよ。本気か?今、いくら払っていると思ってるんだよ?現状でも毎月10万近い金を払ってるんだぞ。その個人塾とやらは追加でいくらかかるんだよ?」
こうした反応も京子は想定済みだ。京子が塾の掛け持ちについて考え始めたのには理由があった。
それは先週の週末。お教室で知り合った“女の子ママ”の高野リナに誘われ、千葉まで稲刈り体験に出かけた時のことだ。

子供達は青空の下、農家の人に教えられ、おっかなびっくり鎌で稲を刈り取る作業に夢中になっている。京子とリナは体験農家の軒先でその様子を見ていた。
「今日は誘ってくれてありがとう。声をかけてもらわなかったら、こんな体験できなかったと思うわ」
実体験が大切だと言われるお受験だが、稲刈りまでさせるのか、と京子は内心驚いていた。しかし、隼人の様子を見ると来て良かったな、と思う。
「実体験が多いと子供の語彙力も増えるし、本番の時のネタにもなるしね。ここの農家は娘の個人塾で紹介してもらったの」
「個人塾?もしかしてグリグラ以外にもお教室に行ってるの?」
京子は思わず聞き返した。
「グリグラは準大手だから、もう一つは個人塾。あと行動観察専門のところに月2で行かせてる。男の子だと絵画制作や体操を掛け持ちしている人も多いのよ」
「そっかぁ。みんなそんなことまでやってるのね」
リナの実家は、神宮前で代々不動産業を営んでいて4代続けて聖心で育ったそうだ。娘も当然のように聖心に入れるつもりらしいが、代々その学校に通っている子でも、塾を掛け持ちして抜かりなく対策している事実に驚く。
「みんな結構掛け持ちしてるよ。幼稚舎目指してる子は、富ヶ谷にある絵画教室がいいらしいよ。『アートヴィレッジ』だったかな」
京子はその名前をすかさずiPhoneにメモしたのだった。
みんな口には出さないが、随分前からお受験を意識して行動しているということは、幼児教室に通い始めて知った事実の一つだ、
子供が生まれるとまず、小学校や塾の関係者などにご挨拶にいくのは当たり前。その後、小学校受験に有利だという幼稚園を受験し第一関門を突破する。そして、幼児教室には年少のときから席確保のために通い、2つ3つ掛け持ちをする。
ツテがある人たちに、ここまでされたらかなわない。
一般サラリーマン家庭でツテもない自分たちは、どうすればよいのかを必死に考えるようになった。その結果、親は変えられないので、隼人をそれなりに仕上げる、それしかないと京子は思うようになったのだ。
◆
「で、いくらなの?」
「そうね、この間稲刈りに一緒に行ったリナさんのお宅の場合は、グリグラで10万弱、個人塾に週1、そして行動観察のお教室に月2回通って、合わせてひと月に20万ってとこかしら?」
淡々と答える京子。
「20万って本気で言ってるの?」
春樹は怪訝な様子だ。一方、京子は心底夫にがっかりしていた。中途半端にお金をかけて落ちたら傷つくのは子供自身なのだ。自分から言いだしたのに、何故必要な投資を渋るのか。
「本気よ。だって、もし第一志望校に合格したら、大学卒業までの16年間を受験に振り回されないで過ごせるのよ。それに周りは将来有望な人たちばかり、社会人になってからもその人脈は生き続けるの。小学校受験さえクリアすればいいのよ。そう思えば安いものよ」
「なるほど…。そういう考え方もあるのか、ちょっと考えさせて」
春樹は妙に納得したようだった。この様子だと、お教室の掛け持ちはうまく進みそうだ、と京子は思う。
こうして、“息子の将来を長い目で考えたら”というマジックワードに翻弄され始めた間山家だった。
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京子の急なお受験への傾倒っぷりに驚く夫、春樹。家に帰りたくない夫が向かった先は?

