今週末、日本は巨大な台風に見舞われる可能性が高いという。ラグビーW杯はその影響で試合が中止になった場合、翌日に順延ではなく、引き分け扱いになる可能性がある、とか。それぞれのチームに勝ち点が2ずつ与えられるかもしれないという。

 そんなルールがあるんだと驚かされる。もしそれが現実になれば、日本の決勝トーナメント進出は確定する。一方で、スコットランドはそれを奪われる可能性が出る。翌日に順延にした方が断然フェアで、ラグビーらしい気がする。日程が特段タイトというわけでもなさそうなので。

 もし、日本とスコットランドが逆の立場だったら、いまごろ大変な騒ぎになっているのではないか。開催国が台風でベスト8入りを逃すーーでは、洒落にならない。

 サッカーW杯の場合は、どうなるのだろうか。考えてみたこともない。大昔は知らないが、試合が何らかの不可抗力で中止になったことは、少なくとも過去10数大会はないはずだ。オリンピックではどうなのか。ラグビーW杯より日程的な余裕ははるかにない。簡易的に設営されてある施設も多そうだし、日程未消化のまま閉会式を迎えるのではないか。心配だ。

 ラグビーW杯に話を戻せば、何がいいって、それを伝えるメディアの報道がいい意味で地味なところだ。こう言っては何だが、サッカーと比較すれば一目瞭然だ。若さやルックスを売りにする女子アナとか、サッカー好きと称する芸能系のタレントやアイドルが、我も我もと登場してこないところがいい。

 余計な装飾を排除することで、結果的に素材のよさが引き出されている。ラグビーらしさが、シンプルかつストレートに伝わる格好になっている。ラグビーがより魅力的なものに見えている。競技の普及と発展にも大きく貢献している気がする。

 知らなかったのは大会のオフィシャルソングにまつわる話だ。いきものがかりの吉岡聖恵が歌う「World in Union」は、1991年の2回大会から開催国の歌手によって代々、歌い継がれてきたのだそうだ。ラグビーW杯の世界観を表現したラグビーらしさの象徴として機能している印象だ。

 安手のJポップでないところがいい。また比較するのはサッカーになるが、サッカーW杯ではこうはいかない。こういう言い方をすると嫌らしく聞こえるかもしれないが、1982年のスペイン大会以降、前回2018年のロシア大会までの10大会で、僕がW杯を自宅でテレビ観戦したのは、2002年日韓共催大会の時の2試合(イングランド対スウェーデン、スロベニア対スペイン)に限られる。

 大会の気分を、今回のラグビーのように、自宅のテレビ観戦で味わった経験はない。大会後、帰国して録画しておいたビデオをチェックするのみだが、そこで新鮮に感じられるのは、番組の最初と最後に流れるテーマ曲だ。なぜ、新鮮に感じるかといえば、現地で流れていたテーマ曲とはまるで違うからである。

 現地で流れていたのは、もちろん正真正銘の公式ソングだ。大会期間中毎日、飽きるほど聞かされていたので、無意識のウチに口ずさむほどのレベルまで達していた曲である。それと、日本で聴く曲が違っているわけだ。大会のテーマ曲は言ってみれば、現地感を伝える代名詞のようなものだ。そこをカットし、わざわざ日本的なものに変更して盛り上がろうとする。日本式に加工されたW杯を見させられている気分になる。

 民放ならいざ知らず、NHKが率先して日本式を打ち出そうとしている。広いものを狭いものにしようとしている。価値観を押し付けるような、およそスポーツ的ではノリだ。スポーツ観戦で問われているのは世界性であり、世界観だ。繰り返しになるが、ラグビーW杯にはそれがある。しっかり確保された状態にある。