すっかり「五輪通」の名が定着した小倉智昭だが、昨日は
「アテネの頃と比べて、柔道場に朝から晩までいると試合がつまらないんですよ。本当に一本が数えるほどしかないんだよね。 あれって、そのままでいいんだろうか、講道館柔道は?」と話した。

確かに、スカッとした試合は少ない。ただただもみ合うだけで、互角に見えているのに、指導、有効で勝負が決まるのは見ていて楽しくない。

これについて、NHKの刈屋富士雄解説委員は、
「2000年以降、世界の流れとして柔道は、格闘技というよりも採点競技、つまりジャッジにどう見せるかという勝負になってきているのではないかと思う。特に(福見友子など)軽量級の柔道にはっきりとその傾向が出ていて、海外の選手たちは倒れるときにさっと逃げる。腹ばいになる。一本取られそうになったらお尻から落ちる。つまり、一本取られそうになったら技ありに逃げる。技ありを取られそうになったら有効に逃げる。有効取られそうになったら、取られないようにという逃げ方をしている。逃げることによって(技を)かわしてますよということを、ジャッジにアピールしているように見える。ポイントをどうとるか、(相手に)取られないかを相当研究している。でもこれは柔道の王道ではない。日本の柔道は一本を取る、相手の体を制するものだ。それを変えてまでやる必要はないが、研究はすべきだ」と語っていた。目からウロコだ。これで納得がいった。

私は今、ロンドンにいる解説者や中継者よりも、刈谷さんの発言に注目している。他の競技でもこの人は、鋭い発言をしている。納得いかなかったら刈谷に聞け、そんな感じだ。