長嶋茂雄が落選危機…オールスターファン投票で起きた“まさか”の歴史
オールスターのファン投票は、単なる人気投票にとどまらない。
時にはスター選手を土壇場で救い、時には思わぬ選手を上位に押し上げ、時には制度そのものを見直すきっかけにもなってきた。
「マイナビオールスターゲーム2026」のファン投票は、6月28日に締め切られる。1951年に市販のはがきによる郵送のみで始まったファン投票は、70年以上の歴史の中でさまざまな出来事を生み、時代とともに投票方式も変わっていった。今回は、ファン投票にまつわる珍エピソードを紹介したい。【久保田龍雄/ライター】
【写真】オールスターは始球式も楽しみの一つ 過去にあった女性タレントたちの始球式
長嶋のいないオールスター戦なんか見てやるもんか
“ミスター・プロ野球”長嶋茂雄が、セ・リーグ三塁手部門であわや落選の危機に見舞われたのが1972年である。

巨人入団以来、15年連続でのファン投票選出が有力視されていた長嶋だったが、7月9日に発表された中間発表で、ヤクルト入団2年目の荒川堯に前日までの約1000票差を逆転され、792票差をつけられてしまう。
この時点で長嶋の成績は打率.303、18本塁打。けっして調子が悪いわけではなかった。一方の荒川は打率.289、7本塁打で、成績では長嶋を下回っていた。
逆転現象は、荒川への組織票と思われる連日の大量票によるものだった。投票締め切りは翌10日午後11時59分。長嶋自身も「新しい人が選ばれるのはいいことだ。私は監督推薦で出る」と半ば落選を覚悟した。
まさかの大波乱に、荒川も「えらいことになってしまった。僕なんてどう見たって実績不足です」と戸惑うばかりだった。
だが、ここから一気に長嶋への追い風が吹きはじめる。
事務局には「長嶋のいないオールスター戦なんか見てやるもんか」というファンの抗議とともに、「これから投票するには、どうしたらいいのか?」という問い合わせが相次いだ。さらに「自分が投票しなくても大丈夫だろう」と思っていたファンが、駆け込みで長嶋に投票した。
わずか1日で長嶋票は3497票と急伸。最終的に荒川に1778票差をつけ、1万697票で逆転当選を果たした。
土壇場でのファンの猛プッシュに助けられた長嶋は「今年は荒川君に途中で抜かれて、いろいろ聞かれたりしたが、選ばれる側としてファンの投票にとやかく言うべき筋合いではない。仮に次点になっても、監督推薦ということになっても、選手として球宴でベストを尽くす気持ちに変わりはない」と恩返しを誓った。
ところが皮肉なことに、オールスター第1戦、第2戦では、夏バテからいずれも2打席凡退後に早々と交代。“球宴男”らしからぬ不振ぶりに、全パの捕手・野村克也(南海)から「彼は巨人の長嶋じゃあないんだ。プロ野球の長嶋なんだから、やっぱり最後まで出てほしい」と苦言を呈されてしまった。
投手は井川慶、ムーアは打者で
2003年は、18年ぶりのリーグ優勝へ向けて独走していた星野阪神から、史上最多となる1チーム9人がファン投票で選出された。
その中で話題を集めた一人が、ムーアである。
先発投手部門で9位に入った一方、打力を買われて一塁手部門でも桧山進次郎(阪神)、清原和博(巨人)に次ぐ3位の43万7116票を獲得した。同じ年には、一軍登板ゼロながらインターネット上の“川崎祭”による大量投票で、川崎憲次郎(中日)が先発投手部門1位に押し上げられ、出場を辞退している。ムーアの一塁手部門上位も、川崎騒動と並んで注目された。
大学まで投打二刀流だった異色左腕は、来日1年目の前年、投手として10勝をマーク。大好きな打撃でも62打数17安打6打点、打率.274と打者顔負けの成績を残した。
翌2003年も、5月17日の巨人戦で4回に木佐貫洋から流し打ちの左前決勝タイムリーを放ち、1対0の勝利の立役者になった。開幕から無傷の7連勝を記録するとともに、打率.435の高打率をマーク。阪神ファンが「投手は井川慶、ムーアは打者で投票しよう」と考えても不思議はなかった。
しかし、同24日のヤクルト戦で2回をもたずにKOされ、連勝がストップしてからは、1カ月以上勝てない日が続いた。それまで室内練習場で打撃マシンを相手に打ち込むのがお約束だったムーアも、「自分は打撃で給料を貰っているんじゃない」と反省し、投手に専念するようになった。
その後、オールスターまでに3勝し、2年連続二桁勝利を記録したが、投球内容は今ひとつだった。結局、2年連続の球宴出場は逃している。
オールスターじゃなくて、オールスターダストや
ファン投票で選出されながら、最初で最後のチャンスが幻と消えたのが、楽天・松本輝である。
2007年、楽天から両リーグ最多の12ポジション中8人が選出された。第2戦がフルキャストスタジアム宮城で開催されることもあり、地元ファンの組織票が大きな追い風となった形だ。
だが、チームを率いる野村克也監督が「オールスターじゃなくて、オールスターダスト(星屑)や」と皮肉交じりに評したように、8人の中には成績が伴わない選手もいた。
中継ぎ投手部門で選出された松本も、同年は28試合で2勝1敗1セーブ3ホールドを記録していたが、防御率は6.11。不調のため、6月12日から二軍で調整していた。
さらに右内側内転筋を痛めていたことから、選出から4日後の7月6日、「故障の治療と調整でオールスターという特別な舞台で満足できるプレーができる状態にない」と広報を通じてコメントし、出場を辞退した。
1978年に組織票で日本ハムから9ポジション中8人が選出される“球宴ジャック事件”が起きた際も、世間の批判に配慮する形で2人が出場を辞退している。松本も結果的に、組織票への風当たりを和らげるために割を食ったと言えなくもない。
松本は翌2008年も中継ぎで21試合に登板したが、球宴出場の夢を叶えることなく、2010年限りで現役を引退した。
今年のファン投票でも、締め切りを前に動きが出ている。セ・リーグ先発投手部門では、ノミネート外からトップに躍り出た高橋遥人(阪神)を山野太一(ヤクルト)が逆転。捕手部門でも古賀優大(ヤクルト)がトップを奪うなど、ヤクルト勢の躍進が目立っている。
ファン投票は、時に実力や成績だけでは測れない熱量を可視化する。だからこそ、思わぬ逆転や大量投票が起こり、選ばれる側にも、投票する側にもドラマが生まれる。2026年の最終結果で、どんなサプライズが起きるのか。今年も投票の行方から目が離せない。
久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)
デイリー新潮編集部
