<裏切られたとき>善意を搾取され責任も取らされ!?いつの間にか利用されていたこと、ありますか?

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人とのかかわりのなかで、利用されたと感じた経験はありますか? 最初は善意や好意からはじまった関係でも、気づけば一方に負担が偏り、不公平さを抱えるようになることもあるようです。

『いつの間にか利用されていたことある? うまく逃げられて負担がいつも私』


断れなかった自分を責めたり、相手への不信感が募ったり……そんな複雑な感情に揺れるママも少なくないのかもしれません。

利用された!善意が裏切られた記憶

まず見られたのは、「思い出すだけでイヤになる」という体験談でした。

『思い出すだけで不快。人に親切にしないことにした』


一度でも利用されたと感じると、その後の人間関係に影響を及ぼすのかもしれません。親切でいること自体をためらうようになるママもいるようです。

『いじめにあったとき仲良くしてくれたクラスメイトから、卒業間近に「あなたと仲良くしていれば先生からの評価が上がるから」と言われた』


あまりにもひどい言葉ではないでしょうか。信頼していた関係が打算だったと知ったときの衝撃は大きく、深い失望につながります。

日常に潜む「利用」のかたち

利用される場面は、特別なものではありません。むしろ日常のなかに自然に入り込んでくることもあるようです。

『学生のとき友だちの宿題を手伝っていたのに、本人は遊んでいた』


『ママ友に役員を一緒にやろうと言われて引き受けたのに、行事をすべてパスされ、全部押しつけられた』


そのママ友は、「大変だったけれど、役員をやれてよかった」と豪語したそう。このように、「協力」のつもりで引き受けたことが、結果的に一方的な負担になるケースは少なくありません。また、こんなママ友エピソードも。

『最初はランチの予約や送迎をしていた。だんだん図々しくなり「〇〇へ連れて行ってくれない?」と要求されるようになった』


『子どもの友だちの妹が毎週土曜にうちに遊びにきていた。たまにお礼に卵とかくれたけれど、割に合わない預かりだった』


距離が近づくほど、遠慮がなくなり、依存的な関係に変わっていくこともあるのでしょう。

「断れなかった自分」への後悔

印象的だったのは、自分にも原因があったと振り返る声です。

『イヤだと思っても拒否できなかった自分も悪い』


相手の問題であると同時に、断れなかった自分への後悔も見えてきます。とくに「友だちだから」「関係を壊したくないから」との思いが、ムリを重ねる原因になるのかもしれません。

一度利用されると他の人にも疑心暗鬼に

一度でも「利用された」と感じると、疑い深くなることもあるようです。

『「一緒に行こう」は手伝わせる意味だと思ってしまう。友だちに旅行の振り込み一緒に行こうって言われたけれど、きっと手伝わせるつもりだわ。旅行先でも私に道案内させる気だよ』


このように、相手の言葉の裏を読みすぎてしまい、人間関係そのものに疲れてしまうケースもあるようです。本来は楽しいはずの交流が、警戒や負担を伴うものに変わってしまうのでしょう。

距離を置くか、倍返しか

利用されたママたちが最終的に選んだのは、「距離を置く」か「やり返す」という対応でした。

『疎遠にした』


『もう会わない』


関係を断つことは簡単ではありませんが、自分を守るためには必要な判断になる場合もあります。ムリに関係を続けるのではなく、自分の心が穏やかでいられる距離を選ぶことが大切なのでしょう。

『利用してきた人を利用して得をする』


『善意の心を踏みにじられたから、徹底的にやり返した』


裏切られた悔しさから、相手を利用し返すという選択もあります。

投稿者さんは、「やり返さないけれど、許すこともしない」と言います。怒りをぶつけるのではなく、静かに距離を取る。この姿勢に共感するママもいるのではないでしょうか。

境界線をもつ

人間関係において大切なのは、「どこまでなら受け入れられるか」という自分なりの基準をもつことではないでしょうか。

「これ以上はムリ」と感じたときに、きちんと線を引くこと。それは冷たいことではなく、自分を守るための大切な行為です。利用されていた経験はムダではなく、これからの関係を見なおせるのではないでしょうか。ムリをしない距離感と、自分の気持ちを大切にする姿勢。その積み重ねが、より健やかな人間関係へとつながっていくはずです。