親の入院や介護で、きょうだいトラブルが発生することがある。訪問診療・緩和ケアを専門とする医師の岡山容子さんは「親の介護は親のお金でするのが大前提」という。後悔しない親の看取りとはどんなものか。ライターの市岡ひかりさんが聞いた――。(第2回/全2回)
撮影=プレジデントオンライン編集部

■親の病気で発生する「きょうだいトラブル」

親の介護や看病は、時にきょうだい間のきずなを引き裂くリスクを孕んでいる。

本人の望む、望まないにかかわらず世話を引き受けた人の時間的、金銭的、精神的な負担は大きく、介護離職に至るケースも後を絶たない。一方、親と距離を置いてきた兄弟は、突然変わり果てた親の姿に大きなショックを受けがちだ。

「なぜもっと早く教えてくれなかったのか」「もっとしてあげられることがあったんじゃないのか」――。

きょうだい間のしこりは親が亡くなった後も残り続け、介護を負担した分を相続で取り戻そうと、遺産相続でモメにもめる……。

親の看取りをめぐる、最悪なシナリオだ。が、残念ながらよく聞くケースでもある。実を言うと、私(=筆者)も、実家と長らく疎遠になっているきょうだいに、認知症が悪化して精神科に入院させた母の現状を伝えられずにいる一人だ。

数年前にアプローチを試みたものの、その後は連絡が途絶えてしまった。「なぜ私だけがすべてを背負わなければいけないのか」という不公平感が募る一方、自分から親と距離を置いた彼らの気分を害して余計なトラブルになりたくないという思いもある。親への対応で精いっぱいになっている今、そもそも連絡すべきなのか、思い悩んでいた。

しかし、『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者で、京都府で訪問医として数々の患者の看取りやその家族に向き合ってきた岡山容子先生は「不要なきょうだい間トラブルを防ぐためにも、一応現状を伝えておいた方がいい」と助言する。

■「お前のせいで親が死んだんだ」

「人は、予期せぬことを聞くと大きく動揺します。それまでの親子関係がどうであっても、元気だと思っていた親の変化にショックを受けるのは当然のこと。特にハイパーセンシティブ(非常に感受性が高い)な人たちは、その繊細さから自分を攻撃する方向に向かう人もいれば、外に攻撃の矢を放つ人も。

写真=iStock.com/junce
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/junce

最悪の場合、面倒を見続けてきたきょうだいに対し『お前のせいで親が死んだんだ』と攻撃をしてしまう可能性もあります。“お別れする”というアクションをとることで、親の死を自分の中で“突然の死”にしないことが大切です」

先生の言う“突然の死”とは、医学的な突然死だけでなく、納得できるお別れができないまま死別することを指す。不慮の事故や災害などのほか、家族が予想しないスピードで病が急変して死に至ってしまった場合、遺族には「どうして気づけなかったのか」「なぜこんな急に」という納得できない気持ちが生まれる。すると、親の死が何年経っても乗り越えがたい悲しいものになってしまうのだという。

■「カリフォルニアから来た娘症候群」

親の急変を突然知らされた子どもが、ショックのあまり医療の現場を混乱させることもしばしばあるという。親と疎遠だった子どもが看取りの段階でやってきて、すでに緩和ケアに入っている親の治療方針に口を出すことを「カリフォルニアから来た娘症候群」(The Daughter from California syndrome)と呼ぶ。

元気だと思っていた親とのイメージの落差に戸惑い、これまで会いに来なかった後ろめたさも手伝い「自分がどうにかしなくては」と正義感にかられるのだそうだ。すでに効果がない治療を「してほしい」と訴えたりするため、医療従事者などから疎まれ、結局納得いく別れができないまま禍根を残してしまう。

では、それまで親と距離を置いてきた人に、親の死を「突然の死」にさせず、心にわだかまりを残さないためにはどうすればいいのか。岡山先生は、「できるなら、お見舞いに来てみて親と話してみて」とすすめる。

「恨み言でも構いません。もし本人と話ができないなら、スタッフに対する語りかけでもいいです。できれば何かお話をしてあげてほしい。仮に患者さん本人がすでに会話ができないような状態でも聴覚は最後まで残っていると言われています。必ずではないですが、呼びかけるとかすかに反応があることも多いです」(岡山先生、以下すべて同)

親と関係が良くないなら難しいかもしれないが、できればベッドを沈痛な面持ちで取り囲むではなく、正月などに親戚が集まるワイワイした空気感が理想だという。ゆかいな思い出話など、みんなが笑ってしまう“鉄板ネタ”があれば言うことなしだ。

■看取りは結果ではなくプロセスが大事

最後に親と話した方がいい、とすすめるのは親のためというより、むしろ残される子どものためだ。

岡山先生の担当した患者家族の中には「うちの父は、とんでもない父で……」と恨み言ばかり言っていた人が、思い出話をしているうちに「それでも釣りを教えてくれたのは父だったな」と、親の良い面を思い出せた人もいるという。

一方で、お別れを経ても「やっぱりひどい親だったと再認識できた」という人もいる。「それでもいいんです」と岡山先生。お別れするというアクションしただけでも、後にその人が受けるショックを緩和できるという。

「多くの看取りを見てきて、結果ではなく、プロセスに納得する人が多いと感じています。親の看取りでどのようなプロセスをたどれば、納得できるのか。自分に対してもそうですし、きょうだいに対しての誠実さを大切にしてほしいです」

もし親と疎遠のきょうだいがお別れするのを拒否した場合は、「報告です」と端的に状況報告のハガキを送ったり、メールで親の様子を撮影した動画を送ったりするのも有効だという。それだけで、親の現状がどのようなものか伝えることができる。

写真=iStock.com/Yue_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yue_

■「親の死に目」は子への呪縛

さらに、岡山先生は、もし個々人の中で納得できるお別れができていれば、亡くなる瞬間に立ち会うことにこだわらなくていい、と話す。「親の死に目に会えなくなる」などと言われ、親の臨終の瞬間に立ち会うことは、古くから親孝行の象徴のように捉えられてきた。しかし、同時に、子への呪縛にもなっている。

よくあるのが、医者から家族に「もう最期なので、なるべく一緒にいてあげてください」と言われるケースだ。そうなるとトイレの間もシャワーの間も、夜寝ている間すら「大丈夫かな」と、緊張して待っていなくてはならない。もしトイレに行っている間に亡くなってしまったら「なぜあの時トイレに行ってしまったんだろう」と、自分を責め続けることにもなりかねない。岡山先生は言う。

「治療について一緒に悩んでいる人は、すでに、親との“別れの道”を一緒に歩いているんです。別れの絆は、もうできています。だから、最期の時、その時だけにこだわらなくて大丈夫。それは、親がその時を選んだだけの話ですから」。

このように、看取りのプロセスに納得して、精神的なわだかまりをなくしておくことが、きょうだい間の不要な衝突を防ぐ第一歩となる。

しかし、介護や親の看取りをめぐって、もう一つトラブルの火種になりがちなのが、金銭的な問題だ。岡山先生は「親の介護は親のお金でするのが大前提」としつつも、様々な事情からそうならないケースがあると語る。親に十分な貯蓄や資産があるにもかかわらず使いたがらない場合や、そもそも家に十分なお金がない場合など様々だが、子どもが医療費や介護費用の支払いを余儀なくされるケースもある。

■医師が経験したきょうだいトラブル

岡山先生自身、親の金銭問題で苦労した一人だ。詳しい話は先述の著書にゆずるが、岡山先生の母は宗教にハマってお金を浪費し、度々4人の娘にお金の無心をするようになったそうだ。次女である岡山先生は突っぱねていたものの、次第にお金を工面していた長女や四女に負担が集中することに。このままでは、姉妹間で不公平感が高まってしまう。

そこで始まったのが、積立貯金だ。一人月に1万円ずつ貯金し、親のためにお金が必要な時に使うことに決めた。結果的に積立金は、遠方の姉妹が親の用事で帰省する際の交通費や、急遽母が入居することになったサービス付き高齢者住宅の頭金などに活用できたという。

「特に遠方に住む姉妹の経済負担を軽くできたのは大きかったですね。母を看取った今では、法事や家族で会食する際の費用に充てています。自腹で食事会に出席、となると気が進まないものですが、『交通費も食事代も出るなら』となれば遠方にいる姉妹でも気軽に乗ってきてくれる。おかげで姉妹の仲が良くなりました(笑)」と岡山先生は言う。

写真=iStock.com/Boyloso
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■介護や手伝いの対価は、親からもらっていい

きょうだい間の金銭的な不公平感は、後に遺産をめぐる争いに発展することもある。特にありがちなのは、親と同居、あるいは近所に住み、介護や親の手伝いを担っているきょうだいが、遺産分割の際「ほかのきょうだいと同額なんて納得できない」と訴えるケースだ。過去の介護への貢献を遺産分割の考慮に入れられるケースもあるが、計算やバランスが難しいのも確かだ。

そこで岡山先生は「介護や手伝いの対価は、親からもらっていいんです」とアドバイスする。実際、岡山先生の場合も、父の生活支援のため、長女が週に3回実家に手伝っていたことがあったそうだ。長女から直接不平を訴える声はなかったものの「ありがとう」とお礼を言うだけでは不公平感が残ってしまうかもしれない。そう考えた岡山先生は、父に「実家の手伝いをした分、姉にバイト代を支払ってはどうか」と提案。父はしぶしぶながら、長女に月10万円のアルバイト料を払っていたそうだ。

「親のために働いているんだから、お金をもらうのは当たり前のこと。もし、後々お金をもらっていたことが、きょうだい間のトラブルに発展しそうだと思うなら、親と簡単な契約書を交わしておくのもいいと思います」

■親にできる最後の親孝行とは

岡山容子『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

実は、私も特に親の通院や入院の際には、仕事を休んで面倒を見にいかなくてはならず、月収が大幅に減ったことがあった。さらに私の子どもが乳児だったころは、親の病院に一緒に連れていけないため、高額な一時保育に預けざるを得ず、出費がかさんだこともある。しかし「親にお金を出してもらうのも……」と気後れし、請求することができなかった。不公平感や不満をため込んでしまうより、いっそお金をもらった方がすっきりできるかもしれない。

「親からお金をもらってはいけない」「親に恩を返して当然だ」――。親に対するそんな遠慮や美徳が、結果的に自分を追い詰め、きょうだいへの怨嗟に変わってしまうとしたら、これほど不幸なことはない。親が死んだ後も、子どもは生き続ける。きょうだいの人間関係は続いていく。生き残ったきょうだいが恨み合わないでいられるためにどうすべきか。後悔しない親の看取りを考えることは、親にできる最後の親孝行なのかもしれない。

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市岡 ひかり(いちおか ひかり)
フリーライター
時事通信社記者、宣伝会議「広報会議」編集部(編集兼ライター)、朝日新聞出版AERA編集部を経てフリーに。AERA、CHANTOWEB、文春オンライン、東洋経済オンラインなどで執筆。2児の母。
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岡山 容子(おかやま・ようこ)
医師、おかやま在宅クリニック院長
1971年、大阪府堺市生まれ。4人姉妹の次女として育つ。1996年、京都府立医科大学卒業後、麻酔科医として京都府立医科大学病院や西陣病院にて勤務、その後在宅医療分野へ転向。2015年、京都市内に在宅療養支援診療所おかやま在宅クリニックを開設し、訪問診療、緩和医療、認知症治療などに携わる。2018年より産経新聞大阪本社地方版でコラム「在宅善哉」を連載開始(筆名:尾崎容子)で。2020年、真宗大谷派にて得度を受け僧侶となる。現在は終末期をみる医師として、地域密着医療を実践するほか、看取りの勉強会を主宰する。著書に『老後を心おだやかに生きる いのちと向き合う医師の僧侶が伝えたいこと』(明日香出版社)『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。
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(フリーライター 市岡 ひかり、医師、おかやま在宅クリニック院長 岡山 容子)