「前田大然を変えた除籍処分」「鈴木彩艶の非の打ち所がない人間性」サッカー日本代表・最強選手たちの秘話

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サムライブルーのメンバーたちは、いかにしてW杯の舞台へとたどり着いたのか。挫折、葛藤、成長……一人ひとりの物語を追った。

【前編を読む】「久保建英の人目を気にせぬ鋼鉄のメンタル」「恩師も驚く中村敬斗の進化術」最強・日本代表の超人的秘話より続く。

鈴木彩艶には「非の打ち所がない」

長年、「ゴールキーパーは日本の弱点」と言われてきたが、鈴木彩艶(23歳)は今大会でその評価を覆すことになるかもしれない。ガーナ人の父と日本人の母を持ち、聖書に登場する「聖なる丘(Zion)」が名前の由来だ。190cm100kgの恵まれた体格と反射神経を武器に、イタリアの強豪「パルマ」で活躍している。

森保監督が重視する「自主性」という面において、鈴木は幼少期から群を抜いた存在だった。浦和レッズジュニアユース時代にコーチとして指導した杉尾一憲氏が語る。

「初めて会ったのは、彼が小学校6年のとき。大きいだけではなく、佇まいそのものが小学生のスケールではありませんでした。ただ、さらに驚いたのはその内面です。言葉遣いや思考の深さ、すべてにおいて大人と話しているような感覚でした。

彩艶の家庭は、幼少期から『自分のことは自分でやりなさい』という教育方針だったそうです。象徴的なのが試合会場への移動で、遠方の場合、親に車で送迎してもらうのが一般的ですが、彼はいつも公共交通機関を使って自分で通っていました」

杉尾氏は数多くの「逸材」を指導してきたが、「努力という部分で彩艶に勝る選手は見たことがない」と断言する。

練習には必ず最初に来て最後まで残り、黙々と後片付け。帰る際にはクラブの受付に立ち寄り、「いつもありがとうございます」とスタッフに挨拶することも忘れない。

杉尾氏は、「お世辞抜きで非の打ち所がない人間です。スタッフはみんな、心から彼を応援しています」と笑顔で語った。

前田大然を変えた「除籍処分」

W杯では、オランダリーグで活躍するストライカーの上田綺世(27歳)が先発出場することが多いだろう。だが、劣勢に立たされた場面で状況を打破する切り札となるのが、韋駄天・前田大然(28歳)だ。

父親の伸幸さんは獣医師で、母親の幸枝さんとともに大阪府堺市で動物病院を営む。5人きょうだいの2番目として生まれた前田は「大自然」からとって「大然」と名付けられた。母・幸枝さんによると、その名のとおり前田は、幼少期から野山を駆け回って心身を鍛えてきたという。

小学4年生でサッカーをはじめ、中学まで地元でプレー。高校は山梨学院に進学した。だが前田は、高校時代に大きな挫折を経験する。規律違反による「除籍処分」だ。当時流行っていたお笑い芸人の真似をして、友人と過剰な力で叩き合った。いじめの類いではなかったが、周囲から問題視され、サッカー部の活動を続けられないことが決まった。

寮を出て学校の近くにアパートを借りた息子のために、母は夜行バスで毎週欠かさず山梨まで通い、料理を作り置きしては大阪に戻った。幸枝さんは「この期間が大然を成長させた」と振り返る。

挫折から学んだ「周囲への気遣い」

「それまでは自分の世界だけで生きていたような子でしたが、周りが見えてきて、人の気持ちもわかるようになってきた。誰かのために何かをするようになったんです。

あるとき、私が大阪に帰る際、大然が自転車の後ろに乗せて送ってくれたことがありました。バスに乗った瞬間に涙が止まらなくなって号泣してしまいました。このときのことは鮮明に覚えています」

除籍処分となった1年間、前田は登校前にパン屋で手伝いをし、休日には社会人チームでサッカーを続けた。この挫折はプレースタイルも劇的に変えることになった。

「小・中学校の頃は、『俺が俺が』と点を取りに行くスタイルでした。でも、除籍処分から復帰して試合に少しずつ出られるようになってからは、明らかに変わりました。チームのために走る、ものすごく献身的なプレーをするようになったんです。そのプレーを見て、感動しました。いまのプレースタイルの原点は、間違いなくあの1年間にあります」(幸枝さん)

プレーへのこだわり、乗り越えた挫折、恩師や親への感謝……選手のストーリーを知れば、W杯はますます楽しくなるはずだ。

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「週刊現代」2026年6月22日号より

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