当たり前の価値観だった「子どもはとってもかわいい」は本当?「かわいいだけじゃない」子どもの不可思議さに迫る
『響け!ユーフォニアム』や『青い春を数えて』、『愛されなくても別に』など、多くの名作小説を書き上げてきた武田綾乃さん。
2年ぶりの新作となる『ここはこどものいない国』発売を記念して、「ほんタメ」MCを務める齋藤明里さんとのスペシャル対談が実現!
「本物の赤ちゃんって、未知すぎて怖い」
「SNSでの妊婦バッシングって過剰すぎない?」
「東京って、子育てするにはキャパオーバーな都市」など、
200年後の日本を舞台にした本作を通して、鋭く切り込みます。
後編では『ここはこどものいない国』に登場する多彩な人物たちを語り合います。
【前編】「妊婦様」「子持ち様」……妊婦が叩かれるインターネット社会の先に待ち受ける、子どもが贅沢品になったディストピア社会 はこちら
【撮影】椎野充
武田綾乃 (たけだ・あやの)
1992年京都府生まれ。第8回日本ラブストーリー大賞最終候補作に選ばれた『今日、きみと息をする。』が2013年に出版されデビュー。『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』がテレビアニメ化され話題に。同シリーズは映画化、コミカライズなどもされ人気を博している。’20年に『愛されなくても別に』で第37回織田作之助賞の候補、’21年に同作で第42回吉川英治文学新人賞を受賞。漫画『花は咲く、修羅の如く』の原作を担当。その他の著作に、「君と漕ぐ」シリーズ、『石黒くんに春は来ない』『青い春を数えて』『その日、朱音は空を飛んだ』『どうぞ愛をお叫びください』『世界が青くなったら』『噓つきなふたり』『なんやかんや日記 京都と猫と本のこと』『可哀想な蠅』などがある。
齋藤明里 (さいとう・あかり)
1995年東京都生まれ。劇団「柿喰う客」所属。近年の主な出演作に、柿喰う客新作本公演2025『超音波』、舞台『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』など。2026年5月8日から10日まで、齋藤明里一人芝居『どくはく』が上演予定。女優として活動する一方で、登録者数15万人超えの読書系YouTubeチャンネル「ほんタメ」MCも務め、書評やエッセイの執筆など多岐にわたって活躍している。
友情とも愛情とも違う、唯一無二の絆
──美奈子と伊藤は不思議な関係です。デザイナーベイビーが当たり前になった世界で、美奈子は珍しく母親から生まれた人間。そして伊藤は、デザイナーベイビーではあるけれど、この世界ではごく少数派の妊婦。二人とも「浮いた存在」ですが、お互いをどう思っているのかな、と少し気になりました。
武田 二人とも抜け目がないですよね。特に伊藤さんは、すごく頭がいいんですよ。
──あの世界では、卵子や精子の選別で知能も格段に引き上がっていますもんね。
武田 そんな伊藤さんと比べて、美奈子はちょっと後れをとっているはずなんです。でも、自分は伊藤さんと対等に頭がいいと思っている。伊藤さんは、美奈子のそんなところも可愛いよね、と思っている。反対に、頭がよすぎる伊藤さんは、自分がおバカな振る舞いをした時に、美奈子が世話を焼いてくれるのがすごく嬉しい。ちょっとボケたら突っ込んでくれる、みたいな。伊藤さんは世話を焼かれたことがないので、構われてずっと嬉しいんですよ。美奈子はお姉ちゃんなので、あの世話焼きは習慣みたいなものですね。
齋藤 私も美奈子が世話焼きなのは、工場生まれではなくて、家族の中で生きてきたからなのかな、と思いました。お母さんがいて、お父さんがいて、弟がいて。私は一人っ子なので、周りにお姉ちゃんとして育ってきた子がいると、すごく頼ってしまうし、その子も頼らせてくれるし。甘えちゃいますね。
武田 伊藤さんはその点、一人っ子の動きをしていますね。
齋藤 だから伊藤さんの方が、わかるな、と思いました。好き勝手やってもどうにかしてくれる人がいる、みたいな。すごく面白いな、と思ったのは、二人の関係性って、最初は伊藤さんがグイグイ行くじゃないですか。今までの武田さんの作品は、もっとお互いを必要としあっていたのが、今回はまた少し違った視点の関係性。バディでも友達でもなく、友情も、愛情もちょっと違う。お互いがお互いを助けたり、サポートすることによって、何かメリットが得られるわけでもない。美奈子さんは家に来てお料理もしてくれるし、妊娠の知識がない伊藤さんに全てを教えてくれる。でも伊藤さんは美奈子さんを利用しているわけではなくて、美奈子さんも頼られていることをよしとしている。二人とは何の関係もない人が見たら、「美奈子、めちゃくちゃ利用されてるじゃん」と思いそうですけど、あの関係性は唯一無二だと思いながら見ていました。だから、あのラストもお互いに受けて、渡していた愛情の結果なのかな、と思いましたね。
──美奈子は面白いキャラクターですよね。伊藤が妊娠していること、生まれてくる子どもについて、ずっとぐるぐる考えている。物語を通して確実に変化しているけれど、その変化がわかりやすくはないキャラクターというのも、いままでの武田さんの作品とは異なる点かなと思いました。読者の方に考えてもらう、といいますか。
武田 なんだか、答えがあるテーマではない気がしていて。あえてわかりやすくしないように、答えを書かない、言い切らない、というのを意識して書いていました。なぜかというと、美奈子がわかっていないからなんです。美奈子は、自分が何を考えていて、何をしたいかがわかってないんですよ。ずっと美奈子はわかってなくて、もがきながら生きている。だからスパッと言いきれないし、家族への葛藤も捨てられないし、痛みも抱え続けているんです。
「子ども」の描かれ方の変容
──たくさん本を読まれている齋藤さんですが、最近の小説の中で、子どもの描かれ方が変わってきている実感はありますか?
齋藤 私自身、好んで読む作品にディストピアものも多いのですが、その中でも女性が子どもを産むことを主軸として描いている作品が増えている印象はあります。それまで結婚や出産は、無条件に幸せ、という描かれ方だったと思います。たとえば「子どもが生まれました」となったら、みんなお祝いをしてくれるもの、みたいな。そして子どもはとっても可愛いもの。そういう価値観で作品が描かれていたと思います。しかし最近だと、お母さんという存在は、未知の生物に挑む人間、みたいな描かれ方をしているというか。赤ちゃんという存在が出てきたときに、「かわいい」だけじゃない側面から描かれることのほうが多い気がしています。
武田 たしかに、子どもは宇宙人みたいな感じです。
齋藤 もちろん、子どもを産む選択をされる方もいるわけじゃないですか。でも、産まない選択肢もある。産むことにも産まないことにも、両方にメリット、デメリットが存在して、その中で選択肢がたくさんあるよ、という描かれ方に移り変わってきた印象があります。昔ほど「子どもを産む=とっても素敵なこと、嬉しいこと」っていうだけじゃないけど、それでも選ぶことができるし、どちらの決断をしている人たちも、きっと作家の方々は尊いものだと思ってらっしゃるんだろうな、と感じます。
武田 「子どもを産むことで無条件に幸せになれるわけではない」という流れになってきているのは、現代社会でも、肌で感じますね。「保育園落ちた」ブログではないですが、不安感が渦巻いている。私は、人々の生活水準が上がった結果だとも思っていて。SNSを見ていると、ハイブランドもジュエリーも車も、オールコンプリートしているきらきらしたインフルエンサーがたくさんいるじゃないですか。彼らはそれがお仕事ですが、それを真に受けて「これくらい持っていないと恥ずかしいんだ」という同調圧力が生まれている。それはファッションに限らず、なんでもそうですね。推し活とか、生活様式とか。知らないうちに、自分の構築したタイムラインによって経済競争に参加させられている。だから自分の収入を全部つぎ込んだりするんですけど、それを生活の基準にすると、子どもを育てることって不可能なんですよね。子どもってお金と手間がかかるから、絶対に元の生活はできなくなる。それに気づいたときに、子どもを産みたくないって思う人がいるのは正直当たり前じゃないかなって。そりゃ少子化になるよな〜としみじみ思います。
──齋藤さんは逆に、「憧れられる側」ですよね。
齋藤 ちょっと違うかもしれませんが、SNSを始めたときに、「しんどい」とか「大変」とか言う人になりたくなかったんですよね。傍から見たら遊んで暮らしているような、なんか楽しいことだけやっているように見られたいなとは思っていて。実際に自分でも、「そういう暮らしだな」と思っていますし。もともと大好きだった本のお仕事もさせてもらって、舞台のお仕事も、お芝居が好きでやっているので。「好きなことで楽しく暮らして、いい感じにお金も稼げてるんだろうな」と思われればいいな、という気持ちでいます。自分のお気に入りのもの、たとえば好きなお洋服とかは見せたいな、という思いはありますが、それよりは、楽しそうにしているなこの人、を見せたいと思っていますね。「書評家」と名乗りたくないのも、自分たちのYouTubeチャンネルを見てくださっている方に、別の世界の人だと思われたくない、というのもあるかもしれないです。友達が本屋さんで「これおもしろかったよ」って言ってくれるのと同じぐらいのレベルで見てほしいな、っていう願いがあるので。書評家の方の、「これはこういう価値のある作品です」というお仕事と、私たちの仕事は違うよね、と、よく「ほんタメ」の相方のたくみさんとも話しています。
「どう思う?」を問う一冊
──この作品をどういう人に読んでもらいたいですか?
武田 難しいですね。出産を意識する方・出産された方はもちろん、共感する部分があると思います。先ほども触れましたが、昔みたいに「出産=ベリーベリーハッピー」という時代ではもうなくなってきている実感があって。ただこの本を読んだからといって悩みが解消されるかというと……。
齋藤 でも、こんな時代に子どもを産むことが、その人にとってベストかはわからないけれど、それでも産みたいと思えるということは、私はすばらしいことだと思っています。だから、主人公と同年代の20代後半から30代前半の方とかに読んでいただきたいです。感想が両極端に割れそうですね。「産みたい!」か「産みたくない!」かで。
武田 思考実験みたいな本ですからね。「どう思う?」という。
齋藤 そうそう。どう思うかっていう。それで言うと、男性にもどう思うか聞いてみたいですよね。
武田 確かに。男性、どうなんだろう。共感……するのかな。
齋藤 お子さんがいらっしゃる方とかにも。「子どもがペットになった時代の話ってどう?」って。
武田 聞いてみたい、聞いてみたい。
──全員に読んでもらいましょう! 最後に、今後新しく挑戦したいことについて教えてください。
武田 ファンタジー小説に挑戦したいと思っています。予定通りにいけば、秋ごろに出るはずです。
──ファンタジー! ハイ・ファンタジーですか?
武田 そうです。中華風のファンタジー小説を書く予定です。まだ何も書けてはいないんですけど……。あと、本当に趣味ですけど、ゲームを作ろうかと思っています。仕事がいっぱいいっぱいなので、息抜きに趣味の創作活動を増やしていこうかなと。
齋藤 私はそれこそ、書評や解説のお仕事も少しずついただくようになってきたので、文章を書くお仕事をもっとコツコツやっていけるようになれたらな、と思っています。文章って、書かないと書けないんだな、と実感しまして。
武田 筋肉が落ちていくんですよね。
齋藤 そう。舞台の本番とかで期間が空くと、次に書評を書かなきゃ、となったときに筋トレから始めないといけなくて。だから、書評の連載とかできるように、頑張ります。
武田 偉すぎます。すばらしい。
齋藤 あとは、おかげさまで「ほんタメ」が5周年なので、4月29日に都内でイベントを開催します。こちらもよろしくお願いします。
──本日はありがとうございました。
(二〇二六年二月二四日 講談社にて)
武田綾乃『ここはこどものいない国』
家族を捨てた「集落育ち」×家族に憧れる「工場育ち」
常識も愛し方も全く違う。それでも、そばにいたい。
2226年、人間は工場生産され、人口を完璧に管理できるようになった日本。
愛玩赤ちゃんPB生産工場で働く美奈子は、家族育ちという出生の秘密を抱えていた。母親から生まれ、手作りの料理を食べ、集落で育った美奈子は、世間からは「自然派」と忌避される存在だった。「お母さんはどうして私を産んだの。私、生まれたくなんかなかったのに」そんな美奈子の職場に、新たに後輩がやってくる。彼女は言った。「私、妊娠してるんです」その出会いが、美奈子の人生を一変させる!
