イーロン・マスク「スペースX」史上最大12兆円IPO…「株などやらない」年金暮らしまで巻き込む「自動買い」のカラクリ
電気自動車「テスラ」やX(旧ツイッター)のオーナー、イーロン・マスク氏が率いる「スペースX」が、750億ドルという史上最大規模のIPOに踏み切る。だが「アメリカの話でしょ?」と思うのは早い。じつは「株などやらない」という日本の年金受給者まで、いやおうなく巻き込まれるかもしれないのだ。その「自動買い」の仕組みを『マネーの代理人たち』の著者で、経済ジャーナリストの小出・フィッシャー・美奈氏が明かす。
個人投資家にも3割―異例ずくめのIPO(株式初公開)
異例ずくめで桁違いな株式公開がまもなく始まる。そう、電気自動車「テスラ」や「X(旧ツイッター)」のオーナー経営者で、「人類を救うため」に火星移住計画を進める大富豪、イーロン・マスク氏の「スペースX」が、米国時間の6月12日、ナスダック市場に株式を初公開(IPO)するのだ。銘柄コードはSPCX。
通常のIPOと違って、公募価格はあらかじめ一株135ドルに固定され、資金調達額は750億ドル (約12兆円)と発表された。2019年のサウジアラムコ(約290億ドル)の倍以上という史上最大のIPOになる。これにもとづく同社の時価総額(=おおまかには会社を丸ごと買う値段)は1兆7700億ドル(約283兆円)。放出されるのは同社株式の5%未満にすぎないので、IPO後に買いたい人が殺到すれば、時価総額が2兆ドル(約320兆円)規模に膨れ上がる可能性が十分にあるだろう。
株式を上場する企業には「目論見書」による情報開示が義務づけられている。通常は形式ばって味気ない書類だが、スペースXのそれは、ロケット打ち上げやテスラ「ロードスター」の宇宙遊泳など、カラー写真満載だ。
そして、いかにもマスク氏らしい未来志向のCEOメッセージが添えられている。
「朝起きて、未来は素晴らしいものになると考えたい。それこそが、宇宙に進出する文明の意義なのです。未来を信じ、過去よりも未来は良くなると考えることです。そして、宇宙へ飛び立ち、星々の間に身を置く以上にワクワクすることなんて、私には思い浮かびません」
同社の企業ミッションは、「人類の生存圏を多惑星に広げ、人間の意識の光を星々に届けること」。事業の社会的重要性については、人類が恐竜のように滅亡するリスクが語られ、将来の市場開拓ではロケットによる地球周回や月や火星への輸送サービス、また月や火星でのエネルギー開発や宇宙資源開発など、SF世界のような言葉が並ぶ。通常の目論見書では考えられないぶっとんだ内容だ。
このエンタメ性十分な目論見書は、個人投資家も目を通すことを意識しているのかもしれない。一般的なIPOでは大口機関投資家が優先され、個人投資家に割り当てられる株式は1割程度にすぎないが、スペースXは3割を個人に振り向ける方針だ。
23社の引き受け幹事団には、日本のみずほ証券の名前もある。幹事証券会社からオンライン証券にも割り当てられ、日本でも最大25億ドル「約4000億円」が募集されるが、なにせ放出株が限定的なので、個人が抽選に当たる確率は「宝くじ並み」などとも言われる。でも、マスク氏と一緒に人類が火星に移住する日を夢見たいと、抽選に申し込んだ人やIPO後のトレードを狙っている個人投資家も多くいることだろう。
「インデックスファンド」で誰もがスペースXを買うことに
でも実際には、多くの人がいやでも、あるいは知らないうちにスペースXに投資して、火星移住計画の応援をすることになりそうだ。アメリカの話でしょ?と思ったらそうではない。「私は株などやらない」という日本の年金受給者にも関係してきそうな話なのだ。
というのも、その時価総額の大きさから、スペースXは多数の株価指数、そしてETF(上場投資信託)など指数に連動するインデックスファンド(関連記事:日経平均6万円突破に潜む「カラクリ」…世界で進む「中国外し」の恩恵を受ける日本株の「死角」)に組み込まれ、さらにこれらの指数(インデックス)やファンドの動きに大きな影響を与えることが見込まれるからだ。
TOPIX(東証株価指数)もそうだが、多くの株価指数のリターン計算には「時価総額加重平均」が使われる。時価総額が大きい企業ほど、大きな比重が与えられるので、その銘柄の株価の動きが指数全体に与える影響が大きくなる。例えば、インデックス全体の4割を占める突出した銘柄が1日に10%上昇すれば、それだけでインデックスが4%押し上げられる(実際に台湾のTSMCや韓国のサムソンはそうした極端な例だ)。
「ナスダック100」指数でも、すでにエヌビディア、アルファベット、アップル、マイクロソフト、アマゾン、メタ、テスラの「マグニフィセント7」が指数の半分近くを占めていて、数社の株価が市場全体を動かすことが問題になっている。
ナスダック証券取引所は5月1日のルール改正で、浮動株(市場で取引できる株式)の比率が10%以下でも、時価総額が上位40以内であれば指数に採用してオッケー、また新規上場株を指数に組み込むまでの待機日数も、従来の数か月〜1年を15日間へと大幅短縮した。
スペースXを引きとどめるために取引所が節を曲げたと批判されても仕方のないあけすけなルール変更で、同社株の「ナスダック100」指数採用は、ほぼ確実だ。
最も代表的なダウ・ジョーンズ社の「S&P500」については、採用基準の緩和が見送られたので、赤字で浮動株比率が低いスペースXがただちに組み込まれることはない。それでも、FTSE(フッツィー)社の「ラッセル1000」(米国大型株指数)や「ラッセル3000」(全米株式指数)には5営業日で組み込み可能だ。
また米国や世界の宇宙開発や防衛、テクノロジー・通信関連など産業別やテーマ別の指数にもスペースXは組み込まれていくだろう。それぞれの指数に連動するETFが複数あることを考えると、いずれスペースXを買うことになるETFの種類は、100を超えそうだ。
世界で時価総額が2兆ドルを超える企業は、エヌビディア、マイクロソフト、アップルなど数社しかない。同規模で、浮動株が極端に少ないスペースXが指数に組み込まれれば、それが株価指数全体や連動するインデックスファンドを動かす問題が出てくる。
米国のETFは運用残高が日本円でゆうに2,000兆円を超える巨大市場で、地方自治体など多くの公的年金基金が、資産の一定比率を低コストな「パッシブ」運用としてETFに投資している。何千万人という受給者にかかわる話だ。
しかも米国だけでなく、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)など日本の公的年金も、そのかなりの部分(GPIFでは全体の4分の1)を海外株で運用している。その多くはS&Pをはじめとするインデックス運用だから、他人事ではない。メジャーな株価指数にSPCXが組み込まれれば、年金は自動的にそれを買う。
ナスダックなどのインデックスファンドによるスペースXの「自動買い」問題については、米掲示板Reddit の投資スレッドなどが炎上している。S&Pの採用見送りを評価して「QQQ(ナスダック100に連動するETF)からSPY(S&P500に連動するETF)に早速乗り換えたよ」という声や、「スペースX上場から私の資産を守る方法は?」「株をショート(空売り)する手があるよ」といった会話が飛び交う。
だが、このIPOには見過ごせない「裏の顔」がある。史上初の「兆万長者」となるマスク氏には有利で、投資家には不利すぎる仕組みとは。後編記事〈イーロン・マスク「スペースX」IPO…株4割で議決権85%、投資家が「逆らえない」宇宙帝国の正体〉で詳しく見ていく。
