誕生日は人生にどれほど影響するのか。東京大学経済学部教授の山口慎太郎さんは「日本では、生まれ月による月齢差が、教育年数や所得の差として固定化されやすい。これは本人の能力や努力の問題というより、制度の問題として理解すべきだ」という――。(第2回)

※本稿は、山口慎太郎『「早生まれ」は損なのか』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shironagasukujira

■生まれ月「格差」は大人になっても続く?

埼玉県の大規模な調査では、生まれ月が子どもの学力や非認知能力に確かに影響を及ぼしていることがわかっています。学年の中で年齢が若い子どもは、成績で不利になりやすく、自己効力感や自制心といった面でも差が見られました。

では、こうした違いは学校を卒業すれば解消されるのでしょうか。中学や高校を終えるころには体の成長も追いつきますし、進学先や友人関係も変わります。そう考えると、子どものころの小さな差は大人になれば気にならなくなるようにも思えます。

しかし一方で、学力や非認知能力は、その後の進学や職業選択に大きく関わります。もし生まれ月による差がそのまま積み重なっていくのだとすれば、就職や収入といった大人になってからの生活にも影響する可能性があります。果たして、生まれ月の違いは社会に出てからも続くのでしょうか。それとも、成長の過程で自然に解消されていくのでしょうか。

この問いに答えるため、東大の川口大司教授は、大規模な統計データを用いて分析を行いました。研究に使われたのは就業構造基本調査という国の代表的な調査で、全国の世帯を対象に就業や収入に関する情報を集めています。

■30代前半で「年収23万円」の差が出る

川口教授はこの調査を活用し、1968年から1972年にかけて生まれた人々を対象に、生まれ月と教育年数や所得との関係を明らかにしようとしました。川口教授の分析によると、学年の中で最も若い早生まれの人たちは、最も年長の4〜6月生まれの人たちと比べて、大人になってからも教育や進路の面で不利な状況に置かれやすいことが示されています。

具体的には、まず教育の年数に差が見られます。早生まれの男性は平均して0.13年ほど学歴が短い、つまり進学の段階でわずかに不利になっていることがわかりました。さらに、この違いは就職後の所得にも表れます。

30歳から34歳の時点で比較すると、早生まれの男性は4〜6月生まれの人よりもおよそ4%収入が低いという結果が示されました。具体的な数字で考えてみましょう。民間事業所で働く人々の年間給与の平均が男性で570万円ですから(令和5年、国税庁民間給与実態統計調査)、これを基準にすると年間で23万円もの差になります。月々に直せば約2万円。

決して小さな額とは言えません。もちろん、この結果は「すべての早生まれが不利」という意味ではありません。あくまで平均的な傾向として、学年の中で相対的に若かったことが教育や職業の選択に影響し、長期的に所得に差をもたらしている可能性があるのです。

■なぜ日本では格差が縮まらないのか

なぜ、わずか数カ月の誕生日の違いが、大人になってからの教育年数や所得にまで影響してしまうのでしょうか。一つは、教育の積み重ねによる影響です。学年の中で相対的に幼い子どもは、小学校の段階から学力や非認知能力で不利になりやすいことが、埼玉学調の分析でも明らかになっていました。

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この小さな差が中学・高校の進学先の選択に影響し、最終的に修める学歴に違いを生じさせます。学歴のわずかな差は、その後の就職機会やキャリア形成にも波及していきます。もう一つは、日本の雇用慣行との関係です。

日本では依然として新卒一括採用が主流であり、最初の就職先がその後のキャリアに大きな影響を及ぼします。また、学歴が就職や昇進に強い影響を持つこともよく知られています。したがって、生まれ月の違いによって生じた小さな教育年数の差が、その後の所得格差につながりやすいのです。

ここで強調しておきたいのは、この影響が「本人の努力不足」によるものではないということです。むしろ、入学時点での月齢の違いがきっかけとなり、学校教育や雇用制度の仕組みの中で差が固定化されていく、と理解するほうが適切でしょう。

■海外では働き盛りになると差が消える

このように、生まれ月が大人になってからの所得にまで影響するという事実は、教育政策や雇用制度のあり方を考える上で無視できない示唆を与えています。日本の研究に加えて、海外の研究でも同じ問題について調べられています。スウェーデンの経済学者フレドリクセンらは、全国規模の行政データを使い、生まれ月が教育や労働市場に与える影響を分析しました(※1)。

※1:Fredriksson, P., & Öckert, B. (2014) “Life-Cycle Effects of Age at School Start.” The Economic Journal.

その結果、早生まれの子どもは大学進学率がやや低く、最終的に修める教育年数も短い傾向があることがわかりました。ところが興味深いのは、その後の所得です。研究では、25歳から54歳までの、いわゆる「働き盛り」と呼ばれる年齢層に達した時点で比較すると、生まれ月による賃金の差はほとんど見られませんでした。

教育の差は確かに残るものの、労働市場に出て経験を積むうちに、初期の不利が解消されていくと考えられます。アメリカでも同様の研究があります。ドブキンらは、カリフォルニア州とテキサス州の大規模データを用い、学校入学の基準日を利用して早生まれの子と遅生まれの子を比較しました(※2)。

※2:Dobkin, C., & Ferreira, F. (2010) “Do School Entry Laws Affect Educational Attainment and Labor Market Outcomes?” Economics of Education Review.

その結果、早生まれの子どもは大学進学率が低く、若い時期の所得もやや低いことが確認されました。しかし、長期的にみるとその格差は縮まり、「働き盛り」に入るころには明確な差は残らないことが示されています。このように、生まれ月の影響はどの国でも一定程度確認されていますが、その「持続の仕方」には大きな違いがあります。

■学歴がキャリアに直結する新卒一括採用

日本の研究では30代前半の所得においても差がはっきり残っているのに対し、スウェーデンやアメリカでは教育や初期所得の格差が最終的に薄れていきます。背景には制度の違いがあります。日本では依然として新卒一括採用が中心で、学歴が就職や昇進に強く影響するため、小さな教育年数の差がそのままキャリア全体に直結しやすいのです。

これに対して、スウェーデンやアメリカのように労働市場が柔軟で、転職の機会も多い国では、初期の不利を挽回するチャンスが大きいと考えられます。つまり、生まれ月の影響は「普遍的に存在する」ものの、「どのくらい長く残るか」は社会制度や雇用慣行によって決まるのです。日本の場合は制度の硬直性ゆえに、教育上の小さな差が大人になってからも所得格差として固定化されやすいのかもしれません。

ここまで見てきたように、日本では30代の時点で生まれ月による所得の差が存在することがわかっています。では、その違いは人生全体を通じた生涯所得にも及ぶのでしょうか。まず日本の事情から考えてみましょう。多くの人は学校を卒業した直後の4月に働き始めます。

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■「生涯所得」の観点だと有利かもしれない

そのため、同じ学年の中で早生まれの人は、同級生よりも早い時期から社会に出ることになります。しかし引退については、日本特有の定年制度を考慮する必要があります。多くの企業では誕生日を基準に65歳で退職するのが一般的で、生まれ月にかかわらず同じ年齢で引退を迎えます。そうなると、早生まれで社会に早く出た人は、その分だけ長く働くことになるのです。

このことは生涯所得という観点から見ると有利に働くかもしれません。早生まれの人は若い時期の賃金が相対的に低くても、長く働くことでトータルでは取り戻せる可能性があるからです。ただし、ここには注意すべき点もあります。より長く働くということは、それだけ多くの時間を労働に費やすということです。

もし同じ収入を得るために、より長い期間働かなければならないのだとしたら、それは別の形での負担とも言えるでしょう。生涯所得を考えるときには「金額」だけでなく、「どれだけ働いたか」という視点もあわせて考える必要があります。残念ながら、日本には人々の一生を追跡できるようなデータがなく、確かな答えを出すことはできません。

■早生まれが人生の後半で追いつく理由

日本社会は学歴が就職や昇進に強く影響し、新卒一括採用がキャリアの分岐点となる仕組みです。教育年数のわずかな差が所得格差につながりやすいのは事実ですが、それが人生全体を通じてどう現れるかについては、まだ十分に研究が進んでいません。

山口慎太郎『「早生まれ」は損なのか』(中公新書ラクレ)

一方、北欧では事情が異なります。スウェーデンの経済学者フレドリクソンらは、1935年から1955年に生まれた人々を対象に、教育歴から退職までの収入を生涯にわたって追跡できる行政データを用いて分析しました。

こうした「人生をまるごと追えるデータ」を活用できるのは北欧諸国の大きな強みであり、教育や雇用制度の改善に直結する知見をもたらします。日本でもマイナンバー制度などを活用すれば、将来は同様の研究が可能になるかもしれません。

分析の結果、学年内の月齢の違いは「働き始めの時期」を前後させるだけで、生涯所得にはほとんど影響を与えないことがわかりました。早く社会に出た人は若いころの収入が多くなりますが、その分引退も早いため晩年の収入は少なくなります。

逆に、遅く社会に出た人は若いころは不利でも、引退が遅れるため晩年の収入が多くなります。こうした差が互いに打ち消し合い、トータルで見ると生涯所得には違いが残らないのです。

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山口 慎太郎(やまぐち・しんたろう)
東京大学経済学部教授
東京大学大学院経済学研究科教授。専門は労働経済学。子どもの発達や教育、家族と働き方に関する問題を、データを用いて実証的に研究し、その成果を社会への発信や政策提言にいかしている。著書に『「家族の幸せ」の経済学』(サントリー学芸賞受賞)、『子育て支援の経済学』(日経・経済図書文化賞受賞)など。
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(東京大学経済学部教授 山口 慎太郎)