夫・尾崎豊とクルーズした妊婦時代の写真も…尾崎繁美が息子・裕哉の20歳の誕生日に作った「世界にひとつだけ」の贈り物
誰もがその名を知る「尾崎豊」という存在……。亡き父と同じ道を息子が目指そうとしたとき、母である尾崎繁美さんはどんな想いを抱き見守ったのでしょうか。
カリスマ的人気を誇っていた尾崎豊さんと18歳で運命的に出会い、20歳で結婚をした繁美さん。さまざまな紆余曲折を経て、21歳で息子・裕哉さんを出産。やっと家族の幸せを掴むと思った矢先、繁美さんは24歳で最愛の夫と死別するという想像を絶するような凄絶な別れを経験しています。
尾崎豊さんの没後30周年を機に、繁美さんは封印を溶くように連載『30年後に語ること』として発表。その後、2023年7月からは、豊さんが旅去ってからの、息子の裕哉さんと暮らしたボストンでの日々を『笑顔を守る力』として定期的に寄稿いただいています。
前回は、父と同じシンガーになりたいという裕哉さんの夢に向かい、母として「尾崎豊の息子」であり、「個の尾崎裕哉」としてどう生きるのか。ボストン育ちで日本語が完璧でなかった裕哉さんに、自分の言葉として言葉を発信できる力を持つことの大切さを伝えたいきさつをお伝えしました。
今回は、裕哉さんが20歳になった成人のお祝いとして、繁美さんが裕哉さんに贈ったあるプレゼントについて綴っていただきました。
20年という愛を、一枚のDVDに込めて
裕哉が、慶應義塾大学2年生のときに成人式を迎えました。
20歳になった息子へのプレゼントとして、私は“生まれたその日から成人するまでの軌跡”を、一枚のメモリアルDVDにして贈りました。
成人という人生の節目に母として何を贈ろうか? と、私は半年ほど前からずっと考えていたのです。時計、万年筆、バッグ、......など。大人として歩き始める新たな舞台にふさわしい記念の品を、いろいろと考えてみました。ですが、最後に私が辿り着いたのは、“値段”では決して図れないものでした。
20歳という大いなる転機に、真心をこめて届けたかったもの。それは、彼が生まれたその日から、これまで歩いてきた「時間そのもの」だったのです。
“この20年を、ひとつの物語にしたい”、そんな想いが、私の中に自然と芽生えました。母一人、子一人で歩んできた、かけがえのない日々だからこそ、その時間を未来に繋がる原点として残しておきたいと思ったのです。
もちろん、息子にとってはブランド品のほうが嬉しかったかもしれません。そんなことが頭によぎりながらも、それでも私は、“値段”で図るものではなく、人生の付加価値になるようなものを届けたいと思いました。
20年分の記憶を、一枚のDVDに
こうして私は、“生まれた日から成人するまでの道のり”を、一枚のDVDにまとめることにしました。
しかしながら、実際に作業を始めようとすると、想像以上に大変なことでした。豊が映っている貴重なホームビデオや映像資料を、一般の業者に預けることには、どうしても抵抗があったからです。
どうしたものかと悩んでいたとき、友人に相談してみると、なんと彼女がおつき合いを始めたばかりの男性が、映像関係のお仕事をされている方でした。何度かお会いする中で、とても誠実で温かな人柄に安心感を覚え、私は彼女とその彼にお願いすることにしました。
あのころは今のように、スマートフォンひとつで簡単に映像編集ができる時代ではありませんでした。アルバムの中から紙焼写真を一枚ずつ選び、使った写真は100枚近く。さらに30本ほどあったホームビデオの映像も見返しながら、一本の物語へとまとめていきました。
当時のホームビデオカメラは、今では考えられないほど大きく重たいものでしたが、私は、割とまめに写真も映像も残していたのだなぁ……と、今になって改めて少し自分に感心しています。
写真を一枚ずつスキャンしていくところから始まる、気の遠くなるような作業でしたが、その過程は私にとって、とても意味深く、特別な時間でもありました。一枚一枚の写真に触れるたびに、そのころの空気や匂い、笑い声まで蘇ってくるようで。私は、息子と歩んできた20年という時間を、もう一度抱きしめ直していたのかもしれません。
『優しい陽射し』と新米パパの豊の姿
そして今……、あのとき息子に贈ったDVDの原盤を見返しながら、この原稿を書いています。
DVDは、“カシャッ”というシャッター音とともに、懐かしい一枚の写真から物語が始まるのです。
裕哉をお腹に宿していた妊娠8ヵ月のころ、横浜・大さん橋に停泊していた豪華客船、クイーン・エリザベス2号に宿泊したことがあります。船上ディナーを豊とふたりで楽しんだときのツーショットでした。
その直後、黒い画面に白い文字が映し出されます。
「1989年夏、神様から贈り物が届きました」
そして、豊の『優しい陽射し』のメロディーがゆっくりと流れ始めるのです。
病室のベッドで、生まれて間もない赤ちゃんを抱きながら、不慣れな手つきで哺乳瓶を口元へ運ぶ、“父になったばかりの豊”の姿。
「お人形さんとは違うのですからね」
そう語りかける、まだ初々しい“母になったばかりの私”の声が聞こえてきて。ホームビデオの中には、パパになった豊と、ママになった私の、何気ないけれど愛おしい会話が、そのまま残されていました。
1989年7月24日。長男・裕哉、誕生。
あの瞬間から、私たち家族のかけがえのない物語が始まったのです。映像の中には、新しい家族を迎えた喜びに満ちた時間が刻まれていました。
◇後編『尾崎豊が息子・裕哉に贈ったキス、ミニ豊のような姿…尾崎繁美が振り返る「20年愛され生きてきた軌跡」』では、DVDの内容と繁美さんが息子・裕哉さんに伝えたかった想いについて引き続き寄稿いただきます。
