日本郵船はじつは「三菱の源流」だった…坂本龍馬をルーツに持つ「誇り高き貧乏紳士」の正体

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国内最大級の海運会社にして、世界有数の総合物流企業グループでもある日本郵船。クルーズ客船「飛鳥」でもおなじみの同社だが、三菱グループに属しており、しかも三菱グループの源流であることを知る人は少ないだろう。『教養としての三菱・三井・住友』の著者、山川清弘氏が、日本郵船と三菱グループの意外な歴史をひもとく。

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日本郵船は、郵便事業を手がける「日本郵便」(いわゆる郵便局)と名前が似ているため、しばしば聞き間違えられます。

しかし、事業が全く異なることから、混乱を避けるためにラジオ局などでは、この会社を特別に「船の郵船」と発音して区別することもあるほどです。

この「船の郵船」こと日本郵船は、単なる海運業界のトップというだけでなく、三菱グループ発祥の源流に辿り着く、誇り高き歴史を持つ企業なのです。

日本郵船の歴史は、日本の近代史における海運業の黎明期、そして三菱グループの創業そのものと密接に結びついています。そのルーツは、あの坂本龍馬が設立した海援隊の業務を、岩崎弥太郎が引き継いだ九十九商会にさかのぼります。

その後、三菱商会が国策を担う海運会社として発展し、郵便汽船三菱会社へと社名を変更しました。

三菱グループのルーツ企業でありながら「三菱」の冠が付いていない理由は、会社設立当初の、国策による大合流のエピソードにあります。

国益のために競争を捨てて合流

当時は政府からの手厚い保護を受けながら、強力な競争相手であった共同運輸会社と激しい競争を繰り広げていました。

こうした激しい競争が国益を損なうと判断した政府は、1885年、この二大勢力、郵便汽船三菱会社と共同運輸会社を合併させ、新たな国策会社を設立しました。

この時に誕生した新会社こそが、「日本郵船会社」です。

つまり、三菱系の「郵便汽船三菱会社」が吸収される形で、競争相手だった会社とも対等に合流した結果、特定の財閥色を排除し、「日本」の「郵船(郵便物を運ぶ船)」という、公共性を第一に掲げた名称を冠するに至ったのです。

このエピソードは、単に「三菱」を名乗らなかっただけでなく、国益のために競争を捨てて合流したという、海運史上の大きな転機を象徴しています。

「誇り高き貧乏紳士」の社風

日本郵船はその名称に「郵船」とある通り、設立当初は郵便事業も主要な業務の一つとして行っていました。これは、海運が唯一の大量輸送手段であった時代に、政府の要請に応え、郵便物や公的な貨物を運ぶという国策的な使命を帯びていたからです。

しかし、明治時代から大正時代にかけて鉄道が急速に発達し、郵便物の主要な輸送手段が鉄道へと移行すると、海運会社が郵便事業を担う意義が薄れました。

これにより、日本郵船は20世紀初頭には郵便事業から撤退し、海運業に特化することで、その後の日本の経済成長を海上輸送の面から支えていくことになります。

戦前の日本郵船には天下一の秀才が集まり、国士として処遇された華やかな時代がありました。しかし、その企業文化は独特です。

当時の日本郵船は、「郵船の社員は、上から下まで言うことがみな同じだ」と言われるほど、徹底した理念の浸透と組織力を持っていました。

それはまるで「新興宗教のようなもの」と評されるほどでした。これは、事業の目的や方向性について「まず筋の通った説明をしてから命令する」という社員教育の賜物でした。

戦後の低迷期には、社員は「誇り高き貧乏紳士」とも呼ばれました。それは、安月給や不況に苦しみながらも、かつて国を背負っていたという気品と自信を失わなかったからです。

日本郵船は常に政府の政策決定に深く関わり、「郵船なくして、日本の海運政策は語れない」とまで言われるほど、情報網や調査力を政策に活用してきました。

「海運一本」から陸・空までを制覇

海運業界は、常に国際競争の荒波に晒されてきました。

1980年代には、発展途上国からの新規参入や、米国新海事法による運賃競争の激化により、北米定期航路は完全に泥沼化します。当時の経営陣は、この激しい競争を「もう一つの太平洋戦争」と呼びました。

この危機感により、日本郵船は「海運一本」からの脱却を決意し、事業を海運に限定せず、海・陸・空運を統合した総合物流企業へと変貌する「メガ・キャリア」戦略を掲げました。

米国では陸運大手を買収し、陸上輸送ネットワークを強化。空運では、子会社である日本貨物航空(NCA)への大型投資を行い、海・陸・空の三位一体を実現しました。

戦前、日本郵船は第二次世界大戦で所有していた貨客船の大半を失いました。その「戦後」はまだ終わっていないという思いから、1990年に豪華客船「クリスタル・ハーモニー」、そして「飛鳥」を就航させ、失われた客船事業へのロマンを復活させたのは、執念とも言えるかもしれません。

近年では事業の安定化のため、コンテナ船事業は商船三井、川崎汽船と統合した「Ocean Network Express〈ONE〉社」を設立。これも新しい時代の流れを感じさせます。

日本郵船

・本社所在地:東京都千代田

・従業員数:35,230人

・時価総額:22,564億円

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