参議院財政金融委員会で女優の中山美穂さん(写真)の遺産相続について質問が出た。写真は1991年10月撮影(写真:共同通信社)


相続税は廃止すべき」「安易に廃止しろというのは相続税の本質を理解していないからだ」--。相続税をめぐるSNS上の論争が長期化している。3月には元参議院議員の藤巻健史さんが「富裕層の富裕化は観察されず」という新聞記事に反応し、「『消費税を1%上げ』て『相続税を廃止』すれば日本は強くなる」とXに投稿。4月には実業家の西村博之(ひろゆき)さんが、自身のYouTubeチャンネルで「相続税をなくせと訴える庶民をどう思うか」と尋ねられ「頭が悪い」と返すなど、識者の間でも見解が分かれる。相続税はどうあるべきなのか。グローバルな趨勢とも比較しながら、日本の相続税について考えてみた。

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参政党のさや議員が参議院で質問

 日本の相続税は「相続が3代続けば財産がなくなる」と揶揄される。

 4月9日の参議院財政金融委員会では、参政党の塩入清香(さや)議員が2024年末に亡くなった女優の中山美穂さんの遺産約20億円をフランス在住の長男が相続放棄したようだ、という真偽は不明のネットニュースを取り上げ、その重税感を訴えた。

 相続税は相続発生(被相続人の死亡)から10カ月以内に一括納付することになっており、取得財産が6億円を超えると最高税率55%が適用される。一部報道によれば中山さんの相続税は約11億円に上るとされ、その通りだとすれば、学生の長男が短期間に納税資金を調達するのは容易ではあるまいと想像できる。

相続税負担が大きいがゆえに相続放棄や支払いのための不動産売却に至り、財産が市場に流れて外国資本に買われるケースもあると聞く。そうした安全保障上の懸念に加え、相続税は所得税との二重課税ではないかという意見も根強くある」というのが塩入議員の主張だ。

 これに対し、舞立昇治財務副大臣が「相続税は資産の再分配を通じて格差の固定化を防止するなど税制において重要な役割を果たしている。55%という数字だけ見れば諸外国より重いという評価もあり得るが、平均適用税率は14%程度。相続税は国によって制度が異なり、単純に国際比較するのは難しい」という防戦一方の答弁に終始したことから、SNS上での論戦がヒートアップした。

格差の連鎖に歯止めをかける富の再分配機能も

 諸外国に目をやると、そもそも相続税がない、もしくは相続税を廃止した国は少なくない。中国、インド、シンガポール、スウェーデン、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどでは相続税は課税されていない。

 そうした中で、日本の相続税負担は相対的に重い印象がある。財務省の資料(下図)は、相続人が配偶者と子ども2人のケースで、欧米の先進国と相続税の負担率(課税価格に占める相続税額の割合)を比較したものだ。課税価格が9億円を超えたあたりから日本の負担率がトップとなっている。

(出所:財務省)


 日本の相続税徴収額は令和7年度予算ベースで3兆4610億円と、近年増えてはいるものの税収の4%程度に過ぎない。消費税のように使途(社会保障)が決められているわけではなく一般会計に組み入れられており、廃止も可能なのではと思える。

「廃止すべきでない」という人の主張の拠りどころになっているのは、1つが資産の世代間移転を通じた格差の連鎖に歯止めをかける富の再分配機能であり、もう1つが19世紀米国の鉄鋼王で相続税を支持するアンドリュー・カーネギーが著書『The Gospel of Wealth and Other Timely Essays(邦題:富の福音)』の中で述べている「社会から富を得た人は、その富を社会に還元すべき」とするノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)的な考え方だ。

 しかし、近年の相続税や贈与税を巡る改正論議はそうした理想とは離れたところで進められているかのように映る。

 直近では、28年1月からの導入を目指す「非上場株の新評価ルール」がそうだ。

相次ぐ“節税策封じ”

 相続財産は時価評価が基本だが、時価がない非上場株は国税庁の「財産評価基本通達」によって評価されている。評価法には同種の上場企業を参考にする「類似業種比準価額方式」や純資産に基づく「純資産価額方式」などがあり、どの方式で評価するかによって株価が異なる。

 複数方式の並立が評価額を低く抑える目的で“悪用”され、会計検査院の調査では4倍近くの差が生じたケースもあったという。税の公平性を保つためには制度の見直しが必要という話だが、一方で、見直しにより相続税額が大きく上昇すれば、資産余力のない中小企業の存続が危うくなる。

 節税効果の高い賃貸用不動産も、27年1月からは「取得から5年以内の相続では取得価額で評価する」という“5年ルール”が導入され、亡くなる直前の駆け込み購入にストップがかかりそうだ。同時に、オフィスビルなどの高額不動産を数百万円、数千万円単位で小分けにして販売する不動産小口化商品の節税効果も抑制される。

 近年の相続税や贈与税の改正はこうした“節税策封じ”が目立つ。

 ほかにも、24年1月には居住用マンションの評価方法が見直され、市場価格と相続税評価額の乖離を利用したタワマン(タワーマンション)節税が困難になった。同じタイミングで暦年贈与(生前贈与)の相続財産への加算対象となる期間が相続開始前3年間から7年間へと大きく延長されたのは、ご存じの方も多いだろう。

 親族に限らず財産を渡したい相手に計画的に渡せる暦年贈与は相続税対策の王道であり、富裕層の利用も多い。国は暦年贈与“改悪”の代わりに直系親族間で累計2500万円までの贈与税が非課税になる相続時精算課税制度に年間110万円の基礎控除枠を新設した。

「相続時精算課税制度を申請すれば、従来通りに暦年贈与ができますよ」ということかもしれないが、相続税が高額になりそうな富裕層にとって相続時精算課税制度のメリットは薄い。

 非課税で贈与できる資産は祖父と孫、父と子といった個人間で2500万円に過ぎず、しかも、贈与する側の相続が発生した時にはその分も相続財産に加算される。さらに、ある税理士は「贈与税の時効は通常6年だが、相続時精算課税制度を使うことでそれが10年、15年と見なされる恐れもある」と指摘する。

「租税負担の公平性を確保するため」と言えば聞こえはいいが、やっていることは節税策を封じるイタチごっこのような改正ラッシュ。金融機関の富裕層ビジネス担当者は「所得税も含めた近年の富裕層への課税強化により、資産防衛のために相続税のないシンガポールやオセアニアへの移住を検討する顧客が増えている」と話す。

 富裕層の海外への流出は現行税制下では大幅な税収減を意味する。相続税廃止は飛躍としても、今求められているのは締め付けるだけではなく、基礎控除の拡大や目的税化の検討といった富裕層にとって納得感のある制度への改正ではないだろうか。

かつて相続税と無縁だった“庶民層”にも納税義務

 例えば、米国の遺産税には26年時点で1500万ドル(約23億9000万円)もの基礎控除があり、相続財産がその範囲内なら課税されない(別途、州の遺産税はかかる)。英国の相続税率は一律40%と高水準だが、32万5000ポンド(約7000万円)の基礎控除が受けられ、子どもや孫に自宅を相続させる場合はさらに最大17万5000ポンド(約3800万円)の加算があるという。

 これに対し、日本の相続税の基礎控除は15年に4割縮小されて「3000万円+600万円×法定相続人の数」となり、インフレで地価や株価が大きく上昇しているにもかかわらず10年以上そのままだ。その結果、平成時代には4%台だった相続税の課税割合は10%を超え、かつては相続税と無縁だった“庶民層”にも納税義務が生じている。

 アメリカのように基礎控除をインフレ調整の対象とするのも1つの方法だろう。さらに、経済のグローバル化によって富裕層が海外に不動産などの資産を持つケースや、中山さんのように相続人、あるいは被相続人自身が海外居住者というケースも増えており、調書制度の拡充や諸外国との租税条約締結の推進も急務となっている。

筆者:森田 聡子