【ナフサ不足】政府が「在庫は十分」と言うのに、なぜ現場では「在庫なし」が続くのか

高市早苗首相から「中東情勢に伴う重要物資安定確保担当相」に任命された赤沢亮正経産相は、石油由来の製品不足を起こしている「目詰まり」を解消すべく奔走しているが…写真は4月3日の閣議のもの(写真:共同通信社)
政府は原油や石油化学製品の原料であるナフサについて、備蓄放出や代替調達で「日本全体で必要量は確保できている」との見方を繰り返す。その一方で、住宅建設や自動車整備、工場、医療の現場は資材や潤滑油、燃料が思うように調達できない状況に直面している。政府が言う通り、一時的な「目詰まり」に過ぎないのか。ホルムズ海峡の正常化が見えない中で、現場の危機感は増すばかりだ。
まるで“エンジンオイルショック”--
日本自動車会議所(豊田章男会長)は4月17日にホームページでエンジンオイルの在庫が逼迫している事例を取り上げた。原料に使うベースオイルは全輸入量の2割程度をカタール産が占めていたとされ、その供給が停止した影響が大きい。とりわけ需要が多くないため通常から在庫をあまり持たないディーゼルエンジン用のオイルが品薄だ。トラックの整備が停滞すれば、物流への影響も避けられない。潤滑油は自動車だけでなく、工場の機械などにも必要だ。
断熱材、ユニットバス、シンナー、接着剤、医療用手袋…広範な製品に供給不安
中東からの輸入に頼るナフサの調達が困難になり、裾野の広い石化製品の供給ショックが同時多発的に起きるリスクについては3月11日の記事で書いた。
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残念ながらそのリスクは現実のものとなり、住宅建設に使う断熱材や屋根の防水シート、ユニットバス、各種の塗装に使うシンナーや接着剤、医療現場に欠かせない手袋などが、大幅に値上がりするだけでなく、調達もままならない状況に陥った。
政府は企業と連携して「目詰まり」の解消に向けて努力しているものの、インターネット販売のサイトを見ても医療用手袋はほとんど「在庫なし」のままだ。
帝国データバンクは17日、主要な石化メーカー52社から国内に広がるナフサ由来の石化製品サプライチェーンには2次取引の段階までで4万6000社以上が存在しており、集計対象にした約15万社の全製造業のうち約3割が調達リスクに直面する可能性があるとする分析結果を公表した。
特に深刻度が高い業界は…
業種別に見てナフサ依存度が高いのは「化学工業、石油・石炭製品製造」の3148社で、とりわけプラスチックや合成繊維・染料、医薬品や化粧品、農薬などの原料・中間体を製造する企業の深刻度が高い。
このほか、合成接着剤を含む「ゼラチン・接着剤製造」や洗剤、塗料に使う「界面活性剤製造」への影響も大きいという。接着剤供給への不安はすでに足元で木材製品をはじめ様々な分野に波及している。
帝国データバンクのアンケート調査で、原油高の影響は「6カ月未満」でも4割強の企業が主力事業の縮小につながると回答し、製造業では3カ月未満でも22.8%の企業が経営に重大な影響が及ぶと答えた。化学品メーカーからは「値上げを全面的に受け入れても、調達不安が解消される保証はない」という声が聞かれたとしている。
高市政権で金子恭之国土交通相とともにシンナーなどの目詰まり解消を託された赤沢亮正経済産業相は14日の会見で、代替調達や備蓄放出で日本全体の必要量は足りているという従来の認識を示した。その上で、川上にある石化メーカーや商社が5月の供給を「未定」としたことでシンナーメーカーや卸、小売が4月のシンナー出荷を半減させたと指摘。こうした行為を改めるように促した。
同日、塗装業者の団体である日本塗装工業会(加藤憲利会長)は、国交省にシンナーや塗料、副資材の安定確保とともに、業者に工期遅れによるペナルティーがないよう通知してほしいとの要望書を提出した。同協会の調査ではシンナーの調達について「手に入らない」「数量制限あり」が合わせて9割を超えた。納期も6割超が「未定」であるという。会見では「(供給は確保されているとの)政府の見解と現場のサプライチェーンに大きな乖離が生じている」と訴えた。
赤沢経産相は17日の会見で潤滑油についても元売りや潤滑油事業団体に前年同月と同量の供給を継続するよう求め、買い手には通常を上回る発注をしないように要請した。3月に多く調達したところは、その分を4月に減らしてもらいたい、とした。
3月のエチレン設備稼働率は過去最低水準に
川上の企業から「この先の供給がどうなるか分からない」と言われれば、自らの出荷を抑制してしまうのは仕方ない部分もある。手持ちの在庫がなくなれば売り上げも立たず、資金繰りが苦しくなる。川下にある現場はそんな事態を避けようと少しでも多くの石化、石油製品を確保しようと動く。多くは自社の経営を守りたい一心だろう。
政府が言うように、供給の偏りや一時的な目詰まりはあるだろう。ただ、発端は最も川上にある石油精製やナフサを原料にしたエチレン製造設備が稼働率を落としたことにある。これも、ホルムズ海峡が事実上閉鎖された中で、最低限の操業を少しでも長く維持したいと考える企業の防衛手段だ。
石油化学工業協会が23日に公表した3月のエチレン設備稼働率は68.6%と2月の75.7%から大幅に低下し、統計のある1996年以降で最も低い水準に落ち込んだ。もともと国内設備は内需低迷から低稼働が続いていたものの、3月のエチレン生産量は27万2600トンと前年同月を39%も下回った。
「塩ビの原料であるエチレン価格が急騰するとともに、エチレンの調達先から数量制限を受け、減産を余儀なくされております。将来のエチレン供給につきましても明確な見通しが得られない状況となっております」--
大幅なエチレン減産の影響は、信越化学工業が3月17日に発表した塩化ビニル樹脂値上げの説明に表れている。そこから1カ月後の4月20日、同社は追加値上げを発表した。大手企業でさえこの危機感なのだから、中小事業者は目の前が真っ暗という状況に違いない。
石油連盟が公表する原油・石油製品供給統計速報によれば、2月に90%前後の水準だった精製設備の稼働率(事故や定期修理による停止を控除した実稼働率)は直近(4月12〜18日)で74%台、設計設備能力に比べた稼働率は68%台にとどまる。川上が2月の稼働率を回復できない限り、いくら流通を正常化しようとしても次から次へと「目詰まり」が出てきてしまう。
日本が十分な原油やナフサを確保できたとしても、それで石化・石油製品の供給が正常化するとは限らない。
アジアからの石化製品輸入が止まれば日本を直撃
石油化学工業協会の統計でエチレン、ポリエチレンをはじめとする石化製品の輸入も24年で約4620億円に上る。そのうち東南アジア諸国連合(ASEAN)各国からの輸入が33%、韓国からの輸入が約31%、中国からの輸入が11%強を占める。こうした中間原料とは別に、最終製品の形で日本に輸入されるものも多い。

東南アジアや韓国は日本以上に石油需給が逼迫しており、こうした国々で石化製品の製造がストップすれば日本のサプライチェーンを直撃する。アジア地域を中心にした海外への目配りも必要になる。
停戦に向けた米国とイランの交渉は予断を許さない情勢だ。たとえ停戦で合意してもそれが守られ、ホルムズ海峡の安全が確認されなければ海上輸送は正常化できない。政府は一刻も早く地域の安全を確保する外交努力とともに、正常化までの期間をしのぐ代替調達と現場の混乱を回避する対応を継続しなければならない。
筆者:志田 富雄
