博物館の「資料廃棄」を検討している文部科学省

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 高度経済成長期やバブル期など、日本に勢いがあった時代、地方には公立の博物館が数多く建設された。そうした博物館は、地域に残る文化財や歴史資料を保存・管理する殿堂となることが期待され、実際にその役割を担ってきた。しかし、開館から数十年の年月が経ち、あふれる収蔵品の管理に苦慮している施設も少なくない。

【写真】増え続ける収蔵品を独自の基準で管理する足立区立郷土博物館の外観

 文化財は地域の人々の誇りであり、宝であり、後世に受け継いでいくべき存在である。しかし、それらの適切な管理の在り様について、議論が積極的になされてこなかったのは反省点であろう。そして、博物館や資料館の運営もどこか他人事で、地域の問題として考える機会は少なかったのではないだろうか。

博物館の「資料廃棄」を検討している文部科学省

 SNSを中心に、博物館の収蔵スペースを圧迫している資料を破棄する是非について、議論が巻き起こっている。一部には感情的な意見もあるものの、文化行政の将来を考える機会になっているのは間違いない。足立区立郷土博物館で資料の維持管理に向き合ってきた、文化遺産調査担当係長を務める学芸員・多田文夫氏に、博物館が抱える諸問題について話を聞いた。【取材・文=山内貴範】

寄贈の申し出は現在も多い

――博物館に対し、個人や団体から「資料を寄贈したい」という申し出は、どれくらいの頻度であるのでしょうか。

多田:年間20〜30件は普通にあります。前回もお話ししましたが、2000年以降、足立区には「つくばエクスプレス」や「日暮里舎人ライナー」が開通して、市街地の再開発が一気に進みました。それまで住んでいた一軒家を建て替えてマンションにする、という例が続出したのです。その過程で、蔵などに仕舞い込まれていた骨董品や美術品が出てきたんですよ。

 みなさん、ご先祖様から受け継いだものですから、自宅で保管したいのが本音であり、希望です。しかし、生活スタイルの変化や継承者の不在などによって、どうにもこうにも所有し続けられないケースも多い。そこで、最終手段として、博物館への寄贈という選択肢が出てきます。実際、当館が収蔵している美術品は寄贈されたものがほとんどで、15年前からなんと3000点も増えています。

――3000点も! そんなに増えると、収蔵庫はあふれてしまいますね。

多田:既に、当館に設置されている収蔵庫は、空きスペースがないんですよ。そこで、湿度などの影響を受けにくい収蔵品に限り、区の遊休施設の空きスペースに保管することも行ってきました。しかし、財政難に伴い、そういった施設が取り壊される例が続いています。現在は館外に収蔵庫を借りているのですが、そこもいつ容量オーバーになるか不安です。

 そこで、私どもでは貴重な資料を守るため、敢えて“除籍”したうえで、民間の方々に管理していただく道を模索しています。“廃棄”ではなく“除籍”なのがポイントです。除籍とは、博物館の管理下から外すものの、当館の理念を理解し、賛同してくださる人に管理をしていただくというものです。

――協力の申し出はあるのでしょうか。

多田:既に、当館だけで2件、引き受けてくださっている例があります。ただ、お金や収蔵スペースに余裕がないとできませんし、何より、当館の理念を理解していただくことが大事です。事実上のボランティアなので申し訳ない気持ちでもありますが、地域に根差した博物館だからこそ、住民と協働しながら文化財保護の道を考えていけると考えています。

受け入れには時間がかかる

――施設によって異なると思いますが、寄贈を受け入れるにあたっての基準はあるのでしょうか。

多田:当館には、基準は“一応”あります。具体的には、足立区の歴史、文化、民俗にとって重要なものを収蔵するというものです。重要というと、プレミアがついて市場価値が高いものと思われるかもしれませんが、市場価値は変動するものですよね。足立区に関わりが深く重要なものであれば、市場価値が高くない場合でも収蔵するのが基本方針です。

 したがって、基準はあるものの、ケースバイケース、個別に判断している部分が大きいですね。なお、各地の博物館同士のネットワークもあります。当館で真価が判断できないものは、専門機関に照会したうえで、こちらに問い合わせてはいかがですかと案内することもあります。博物館にとって得意不得意はありますからね。

――最初から受け入れを拒否する資料はありますか。

多田:“自分の子供の絵”とか、おじいちゃんが好きだった演歌歌手のレコード10枚とか、明らかに収蔵対象として相応しくないものは最初から除外しています。ただ、時代が進むと価値観が変わって、埋もれていた絵師が注目されることも多く、判断が難しいのも事実です。

 当館が多く収蔵している琳派の絵師の村越其栄や向栄は、今でこそメディアで取り上げられるなど、注目度が上がっています。しかし、20年前は全然知られていませんでした。古文書も、後から詳細に調べてみたら凄いものだったとわかることもありますから。残念ながら、寄贈の申し出の段階で、見逃してしまった文化財もあるとは思います。

――寄贈の申し出から受け入れまで、どれくらいの時間がかかるのでしょう。

多田:最短で、3〜4ヶ月はかかるとみていただきたいです。品物を見て、私たちもある程度の判定はできますが、プロの識者の先生たちに価値を見極めてもらうためです。

 ただ、収蔵庫が限界に達している問題は、生活様式や社会構造の変化抜きには語れません。本来、文化財は個人や地域が大切に守り、所有しているのが理想なのです。仏像はガラスケース越しで見るよりも、寺院で信仰の対象となるのが本来の姿でしょう。繰り返しますが、博物館は受け入れ先がまったくない文化財を守る、最後の砦なのですから。

運営費をどのように捻出するか

――博物館に積極的に補助金を出すべきだという意見もありますが、国も財政難なのでなかなか難しい。一方で、海外でも、実は国の援助は言うほど多くありません。ただ、海外は富裕層などの寄付の文化が定着しているため、維持ができているとも聞きます。

多田:実は、私たちのような市区町村立の博物館には、国からの補助金はほとんど来ません。街づくりに関する公益信託(あだちまちづくりトラスト)で地域の方が修復費などを集めるなど、区として区民に向けた文化財を守ろうとする活動への支援はあります。町の人たちが、クラウドファンディングを実施している例もあります。

 ありがたいことに、足立区の場合は区内の企業のほか、個人でお金を寄付したいと言う人もいます。使用目的を明らかにした指定寄付金の制度はどこの自治体にもあると思いますが、今年度も300万円、その前も150万円の寄付がありました。美術品の寄贈者の方が、追加で寄付金を出してくださることもあります。

――素晴らしいですね。寄付の制度は、もっと知られてもいいのではないでしょうか。富裕層が博物館に寄付をする文化が、日本でももっと広がればいいなと思います。

多田:そうですね。ちなみに当館の場合は、足立区役所に申し出てくだされば寄付ができます。足立区の場合は地域文化課が担当です。足立区に在住の方、縁のある方、当館の理念に共感してくださった方は、ぜひ寄付をお願いいただけますと幸いです。

文化行政の在り様を考える段階にきている

――これまで多田さんの話を聞いていると、SNSで騒動になる前から収蔵庫が不足している問題が議論になっていたことがわかりますし、課題も山積していると感じました。

多田:私は以前から論文を発表し、議論を喚起してきましたから、「なぜこのタイミングで?」という思いが強いのですが、もしかすると日本の文化行政が転換期を迎えつつあるのではないかと感じます。日本では高度成長期に文化行政が盛り上がり、博物館が整備され、収蔵品を増やしてきました。それが曲がり角にやってきたという印象をもっています。

――マスコミも含め、こうした問題に関心が低かったといえそうです。ちなみに、海外では博物館が収蔵品を破棄するケースはあるのでしょうか。

多田:ヨーロッパやアメリカなどの博物館は、収蔵品の除去に関する条項をしっかり定めている例が多いんですよ。つまり、全世界的に見れば収蔵品の除去、すなわち廃棄や売却は行われているのです。ところが、日本は定めている例がほとんどありません。つまり、これまであまり問題に向き合ってこなかったともいえます。

 今回、表立って国が動いたのは、それだけ切迫している、困っている博物館が多いことの表れでしょうね。

――これまでにないほど博物館や文化行政に関心が高まっています。議論の盛り上がりに期待したいところですね。

多田:そうですね。文化行政の在り方について、みんなで考える段階にきているのだと思います。新しいコンセンサスができるまでには、10年ほどはかかることでしょう。なので、思ったこと、考えたことは忌憚なく話して議論を喚起すべきです。

 ただ、ネットでどんなに盛り上がっても、世論に影響は与えにくいと思います。それに、文化財を取り巻く問題は地域や施設によって大きく異なってくる。まずは、地域の博物館や美術館を訪れて、館内にいる学芸員と話してみるのもいいと思います。私の場合は、普段は調査のために町に出かけているので、メールや手紙がありがたいです。地域の未来のために、多くの方が関心を持ってくださることを望みます。

第1回【「貴重な収蔵品を捨てるとは何事か!」 博物館の資料“廃棄”問題に怒り心頭な人たちに欠けている視点…学芸員が明かす、2000年以降に収蔵の依頼が急増した理由】では、なぜ博物館の資料が急増し、収蔵庫を逼迫してるのかについて、足立区立郷土博物館の学芸員・多田文夫氏に、その理由、対策について伺いました。

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部