中村鴈治郎『国宝』で『曽根崎心中』が話題に。横浜さんが演じたお初のモデルは父・藤十郎、「死ぬる覚悟が〜」のセリフも父のものです
上方歌舞伎の名作『曽根崎心中』の舞台が、シネマ歌舞伎として4月10日から全国公開される。映像でよみがえる2009年4月の舞台では、悲恋物語の中心となる遊女、お初を人間国宝・四世坂田藤十郎さん(2020年死去、公演当時77歳)、お初の恋人の商人、徳兵衛を藤十郎さんの長男、四代目中村鴈治郎さん(現在67歳、公演時50歳)が演じた。『曽根崎心中』は、大ヒットの映画『国宝』で重要な役割を担っている演目。『国宝』の歌舞伎演技指導・出演もした鴈治郎さんが、成駒家の『曽根崎心中』への思いをたっぷり語る。(構成:山田道子 撮影:本社 奥西義和)
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映像になることの意味
<『曽根崎心中』は、近松門左衛門が1703年、大阪・露天神社の森で実際に起きた心中を題材に人形浄瑠璃として書き下ろした。初演時、大変な評判を博したが、江戸幕府が禁止したこともあり、長らく上演されなかった。近松生誕300年の1953年、宇野信夫さん脚色・演出で、鴈治郎さんの祖父・二世世鴈治郎さんが徳兵衛を、父・藤十郎さん(当時、二代目中村扇雀。のちに三代目中村鴈治郎)がお初をつとめ復活公演し、大当たりした。祖父と父が大切に育ててきた演目が映画となり、多くの人に見られることになる>
一番初めに思うのは、映像化というのはすごく大きな意味があるということです。例えば今、X(旧ツイッター)などのSNSで「鴈治郎」と検索しても「三代目鴈治郎」すなわち父(藤十郎)は出てこない。出てくるのは祖父の二代目鴈治郎。なぜかというと、祖父は、市川崑、小津安二郎、黒澤明監督らの映画にたくさん出演したからです。父の映像はほとんど残っていないので、検索しても出てこない。お初を1400回以上演じた父と私の『曽根崎心中』を残せるという意味で、シネマ歌舞伎という形での映像化は大きな意味があるのです。

徳兵衛がお初の告白を床下で聞く場面 シネマ歌舞伎『曽根崎心中』2026年4月10日(金)全国公開(C)松竹株式会社
『曽根崎心中』は、うち(成駒家)の“専売特許”のようになってしまっています。うちでなくても誰でもできる芝居として残るものをという思いで私が監修して作ったのが、3月に南座で上演している『曽根崎心中物語』です。音羽屋の尾上右近君と私の長男、中村壱太郎とがお初と徳兵衛を役替わりでつとめます。アップテンポにして義太夫から全部作り変えました。ところが、それができることによって、祖父と父が作り上げた『曽根崎心中』が、人々の中で消えてしまう可能性があると不安になったのです。その時に、このシネマ歌舞伎の話が来ました。これだと映像だから残る。50年後も残っているかもしれません。何より父の映像を残すことができるのがシネマ歌舞伎。映画を皆さんに見てもらえたら、初めての親孝行になるかもしれません。

徳兵衛とお初の心中の場面 シネマ歌舞伎『曽根崎心中』2026年4月10日(金)全国公開(C)松竹株式会社
父をきれいに残してあげたかった
<鴈治郎さんは、シネマ化に当たり映像の編集協力として制作に携わった>
舞台は、2009年4月の歌舞伎座のさよなら公演時のものです。その時、カメラが6台回っていました。編集されて1本のDVDになっていますが、6台のカメラの映像が全部残っていた。だから、映像をチョイスして編集し直す ことができました。私がとにかく心をくだいたのは、父がきれいに若く可愛らしく映るように編集することです。「ここだったら父の大写しのほうを使おうよ」とか言ったり……。
父をきれいに残してあげたかったのは、父が最後まで老け役をあまりやらず、白塗りのスターを通した人だからです。私の母(扇千景・元参院議長、2023年死去)も多分喜ぶでしょう。母は、世界一の父のファンだったと思います。父が亡くなってからは1回も劇場に足を運びませんでした。孫の壱太郎がどんなにいい役をやっていようと来ませんでした。父のことを思い出してしまうからですかね…。きれいな父の姿を残すことができて、母にも孝行できたのではないでしょうか。

「母は、世界一の父のファンだったと思います」と語る鴈治郎さん
祖父が倒れ、代役をつとめることに
<鴈治郎さんが初めて徳兵衛を演じたのは、1980年12月の南座の顔見世興行。祖父の二世世鴈治郎さんが徳兵衛、父の藤十郎(当時二代目扇雀)さんがお初をつとめていたが公演期間中に祖父が倒れて、鴈治郎さん(当時・智太郎)が代役をつとめるつとことになった>
私が慶應義塾大学の3年生か4年生の時です。祖父の体調不良で顔見世の昼の部の役を休む事になった時から、徳兵衛の役も、一座はみんな「代役があるな」と思っていた。でも誰も手を挙げる人がいなくて、最終的に松竹さんが「お孫さんで」と言うので、私がやることになりました。一座に入っていない、孫かもしれないけれどほとんど経験のない役者に代役が来るようなことは今でもあり得ません。それぐらい『曽根崎心中』は、祖父と父だけのものになっていたのでしょう。
代役の16日間、できたのはできたけれど、ただやっただけであって、実際には全然できていなかった。その後、父が私を相手役に選んでくれない時期がありました。祖父も同じでしょうが、自分が演じやすい俳優、芝居が最もいいものになる俳優しか選ばない。そうでなければ、息子であっても使わないのは当然です。
私は、挫折を味わいました。その間、父のお初の相手をつとめた徳兵衛の役者は3人いらっしゃったかな。私は、完璧にお初に“浮気”されたわけです(笑)。1999年の祖父の17回忌追善公演の時に再び、使ってもらえるようになりました。徳兵衛は自分のものだという自負が生まれました。

徳兵衛を演じる鴈治郎さん シネマ歌舞伎『曽根崎心中』2026年4月10日(金)全国公開(C)松竹株式会社
お初はこれまでにない女方
<鴈治郎さんの徳兵衛の転機は海外公演だった>
その後、父が『曽根崎心中』をイギリスに持っていきたいと言い出しました。近松門左衛門という日本が誇る戯作者の作品を、シェイクスピアの地元で 披露したかったのでしょう。2001年5、6月に近松座イギリス公演が実現することになり、私は徳兵衛をつとめろと言われ、喜んで行きました。この海外の公演で触発されたことがありました。
『曽根崎心中』は初演時、お初という役がセンセーショナルで、大きな反響を呼びました。心中に向かうお初と徳兵衛の花道の引っ込みで、女性であるお初が先に引っ込むというのは歌舞伎では異例の演出。祖父がつまずいたか何かで父の咄嗟の判断でお初が先に、となったようです。心中の覚悟もお初から問う。これまでにない女方を父がやったことによって、『曽根崎心中』イコールお初となっていたのです。
ところが、歌舞伎になじみが深くないイギリスでは、ドラマとして見て下さり、徳兵衛の存在をきちんと認めて下さった。私は、これまでやってきたことは間違いない、これでやっていけばいいと思いました。徳兵衛を演じた回数は祖父を超えました。だから何だという感じで、私の中では相手役として父が認めてくれたことが一番、意味があることなのです。

「私の中では相手役として父が認めてくれたことが一番、意味がある」
「死ぬる覚悟が〜」のセリフも父のもの
<『曽根崎心中』は、映画『国宝』のクライマックスで重要な役割を果たす。縁側に腰掛けるお初が縁の下に潜む徳兵衛に、独白で「死ぬる覚悟が聞きたい」と問い、徳兵衛がお初の素足を喉元に当てて、死の決意を伝える場面。映画『国宝』では、主役の立花喜久雄を演じた吉沢亮さんが徳兵衛、ライバルの歌舞伎界御曹司の大垣俊介を演じた横浜流星さんがお初の役。鴈治郎さんは2人の演技指導をした>
演技指導の際、吉沢さんと横浜さんに見てもらったビデオは、今回シネマ歌舞伎化された2009年の父と私の『曽根崎心中』(6台のカメラで撮影)を1本にまとめたものです。それを元に「今日はこうやろう」ということを繰り返しました。だから、喜久雄がつとめたお初のモデルは父、「死ぬる覚悟が〜」のセリフも間違いなく父のものです。

『国宝』で、主演の立花喜久雄(吉沢亮)が化粧をするシーン〈吉田修一/朝日新聞出版 (C)2025映画「国宝」製作委員会〉
シネマ歌舞伎では、『国宝』で注目された演目『曽根崎心中』のリアルを見ることができて、歌舞伎の『曽根崎心中』のブームが来るかもしれません。吉沢さんに「お前の『曽根崎心中』は残るかもしれないけれど、俺のは残らないかもしれない」と言ったこともあります。でも、シネマ歌舞伎で、父と私の『曽根崎心中』を残すことができました。

名場面をメインビジュアルにしたポスターを前に
<後編につづく>
