白内障手術から1年 「眼内レンズに濁りが…」 体験者が語る「後発白内障」という落とし穴と、術後の副作用
80代では発症率が100%に達する白内障。とはいえ、手術さえすれば視力も回復し、元の快適な生活に戻れるはず――。だが、そこには落とし穴が存在した。約1年前に白内障手術を体験した筆者は、まさかの合併症に襲われることに。後発白内障、その現実に迫る。【松田美智子/作家】
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【写真を見る】白内障を発症され、サングラスを着用される上皇后さま
この世に病は数あれど、罹患する人がいれば、しない人もいる。例外は白内障で、人種、性別に関係なく、すべての人類が発症する。この病を完治させる方法は手術一択である。
私は昨年の1月、70代半ばにして両目の白内障手術を受け、その結果、視界がクリアになり、視力も見事に回復した。

それまでに使用していた眼鏡の度数が合わなくなったため、フレームごと買い替えるという出費はあったものの、見えにくかったものが、鮮明に見えるようになった恩恵は大きかった。
ここまでの経過は、昨年2月の本誌(「週刊新潮」)記事「『白内障』手術体験記」(2025年2月20日号)でレポートしており、めでたし、めでたしで終わるはずだった。
手術から7カ月後、違和感が……
だが、手術から7カ月近く経過した頃、違和感を覚えるようになった。
買い替えた手元用の眼鏡がどうにも物足りないのだ。さらに言えば、手術で遠くに焦点を合わせる眼内レンズを入れたのに、テレビの文字が見えにくい。再び、目に異変が起きているのではないか……。
眼科には、術後の経過観察を含めて定期的に通っていたし、その都度、視力検査も受けていた。担当医から視力が落ちたとは指摘されていなかったが、本人の自覚は別である。
そこで、9月の定期検診で違和感を訴えたところ、瞳の奥をのぞく細隙灯(さいげきとう)顕微鏡(スリットランプ)検査を受け、初めて告げられた。
「左右両目のレンズの裏に濁りが見られますね。右目の方が濁りが多いです」
「約束が違う!」
眼内レンズ裏の濁りは、私が恐れていた術後の合併症だった。白内障手術を受けた人の誰にでも起こりうるとされる合併症で、後発白内障(PCO)という。
症状は、術後半年から5年の間に約20〜30%の人に出現するといわれているが、私がその対象になったことにまず驚いた。
「手術とか、何か治療が必要な状態なのでしょうか」
白内障手術直後の視力は両目とも1.2まで回復していた。医師の指示通り、2カ月ごとに検査を受け、処方された3種類の目薬もきちんと点眼していた。
また、眼の疲れを防ぐために、スマホの画面を見る時間を制限し、外出時には紫外線防止用のサングラスもかけた。やれることはやったつもりだ。
それなのに、新たな病気が発症したというのだから、「約束が違う!」と叫びたくなるような心境だった。
まるで白内障の再発
しかし、やんごとなきあの方も同じ病気を発症されたことを思い出した。
2019年、美智子上皇后さまは84歳という高齢で白内障手術を受けられた。
何年も前から視力の衰えを感じておられたようだが、公務を優先された結果、手術が遅れたと報道されている。宮内庁は「もう少し遅れれば難しい手術になった」と発表。手術後に薄い色のサングラスをかけておられた姿が印象的だった。
だが、翌年の20年には右目の後発白内障が見つかり、22年に手術をなさっている。短期間のうちに再度手術が必要になったのだ。
そもそも、後発白内障とは、どんな病気なのか。
それを知るために、まず白内障手術について、おさらいをしておく。
白内障手術は超音波乳化吸引術と呼ばれ、最初に水晶体嚢(すいしょうたいのう)という透明な袋の上部を円形に切り抜く。そこから濁った水晶体の核(中身)を超音波で砕いて吸引するというものだ。
その後、水晶体嚢の中に人工の眼内レンズを挿入して終了する。
しかし、このとき、眼内レンズを包む水晶体嚢の内側には、タンパク質の細胞が残っている。線維細胞と、水晶体の表面を覆う上皮細胞の2種類である。
このうち上皮細胞は増殖が可能な細胞で、手術による損傷を修復するための治癒反応を起こす。本来なら、自然治癒力は好ましいものだが、この反応こそが後発白内障の大きな要因である。
上皮細胞が水晶体嚢の後ろ側、後嚢(こうのう)と呼ばれる部分に移動、増殖し、水分を含んで膨張すると、レンズに濁りが生じる。
その結果、視界がぼやける、物が二重に見える、光がまぶしい、視力の低下といった症状が現れる。これが後発白内障である。
まるで白内障が再発したかのような症状だが、現時点で上皮細胞の増殖を予防する方法はないという。
後発白内障は時間とともに累積?
そこで、後発白内障に関するさまざまな文献を調べてみたところ、治療法は、YAGレーザー後嚢切開術と呼ばれる手術だけだった。これは、濁りのある後嚢にレーザーを照射して穴を開け、光を通すことで、視界を改善するというものだ。
患者数については公表されていないが、前述した通り、白内障手術後、半年から5年以内に発症する人は20〜30%とされている。逆に言えば、残りの70〜80%の人は後発白内障を発症しないことになる。
しかし、5年過ぎたら後発白内障はゼロになるというエビデンスはない。あくまで、5年以内のデータであり、10年、20年後まで延長すれば、さらに患者が増えるのではないか。
例えば、フランスでは2017年に約25万3000人の患者がYAGレーザー後嚢切開術を受けたと報告されている。ちなみに、当時のフランスの人口は6677万人である。
このデータは現在の日本の人口に換算した場合、年間約47万人が手術を受けている可能性を示唆している。
後発白内障が時間とともに累積していくのは、間違いないように思えるのだ。
明らかに視力が低下
実際、またしても皇室の方を例に出すのは恐縮だが、常陸宮華子さまは、2006年、66歳のときに白内障手術をなさったが、19年後の2025年、85歳で後発白内障を発症され、治療を受けられている。
ここで、先に私が担当医にした質問に戻ると、「あなたは後発白内障ではあるが、治療が必要な状態ではない」という答えだった。
「白内障手術から時間がたつと、最近視力が落ちてきた、と訴える人は多いです。以前ほどクリアじゃなくなったとか、見え方が違うとか、手術直後は蛍光灯がまばゆく白く見えていたのに、色がくすんできたとか」
確かに、最近は蛍光灯が黄色味を帯びて映る。
「眼内レンズが固定されて、視力が安定してきたことも、見え方に影響していますね。あなたの場合は矯正視力で、両目とも0.9ありますから、今は手術を考えなくてもいいと思いますよ」
しかし、「裸眼で1.2まで回復していた」はずの視力が「矯正した状態で0.9になった」のだから、明らかに視力が落ちているではないか。
そこまで話したとき、私は医師との会話が、なにか食い違っている、と感じた。そして、質問を重ねるうちに、自分が大きな勘違いをしていたことに気付いた。
今はよくとも……
通常、私たちが視力について話すときは、裸眼の視力がもっぱらだ。だが、眼科医が話す視力は、矯正視力という意味なのだ。
裸眼の視力は状況によって変化するが、眼鏡などで矯正した視力はあまり変わらない。なので、裸眼の視力が悪くとも、矯正視力がよければ、単なる近視や乱視と判断できる。つまり、目の病気を疑う必要はなくなるので、眼科医は裸眼より、矯正視力を重視するのである。
そこで気付いたのは、眼精疲労の治療のために眼科に通い始めた60代半ばからずっと、私は自分の視力を誤解していたということだ。白内障手術前の視力は右が0.6、左が0.8と聞いていたが、これは矯正視力の数字だったのだ。
つまり、手術直後の1.2も矯正視力であり、それが0.9になったからといって、日常生活に支障がないのなら、特に治療の必要はない、というのが、医師の言わんとすることだった。
では、後発白内障の症状があるのに、放置しておくとどうなるのか。
「濁りがひどくなる人もいれば、あまり進行しない人もいます。定期的に検査を受けてください」
今はよくとも、のちのち治療が必要になる可能性は否定できないという含みのある返事だった。
「手術を担当した医者がヤブだったから」
そこで、後学のため、2年前にYAGレーザー後嚢切開術を受けた60代男性Aさんに話を聞いた。
「そもそも、俺が後発白内障になったのは、手術を担当した医者がヤブだったからだよ」
Aさんは医療従事者で、薬剤師の資格を持っている。
「手術で入れたレンズは保険適用の単焦点で、手元に焦点を合わせるものだった。最初は読書用の眼鏡が必要なくなって、こりゃあいいと喜んでいたんだけどね」
Aさんが目の違和感を覚えたのは、手術から半年たった頃だった。
「外出時にかけていた眼鏡が見えづらくなったので、検査に行ったら、(眼内)レンズの後ろが濁っているというんだ。後発白内障という合併症が出ていると」
Aさんが怒っているのは、水晶体上皮細胞が増殖していることが、合併症の原因と聞いたからだった。
「水晶体嚢がレンズを支えるために必要なことは知っている。だけど、嚢の中に残す上皮細胞を減らすとか、細胞が広がりにくい形のレンズを選ぶとか、合併症を起こさないようにする工夫はいくらでもあるんだ。結局、医者の見識、技術の問題が大きいんだよ」
上皮細胞の除去以外にも、水晶体を前嚢切開するときのデザイン、眼内レンズの挿入位置なども、合併症に影響しているのだが、Aさんにはすべて担当医の技量の問題に思えた。
彼は後発白内障の診断後、すぐに手術を申し込んだ。
「YAGレーザーは簡単な手術で、あっという間に終わると言われたけど、事前の検査がいろいろ必要で、それなりに時間がかかった」
「空中に黒い塵が」
手術を受けたのは、入院施設がある総合病院だった。
「瞳孔を広げる(散瞳(さんどう))目薬の後で、麻酔の目薬を入れてね、白内障のときとは違って、椅子に座って手術を受けるんだよ。機械の上に顎を乗せると、額をバンドで固定された」
この後、本人は「細かいことは覚えていない」と話すのだが、レーザー照射の前に、目に専用のコンタクトレンズを乗せる。そのレンズの上からレーザーを当て、濁った部分に穴を開けるのだ。
「術中はまぶしくて△とか◇とかの図形みたいなものが見えたけど、なにがどうなっているのか分からないうちに終わった。レーザーが当たっていたのは、2〜3分くらいじゃないかなぁ。とにかく時間は短かった」
手術室にいたのは、10分から15分ほどだった。
「術中も術後も痛みは全くなかった。最後に炎症を抑える目薬を入れて終わり」
Aさんが驚いたのは、術後さほど時間を置かずに、視力が回復したことだった。
「翌日に新聞を読んだら、細かい字まで奇麗に見えたんだよ。うれしかったねえ」
医師から注意されたのは、術後の眼圧上昇と炎症を防ぐために処方された薬を1週間、きちんと点眼することくらいで、白内障の手術後のように、1週間ほど入浴や洗髪、洗顔を避ける必要はなかった。
だが、視力が見事に回復して一件落着かと思いきや、Aさんは予想外の副作用を経験する。
「空中にモワモワした黒い塵が浮かんで見えるようになったんだ。背景が白いときには、小さな虫が大量に飛んでいるみたいで、気持ちが悪かった。驚いて、病院に行ったら、一時的な飛蚊(ひぶん)症だと言われた」
これはYAGレーザー後嚢切開術の後によく見られる症状で、破砕した後嚢の破片が目の中で散らばることから起きる現象である。
誰にでも起こりうる合併症
問題は、飛蚊症が消えず、むしろ悪化するケースだ。網膜剥離のような重篤な合併症が疑われる。
Aさんの場合は2週間ほどで、破片が吸収され、飛蚊症の症状は消えた。
手術の費用については、保険が適用され、3割負担のAさんの支払いは、4800円ほどだったという。
「実は、俺の姉貴も白内障手術の後で後発白内障になったんだ。姉貴の場合は、7年くらい後で気付いたんだけど、その間は眼鏡の度数を変えてしのいでいた。本人は年を取ったから、目の機能も弱ったと考えていたそうだけど、眼内レンズは一生使えるんだから、視力が落ちたら、別な原因を考えるべきなんだよね」
Aさんの姉がいい例だが、白内障の手術後、何年かたって視力の低下を感じても、年齢による衰えと考えて、診察を受けない人がいる。
けれど、予防法がないという後発白内障は、誰にでも起こりうる合併症であり、自分は大丈夫と安心はできない。早期発見、早期対策のために、年に何度かの眼科検診をお勧めする。
松田美智子(まつだみちこ)
作家。1949年生まれ。フィクション、ノンフィクション共に多くの作品を手がけてきた。小説に『天国のスープ』、ノンフィクション作品に『仁義なき戦い 菅原文太伝』、『水谷豊 自伝』(共著)などがある。
「週刊新潮」2026年3月19日号 掲載
