フィギュア佐藤駿 被災から15年 羽生さんに憧れたどり着いた五輪を回顧「長いようで短かったのか」
ミラノ・コルティナ冬季五輪で2つのメダルを獲得した、フィギュアスケート男子の佐藤駿(22)が、8日放送の日本テレビ系「Going!Sports&News」(土、日曜後11・55)にVTR出演し、羽生結弦さんや地元・東北地方への思いを語った。
五輪では団体戦で銀メダル、シングルで銅メダルを獲得。初めての五輪で大きな結果を出した。
羽生さんと同じ仙台市出身。「仙台とたくさんの方から応援をいただいたので、恩返しの演技ができたのかなと思っています」と話した。
5歳でフィギュアスケートを始めると、小学生で既に3回転を跳べるようになっていた。羽生さんと同じ、市内のリンクが練習場所。幼いころから練習に励んだ。羽生さんからは弓矢をかたどったペンダントをプレゼントされたといい、「ずっと大切にしているという感じです。自分も将来こうなれたらいいなと思いながら、練習をともにしていました」と思いを口にした。
11年3月11日、佐藤は東日本大震災に被災した。当時7歳。「ちょうど帰りの会というか、さようならってした後に地震がきたのを覚えています。本当にものすごい揺れて、まあ後舎も本当に真っ二つというか。自宅は半壊と言われて」。祖母が住む東京での避難生活を経験した。
「それまでできて当たり前みたいな環境だったので、そういうことを経験して、できるっていうのは当たり前じゃないんだなっていうのをあらためて気づかされた」
そんな時に心のよりどころにしたのが、羽生さんの存在だったという。14年のソチ五輪で金メダルを獲得。佐藤は「リンクのテレビで見ていて、リンク全体が凄く盛り上がってました」と振り返った。羽生さんが五輪連覇を果たした18年平昌大会後には、仙台市内でパレードも開催された。「あらためて、羽生さんのようなスケーターになりたいなっていう。そこから自分もオリンピックという舞台を目指したいと思った」と明かした。
地元思いな羽生さんへの憧れは強くなっていった。「リンクに寄付をされている姿とかを見て、本当に地元思いというか、自分もそういったことをできる選手になれるように頑張っていきたいなと思っています」と決意を語った。
五輪フリー本番前には、ある動画を見ていた。平昌で羽生さんが演じたフリーの「SEIMEI」の演技。「『SEIMEI』を見て、オリンピックのイメージといいますか、それをつかんでからちょっと本番に臨もうとに思って」と説明した。
被災から15年。「長いようで短かったのかという感覚ではある」。そう振り返りつつ、「あの時の経験が、今にも通じる部分があるのかなと思いますし、これからも本当に地元への感謝を忘れないようにして、自分の演技でそれを返していけるように、心に残る演技を目指して頑張っていきたいと思っています」と誓った。
