「基準が全く違う」女子フィギュア界に“低レベル化”の声 露名伯楽はリウや坂本花織を引き合いに異論「選手たちは勝つために選択しているだけ」

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ミラノ・コルティナ五輪で金メダルを争ったリウと坂本。二人の華麗な演技は観る者を魅了したが…(C)Getty Images

ロシア国内で広まったまさかの意見

 今冬に開催されたミラノ・コルティナ冬季五輪で、世界的な反響を生んだフィギュアスケートの女子シングル。フリーで全体1位となる150.20点をマークしたアリサ・リウ(米国)が、ショートプログラムとの合計226.79点で金メダルを手にした同種目は、坂本花織、中井亜美、千葉百音の躍進もあいまって、ここ日本でも話題沸騰となった。

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 優勝したリウを筆頭に創造性に溢れた鮮やかな演技が評価された一方で、競技レベルの低下を嘆く声も相次いだ。ロシアのスポーツ専門メディア『Championat』は、同種目に「個人の中立選手(AIN)」として参戦し、果敢にジャンプに挑戦したアデリア・ペトロシアンが総合6位になった結果を受け、「平凡な滑り、ジャンプの回転不足。今季のプロトコルを見れば、ほぼ毎大会で回転不足が付いている」と糾弾した。

 さらに弱冠二十歳の金メダリストも「彼女の演技にオリンピック精神を感じさせるものはなかった」と断じた『Championat』は、「『より速く、より高く、より強く』が求められるところ、彼女はそのどれでもなかった」と指摘。大技に挑む選手が少なく、全体的に高難度構成が見受けられなかった大会を憂いた。

 もっとも、ロシア国内にも“低レベル化”を指摘する声に異を唱える識者もいる。男女問わずに数多のスケーターたちを指導してきたインナ・ゴンチャレンコ氏は、ニュース局『Russia Today』のインタビューで「個人的には、質の高いジャンプが審判員により高く評価されることを望む」と前置きした上で「今はもうスケーティングの基準が全く違う。別のレベルにあると思う」と論じた。

 業界を席巻した4回転ジャンプを軸とした構成を叩きこむ傾向にあるロシア。それだけにゴンチャレンコ氏もジャンプへのこだわりは強い。フィギュアスケートの酸いも甘いも知る名伯楽は、こうも続けている。

「私の大好きな選手の一人であるカオリ・サカモトは、ウルトラCと呼べるジャンプは使わないが、ダブルアクセルを確実に、そして華麗に決める。彼女の演技は本当に息を飲むほど美しいの。私は、多くの女子選手たちが彼女のようなジャンプの技巧、スケーティングスキルを身につけることを願うわ」

「昔に戻って、そこにある最高のものを活用することは決して罪ではない」

 しかし、時代の変化を受け止めるゴンチャレンコ氏は、創造性と表現力に長けたリウのパフォーマンスを軽んじはしない。「リウの勝利は、一部の人が騒いでいるように暗い過去への回帰を意味するものになりますか?」と問われ、きっぱりと反論している。

「時には、昔に戻って、そこにある最高のものを活用することは決して罪ではない。アリサが(フリーで)金色のドレスを着て、天真爛漫な笑顔と陽気さで観客を魅了するために登場した。ハッキリと言いますけど、選手たちは何よりも勝つためにそういう選択をしただけ。それは全体を見ても一目瞭然だったわ。

 リウはかつて美しいトリプルアクセルを跳んだことがある。それは多くの人が覚えているはず。彼女のジャンプが、世間で言われる“子どもっぽいバージョン”だったとしても勝つために選んだに過ぎない。彼女は自分の身体が劇的に変化をし、テクニックも変わった中で、自分が何を求めているのかを選んだの」

 このミラノ・コルティナ冬季五輪で「新たなトレンドを生み出された」と断言するゴンチャレンコ氏は、「暗い時代などない」と力説。そして、低レベル化を指摘する意見に反発するように、改めてリウへの賛辞を送っている。

「彼女は情熱、激しさ、途方もないエネルギー、そして世界中を眩いばかりの笑顔で満たした。あの水準のスケートをするためにどれほどの努力が必要だったかは、おそらくリウとコーチたちだけが知っている。間違いなく言えるのは、オリンピックのような過酷な舞台であっても、スケートは苦行ではなく祭典になり得るというのを、私たち全員が、目の当たりにした」

 リウの台頭を目の当たりにし、何を吸収するのか――。それは、競争力を高める意味でも、ロシアに限らず、日本を含めた各国選手たちに問われそうだ。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]