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OECD(経済協力開発機構)の統計では、23年のスウェーデンの1人当たり平均年間総実労働時間は1431時間で、日本の9割以下に過ぎない。しかし、購買力を考慮して比較した1人当たりのGDP(世界銀行、24年)はスウェーデンが日本の1.37倍で、平均年間賃金(OECD、24年)も1.22倍に上る。いったいなぜ、日本より働く時間が短いスウェーデンのほうが上回るのか? スウェーデン在住の佐藤吉宗氏の著書『子育ても仕事もうまくいく 無理しすぎないスウェーデン人』(日経BP)より、日本と大きく異なるスウェーデンの「残業文化」から紐解いていく。

「こうしたら楽になる」を集中的に取り組むスウェーデン人

長時間勤務がなければ、男女の「キャリア格差」は縮む

子育て世帯における男性の育児や家事が、性別に関係なく無理なく子育てと仕事とを両立できる重要な鍵の一つである。だが、もちろん鍵はそれだけではなく、労働環境も一つだ。

日本で女性が男性と同じようなキャリアを積みにくい理由に、出産・子育てに伴って休業や退職などで職場を離れる可能性が高く、また復帰したとしても長時間勤務が難しくなるケースが多いために企業側が女性の積極的な登用を避けがちになることがある。

裏を返せば、そもそも長時間勤務が存在しなければ、女性にとってのハードルは1つ減る。それに、誰もが残業することなく家に帰れるなら、おのずと男性が育児や家事をする時間も増えることになり、いいことずくめだ。

技術者と他課がチームを組んで新アイデアの具体化に取り組むイベント「ハッカソン」

こんな出来事があった。私が働いているスウェーデンの大手銀行SEBでは、年に1回「ハッカソン」という行内イベントが開催される。

これはプログラマーやデザイナーの技術者がチームを結成し、技術的なソリューションの開発を短期間で試み、賞を競うなどするイベントで、イノベーションの促進や新たな製品やアイデアの創出を目的としている。

日々の業務の中で「こうしたら仕事がもっと楽になるのではないか」とか「新しい技術を使ってこんな新商品や新サービスを始めてみたい」などといったアイデアが浮かんでも、そこに時間を費やすだけの価値があるのかどうかが分からず、実際に試せずに頭の片隅でくすぶっていることも多い。

そのようなアイデアを持ち寄って、2日間、普段の業務から離れて集中的にそのアイデアの具体化に取り組むイベントだ。

24年のテーマはずばり「AIの活用」だったから、私のいるデータサイエンス課にも様々なアイデアが寄せられた。データサイエンティストである私は、同じ課のデータエンジニアと一緒に、これまでAIを活用してこなかった人事課のベテランとグループを結成して、AIによる採用プロセスの効率化というアイデアに取り組んだ。

参加は任意なので、参加する行員は銀行全体で見ればほんの一部に過ぎないが、24年のイベントでは40ものグループが参加し、様々なアイデアで競い合った。

[写真1]ハッカソンの表彰式の様子 出典:『子育ても仕事もうまくいく無理しすぎないスウェーデン人』(日経BP)より抜粋

17時半に活気があったのは体育館とジムだけ

ハッカソン初日は、珍しく在宅勤務だった私のパートナーが息子の送り迎えを担当したので、私は朝早くから夕方遅くまでイベントに集中できた。初日の作業が一段落ついたのは17時半頃。私はいつも16時過ぎに息子を学校に迎えに行くので、こんなに遅くまで職場に残ることは非常に珍しい。

銀行内は静かで閑散としており、ほとんどの行員が帰宅した後だった。残っているのは、同じくハッカソンに参加している同僚がほとんどだ。

唯一、活気があったのは、行内にある体育館とジム。仕事を終えた行員がスポーツに勤しんでいた。スウェーデンでは残業が基本的にないことは分かっていたが、それを改めて実感した体験となった。

残業は多くても“年”に10時間

残業に関するエピソードをもう1つ。私はスウェーデンの大学院に在籍中、研究に関わる内容やビジネスのテーマでスウェーデン語と日本語の通訳をしたことがある。

ある時、日本のカーディーラーの人たちの視察に同行し、スウェーデンのカーディーラーを訪ねて通訳をした。販売店や併設された修理工場を見学した後に質疑応答の時間が設けられ、日本側からスウェーデンの自動車修理工に「残業はどのくらいあるんですか?」という質問があった。スウェーデンの従業員からの回答は「多くても、年に〇〇時間を超えることはありません」だった。

それを通訳した私に対する日本の方々の視線は厳しかった。「すみません。今の部分、通訳は合ってますか? 月に〇〇時間の間違いではないですか?」

私は改めて修理工に質問したが、幸いにも私の訳で合っていた。残念ながら〇〇の部分の数字をはっきりと覚えていない。しかし、やり取りから、日本とスウェーデンでこの職種における残業の長さへの感覚が大きく違うことが分かるだろう。

雇用契約に書かれた「残業に対する手当はありません」の意味

私の以前の雇い主であるAIコンサル企業と私が交わした雇用契約には「残業に対する手当はありません」と書かれてあった。サインする前に人事担当者に詳しく尋ねてみると「残業は基本的にありません。仮に残業が必要になったとしても、余分に働いた時間は別の日の勤務時間を減らすことで対応します。今いる従業員の過去の実績を見てみると、1年間の残業時間は最大でも10時間です」との回答だった。

契約書に明文化されていないことが心配ではあったが、その企業で働いていた6年間で残業を経験したことはなかった。

私のパートナーが勤務する従業員4人の小規模ビール醸造所では、製造の関係で月に数日1時間ほど残業することもあるが、基本的に17時までにみんな帰る。残業した場合は他の日に早く帰宅するなどの形で対応している。

また、彼女が以前勤務していた醸造用品販売会社では、残業は希望者のみ年2回計4時間ほどで、残業手当がきっちりもらえたという。

[写真2]公共交通機関は通学・通勤の時間帯に合わせて朝夕にバスや列車を増便するが、17時半を過ぎると本数が減る 出典:『子育ても仕事もうまくいく 無理しすぎないスウェーデン人』(日経BP)より抜粋

働き過ぎたら「別日に休み」が基本ルール

スウェーデンの「労働時間法」に、残業に関する基本的な規定がある。それによると、通常、労働時間は週40時間であり、残業は年間200時間を超えない範囲で月に50時間まで行うことができるとされている。

しかし、職種ごとに労働組合と業界の使用者団体が交わす団体協約によって個別の規定が設けられることも多く、その場合、残業に関しては法律よりも厳しい規定が課される場合が多い。また、手当・補償についても職種ごとに規定される。

残業した時間は別の日に休みを取るという形での補償が一般的のようだ。先ほどの例で挙げた自動車修理工の団体協約規定を見てみると、夜間の残業については別の日での勤務時間短縮に加えて特別手当が付く、と書かれている。

管理職は残業規定の“適用外”…頑張りすぎて燃え尽きるケースも

ただ、管理職になると話が異なってくる。管理職の場合、自分の裁量で日々の勤務時間を延長または短縮する余地が与えられているため、残業の規定が適用されず、また残業手当も支払われないことが多い。

SEBでの私のかつての男性上司(私と同年齢)は、一人息子の面倒を離婚した元パートナーと隔週に交代で見ていたため、平日の午後に早めに職場を後にすることもあれば、私のメールに深夜になって返事をくれることも多かった。

管理職では彼のように自分の裁量で勤務時間を決められる余地がある半面、1日8時間以上働いたとしても手当は出ない。そのため、成果を出そうと頑張りすぎて燃え尽きるケースなども報道で目にする。

仕事量が多すぎ、1日の通常の勤務時間でやりくりできないことが続けば、それは1つ上の上司と掛け合って、業務分担の再検討や人員の新規採用などを通じて解決することになる。

「職種別労働組合」の存在が残業の抑止力に

そのような例外的なケースはあるものの、なぜスウェーデンの企業では一般的に残業がないのか。

これには、スウェーデンでは歴史的に企業をまたいだ職種別労働組合の力が強く、長年続いた社会民主労働党政権と共に労働環境の改善に力を注いできたという背景がある。

職種別労働組合というのは、法務を扱う仕事をする大卒社員のための組合、経済系の仕事をする大卒社員のための組合、ITをはじめとする技術系の仕事をする大卒エンジニアのための組合、といった具合に職能ごとに産業や企業の垣根を超えて組合が存在しているということだ。

ここ数十年は加入する労働者の割合に減少が見られるが、ブルーカラーの労働組合だけでなく、ホワイトカラーや管理職を対象とした労働組合も、社会の中で大きな発言力を持っている(私も大学で働いていた頃は経済学部や法学部の大卒者を中心とした労働組合に所属し、今は大卒エンジニアなどの技術者を対象とした労働組合に所属している)。

また、サービス残業はしない、働いた分の対価はきちんと得るなどといった働く人ひとり1人の権利意識も高いうえ、転職がしやすい流動的な労働市場であるため、長時間の残業をさせるようないわゆるブラック企業からは人材が逃げ出してしまうことになる。

だから、企業は労働環境を整えざるを得なくなる。

佐藤 吉宗

SEB

シニア・データサイエンティスト