iPhoneはまるでモラハラ恋人。離れたいのに離れられない
今年のiPhone発表会、新キャラ・Airには沸いたものの、どうも盛り上がりきれない空気を感じていました。
私は、いまもiPhone SEシリーズを愛用しています。最新モデルを追いかけるタイプでもなければ、ハイスペックを使い切る自信もない。テックメディアに身を置く人間としては、たぶん少数派の意見でしょう。
毎年「過去最高の性能!」とか言われても、私にとってはカメラはずっと前から十分きれいだし、リフレッシュレートの違いだって大して分かりません。“スマホはインフラ”、iPhoneにそんなにこだわりはないんです。すでに飽和した性能、その処理能力を持て余している人も少なくないのでは?
それに加えて、見ただけでため息が出る値段。高すぎます。かつて10万円を超えたときでさえ話題になったのに、いまや円安もあって20万円を超える機種も出てきてしまいました(iPhone 17 Pro Max 512GBモデル:229,800円)。“廉価の象徴”だったSEシリーズの後続のようなイメージで出てきたiPhone 16eですら、約10万円。
家賃も食費もサブスク代も上がってるのに、「スマホ端末代だけは別枠」みたいな顔して財布を圧迫してくる。分割払いとか下取りとか、“見かけの価格”につられてない? 本当に、iPhoneが必要?と考える瞬間も増えました。
それでも、iPhoneから離れられない
だけどやっぱり、「iPhoneを使い続ける」という選択をやめるのは難しい。
思考停止でいけちゃう操作感、AirDropの便利さ、メモもパスワードも過去の旅行の記録もぜんぶ、iPhoneの中(もしくはiCloud)にある。“Apple経済圏”における連携は完璧、すべてが“囲い込み”の上に成り立ってる。気づけばまた「けっきょくiPhoneが一番使いやすい」なんて言ったりして。
それに、もはや“スマホはインフラ”。連絡(SNSも含めて)、仕事、支払い、移動、記録、あらゆる行動がiPhone経由。てことは、離れるには生活の仕組みそのものを組み替えなければならない?
……めんどくさすぎ。
iPhoneは値段が高い、自分にはオーバースペックだとわかっていても、他の選択肢に移るストレスのほうが大きい。調べるのもだるい。
Androidも進化しているし、スペック的には十分。でも、データの整理など移行の手間や使い勝手の違いを思うと、一歩踏み出せない。
便利さと依存のあいだで、少しの不自由を引き受けている。不安(未来)よりもちょっとの不幸(現状)を選んでしまう──人は、変えることより慣れていることのほうが怖くないから。
「やめたい」は、ただの口癖
テクノロジー時代における、現代的な“共依存”のかたち。愛情ではなく、慣れと信頼と、すこしの諦め。
離れたほうがいいと分かってるのに、離れられない。“自分に優しい”関係より、“自分をごまかせる”関係を選んでるのかも。
私たちは、“モラハラ恋人”と別れられないのと同じ構造の中で、そんな矛盾ごと抱えて生きているのかもしれない。きっとそれも、iPhoneとの付き合い方のひとつなんだと思う。
