『あんぱん』写真提供=NHK

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 終戦まであと1年。嵩(北村匠海)が所属する小倉連隊に中国・福建省への出動命令が下った。初めての敵地に怯える嵩を見て、八木(妻夫木聡)はその身を案じたのだろう。嵩は八木の計らいで宣撫班勤務となる。それにより戦闘任務から外れることになるが、そこで待ち受けていたのは精神的な苦痛だった。

参考:『あんぱん』第57話、嵩(北村匠海)と健太郎(高橋文哉)が紙芝居を成功させる

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』第12週が初日を迎え、嵩の絵の才能が戦争に利用される。

 宣撫班とは、武力によらず、医療活動や娯楽で地元民に日本軍への親しみをもたせ、占領に協力させることを目的とする部隊のこと。嵩が着任したその日の朝、宣撫班が桃太郎を日本兵に見立てた紙芝居を上演したところ、村人たちが「日本兵は嘘つきだ」と騒ぎ出し、騒ぎになったという。そこで新たな紙芝居を依頼された嵩だが、地元民の反発は想像以上に強かった。

 1937年7月の盧溝橋事件をきっかけに本格化した日本の中国侵略。日本兵は地元民から土地や資源を収奪し、性暴力や虐殺まで行った。恨まれるのは当然のことだ。ところが、日本兵は「米英の侵略から大陸の良民を守る」、ひいては「東洋平和のためだ」と言い聞かされていた。そんな侵略戦争を正当化するための大義名分に嵩は改めて疑念を抱く。

 「正義は逆転する。信じられないことだけど、正義は簡単にひっくり返ってしまうことがある。じゃあ決してひっくり返らない正義ってなんだろう」という嵩のモノローグから始まった本作。6月16日に幕を開けた第12週のサブタイトルは「逆転しない正義」であり、「おなかをすかせて困っている人がいたら、一切れのパンを届けてあげることだ」という答えにたどり着くための布石として地元民との対立がある。

 人を喜ばせるために絵を描いてきた嵩にとって、人を支配するために絵を描くことは我慢ならなかった。しかし、現地で民家の接収を強いられた健太郎(高橋文哉)の「しょんのなかったい。これが戦争やろうもん」という説得、また宣撫班を外れれば、再び戦闘任務に戻される恐怖から、嵩は耐え難きを耐えて『双子の島』という紙芝居を生み出す。

 元ネタはおそらく戦時中、中国・福州で宣撫班に勤務していたやなせたかしが実際に作った紙芝居『双子譚』だろう。やなせは自身のエッセイ『絶望の隣は希望です!』(小学館)で、同作品について「日本と中国は双子の関係であって、この2つの国が仲良くしなければ、東亜の平和はない、という説話です」と語っている。

 同じく宣撫班に異動した健太郎とともに現地を視察した嵩。そんな中、作品のヒントになったのは福建省で再会を果たした小学校の同級生・岩男(濱尾ノリタカ)と地元民の少年・リン(渋谷そらじ)の交流だ。人種を超えて父と息子のような関係を築く2人を見て、嵩は新聞記者だった父の清(二宮和也)が取材で大陸を回っていたときに手帳に残した「東亜の存在と日支友好は双生の関係である」という言葉を思い出したのだった。

 パン食い競争の日に一目惚れした蘭子(河合優実)に求婚するも、あえなく失恋した岩男だが、入隊前に結婚し、今や一児の父に。まだ一度も子供には会えていないというが、岩男の心には確かに父性が芽生えていた。自分に懐いてくれるリンが息子のようにかわいく、一緒にいると心が「ふわーっとあったかくなる」という岩男。ガキ大将だった頃からは想像もつかないような優しい表情に心が和むと同時に、一抹の不安を覚えるのは筆者だけだろうか。「戦争なんていい奴から死んでいくんだからな」という草吉(阿部サダヲ)の言葉が頭を過ぎる。

(文=苫とり子)