「宝来」東京・中目黒にて

「ここに来たら、まずは餃子とビールです」
 中華料理と書かれた赤い暖簾をくぐると、尾美としのりは嬉しそうに話して席に着く。「宝来」は、尾美が10年以上も通う地元の町中華で、そのメニューは100を超える。

「店主の(篠田)順子さんとは、目黒区と渋谷区で区が違うので学校は違いますが、同学年のよしみ。小学校の後輩に誘われてきたのが最初で、10年以上のおつき合いです。このあたりには小学校の同級生がいるので、ここでよく会ったりします」

「宝来」は尾美にとって「日常に戻る場所」だと話す。

「だいたいは二日酔いの日、女房と一緒に昼間に来ます。まずは餃子とビール。それから『ほうれん草玉子炒め』を食べて、ビールを2杯めにするか焼酎に替えるか。

 最後に『激辛味噌ラーメン』を食べます。とにかくこれが辛い。僕はあまり辛いのが得意なほうではないんですが、これを食べてすっごい汗をかいて、またお酒を飲んで(笑)。それから家に帰って昼寝をして、犬の散歩に行く。日常に戻るための “寄港” というよりは、“ドック” ですね」

 子役としてこの世界に入って40年以上になるが、きっかけは意外な理由だった。

「幼稚園には友達もいたし楽しかったんですが、あるとき、『なんで同じ時間に同じ場所に行くの?』って思ったら、どんどん行くのが苦痛になって。仮病を使って、こたつの中で体温計をこすったり水銀を引っ張り出して怒られたり(笑)。

 でも子供ってそういうことをやっていると、本当に熱が出たりするんですね。病院で診察してもらうと、先生が母に『息子さんの好きなことをやらせてあげなさい』と。

 ちょうどそのころ、友達が幼稚園を休んだので先生に聞くと『コマーシャルの撮影があるから』って言われましてね。それで母に『テレビに出たい』と言って、友達が入っていた劇団ひまわりに入れてもらったんです。

 子供心に『幼稚園に行きたくない』とは言えなかったんでしょうね。本心はテレビに出たいではなく、幼稚園を休みたかった(笑)」

 こうして尾美の役者人生は始まった。だが、レッスンには通わず、オーディションもたまに受けては落ちての繰り返し。

「いろんなことから逃げ回ってばかりいた」という彼の最初のターニングポイントが、映画『転校生』(1982年)への出演だった。

大林宣彦監督の『さびしんぼう』撮影時。19歳の尾美

■大林監督の勘違いで主役に大抜擢

「オーディションの前に台本を読ませていただいたんですが、15歳と多感な時期でもあったので、こんな女っぽい役はやりたくない、出たら大変なことになるぞと(笑)。

 それでオーディションで(大林宣彦)監督とお会いしたときに、違うことばかりを言ったと思います。たとえば監督が『本を読む?』と聞けば『読みません』。『映画は観る?』と聞けば『観ません』と。ひどいですよね、嫌われるようなことばかり言って」

 まんまとことはうまく運び、大林監督からはほかの役を打診された。喜んで帰った尾美は、さっぱりしようと肩につくくらい長かった髪をバッサリ切った。

 翌日、劇団からもう一度、大林監督に会いに行ってほしいと言われて会いに行くと、事態はあらぬ方向に。

「『髪の毛を切ってまでこの映画に懸ける尾美くんに、僕はこの映画を懸ける』っておっしゃって。誤解というかすごい勘違いなんです(笑)。

 当時は本当にその役が嫌でしたけど、俳優っておもしろいんだよっていうきっかけを与えてくれた作品でした。本当にいろんなことを教えていただきましたね。

 相米慎二監督の映画にもよく出させていただいたんですが、大林監督と相米監督がまた全然違う。本当に相米慎二の世界にも染めていただいて、大林宣彦の世界にも染めていただいて。それはすごく財産になったと思っています」

 その後、山田洋次監督の『ダウンタウンヒーローズ』(1988年)で同年代の役者たちと共演したことで初めて仕事が楽しいと感じ、シリーズ化された『鬼平犯科帳』(1989年〜2016年、フジテレビ系)では京都撮影所の厳しさを知り、鍛えられた。

 そして『マンハッタンラブストーリー』(2003年、TBS系)で宮藤官九郎と出会う。

「今まで読んだ台本と全然違うんですよ。どうやればいいんだろう、どこまでやるんだろうと思って、放送を見ながら自分が演じたのは初めてでした。宮藤さんの台詞はアドリブみたいでおもしろかったですね」

 それからクドカン作品の常連となった尾美は、国民的ドラマ、NHKの『あまちゃん』(2013年)にも出演。出演者とは今でもファミリー的なつき合いがあり、3月にのん(27)の配信ライブに参加して、植木等の『ハッスルホイ』をノリノリで披露した。ここで尾美から予想もしないひと言が。

「とにかく恥ずかしかったですよ(笑)。僕は人前に出るのが苦手。それは子役時代から変わらず、今も恥ずかしいです。いまだに新しい現場に入る前日は、基本、緊張して寝られないというか、いつもドキドキしてます。

 本当にあがり性というか緊張しいで、NGが一回出ると落ち着きます。初日に台詞があったり大事なシーンがあると、心の中では『勘弁してよ〜』って思いながらやってます(笑)」

 1クールのドラマの間で、尾美の姿を見ないことがないぐらい、幅広い役で活躍をしている。現在は『半径5メートル』(NHK)で女性週刊誌の心優しいデスク、『桜の塔』(テレビ朝日系)では冷淡な警視総監と、真逆の役を演じる。

 役によって尾美としのりが別人に見えるような気がする。

「同じ役ばかりもつまらないですし、違う役を振ってくれるのはありがたいと思っています。

 でも、基本的に僕は台本どおりにやっているつもりなんですよ。こういうふうにやりたいとか、尾美としのりはこうでなければいけないという気持ちはなくて。台本を読んで、こんなふうにやろうかな、こんなふうに表現したいとかですね。

 ただ、慣れちゃうのが怖いというか、こういうふうにしておけば大丈夫なんじゃないかと思うことが怖い。観てる側がそれを感じ取ると興ざめするだろうし、またこんなことをやってると思われるのも癪ですしね。

 せっかくこの仕事をやっているんだから、いろんなことをやってみたいとは思いますね。でも恥ずかしいですよ(笑)」

 そう話すと気合を入れて、激辛味噌ラーメンを勢いよく口に運んだ。額からは一気に汗が噴き出す。これで仕事もリセット。尾美が日常に戻る瞬間だ。

おみとしのり
1965年12月7日生まれ 東京都出身 1978年に市川崑監督の『火の鳥』でデビュー。1983年、大林宣彦監督の『転校生』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。その後、相米慎二監督、脚本家・宮藤官九郎の作品など、映画、テレビドラマで幅広く活躍。現在、ドラマ『半径5メートル』(NHK)、『桜の塔』(テレビ朝日系)に出演中。映画『リカ〜自称28歳の純愛モンスター〜』(6月18日公開)にも出演

【宝来】
住所/東京都目黒区中目黒1-4-18 
営業日時/
月曜日〜土曜日11:30〜14:30、17:30〜22:30(L.O.21:30)、日曜日11:30〜21:00(L.O.20:00) 
休日/水曜日、祝日
※新型コロナウイルスの感染拡大により、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。

写真提供・NHK 

(週刊FLASH 2021年6月22日号)