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新聞を購読する人が年々減っている。だからこそ、こんなビジネスが生まれているのだろうか――。

アマゾンなどのネットショップでは、数年前からキロ単位にまとめられた新聞紙が「緩衝材」や「犬用トイレシート」などとして売られている。その中身は、新聞販売店で発生する残紙(広義の「押し紙」)とみられる。

残紙とは、販売店で過剰になった新聞のこと。販売店は、ノルマとして押し売りされた部数というニュアンスで「押し紙」と呼ぶ。これに対して新聞社は、販売店が営業用にみずから購入した部数という主張に基づいて、「予備紙」あるいは「積み紙」と呼ぶ。これらをニュートラルに表現した言葉が「残紙」である。

ちなみにかつて新聞業界は、内部ルールで「予備紙」の割合を、搬入部数の2%と決めていたが、2009年ごろに撤廃した。現在は、「搬入部数−実配部数=予備紙」となっている。そのためたとえ搬入部数の50%が残紙であっても、すべて営業のための予備紙という解釈になっている。残紙問題が深刻になった原因である。

廃品回収された古紙を二次的に使用するのは良いとして、手垢が付いていない残紙の一次使用は紙資源の浪費だという批判がある。資源問題にほかならない。筆者は、その中身を調査するために、残紙15キログラム(1551円)をアマゾンで注文することにした。(ジャーナリスト・黒薮哲哉)

●届いたのは「綺麗な新聞」、大半は朝日

5月1日、筆者は佐川急便から残紙束を受け取った。包装を解いて、最初に現れたのは朝日新聞だった。「インド1日35万人感染」という4段見出しが筆者の目に飛び込んできた。他社の新聞も交じっている。全部で118部あった。銘柄の内訳は次の通りである。

朝日新聞(4月28日):47部
朝日新聞(4月29日):19部
読売新聞(4月28日):8部
日刊スポーツ(4月28日、朝日系):38部
スポーツ報知(4月28日、読売系):6部

伝票によると残紙束の発送日は4月29日である。その29日付けの朝日新聞が19部含まれていた。つまり他の新聞も含め、「新聞紙」は家庭から出た廃品回収の古紙ではなく、明らかな残紙である。

商品の発送元は、「愛知県海部郡蟹江町今西(略)AMAZON・楽天市場通販事業部」となっている。海部郡は名古屋市に隣接する自治体である。

発送元に電話で新聞紙の入手ルートを尋ねたところ、新聞販売店から回収しているとの返答があった。ただし販売店名は分からなかった。

●楽天でも売られる残紙

楽天にも新聞紙という品目があったので、こちらも調査目的で注文してみた。

5月10日に残紙束が到着した。全部で83部あった。そのうちの67部が朝日新聞だった。ほかに日経新聞、日経ビジネス、日経MJ、日刊工業新聞が16部含まれていた。

新聞の発行日は、4月26日から27日である。新聞に手垢や皺がないことや、日付けから察して、こちらも廃品回収の古紙である可能性はほとんどない。ネットショップの商品説明にも「未使用新聞紙」と書いてある。

残紙の発送元は、兵庫県姫路市四郷町(略)だった。電話で残紙の仕入元を問い合わせたところ、販売店とのことだった。

●販売店主がブリーダーに「押し紙」を提供

残紙は、日本内外のリサイクル工場などへ販売されるものを除くと、ペット飼育、包装、緩衝などの目的で使われているようだ。アマゾンのレビュー欄には、次のような書き込みがある。

「我が家では新聞を取っていないため何かと使用する新聞が無く困っていました。最近まで実家に行ったときにもらっていたのですが、汚れていることが多くて嫌でした」

名古屋市内に在住する元新聞販売店主も残紙の用途について、自らの体験を次のように話す。

「現役だったとき、読者の中にブリーダーがいました。その人に『押し紙』をただで差し上げていました」

5月18日、筆者はアマゾンから次のような営業メールを受け取った。

「以下のおすすめ商品は、お客様がこれまでに購入された商品、またはご覧になられた商品に基づいて紹介させていただいています。」

この前文に続いて、朱色の太文字で「犬用品」とあり、新聞束の写真が掲載されていた。

●残紙ビジネスの温床−ABC部数のロック現象

残紙が発生するメカニズムをさぐるために、筆者はABC部数の変化に不自然な点はないかを調べた。最初に、「AMAZON・楽天市場通販事業部」がある愛知県海部郡における朝日新聞の朝刊部数を解析した。筆者が注目したのは、部数の変動パターンである。(ABC部数は、4月と10月の部数が広告営業のデータとなる)

2017年10月から2018年10月までの部数は、増減ゼロだ。ABC部数は、下一桁まで公査するが、3期(1年半)に渡って、朝日新聞社が同じ部数を搬入したことになる。部数のロック(固定)は、2019年4月から10月(2期1年)にかけても起きている。

搬入部数を1部も減らしていないわけだから、当然、新聞の長期衰退傾向の中で、読者が減っていれば残紙が発生する。海部郡の朝日新聞が、アマゾンに持ち込まれている証拠はないが、残紙が発生しうるメカニズムは説明できる。
 

●名古屋市全域のABC部数の解析

次に筆者は、海部郡に隣接する名古屋市における朝日新聞のABC部数を調べてみた。

名古屋市でも、ABC部数のロック現象が頻繁に確認できる。中区のように8期(4年)に渡ってロックされている区もある。

ちなみに名古屋市全域のABC部数は、2016年4月の時点で7万1674部だったが、2020年10月には、5万7903部に激減している。こうした傾向の中、4年のあいだ中区の朝日新聞購読者が1部の増減もないことはまずありえない。購読者が減っていれば、残紙が発生している可能性が高い。

名古屋市においても、新聞の読者ばなれと部数のロックにより、残紙が発生するメカニズムが裏付けられるのである。残紙ビジネスの温床があるのだ。ただ、今回は残紙を回収する具体的な搬入ルートまでは解明できなかった。

年単位で部数が変わっていない理由について朝日新聞に尋ねたが、同社広報部の回答は次のようなものだった。

「本社は、ASAからの部数注文の通りに新聞を届けています。 ASAは、配達部数の他に、営業上必要な部数を加えて注文しています。(注:ASAは朝日新聞販売店)」

●新聞ジャーナリズムの尊厳

紙業タイムス社が編集した『知っておきたい紙パの実際』(2020年6月17日)によると、紙の消費は「世界で生産される紙・板紙のうち2割足らずの人々が全体の半分程度を消費し、残りの半分強を8割以上の人たちで消費するという構造になっている」という。日本は、生産・消費とも世界第3位である。

新聞販売の諸問題が国会質問ではじめて取り上げられたのは1981年である。1982年3月8日には共産党の瀬崎博義議員が、読売・新聞鶴舞直売所(奈良県)の内部資料(『北田資料』と呼ばれる)を暴露して、残紙問題を追及した。その後、1985年まで、共産党、公明党、社会党が超党派で13回にわたり残紙や新聞拡販の過当競争などについて、国会追及を繰り返したのである。

さらに2010年6月16日には、自民党の稲田朋美議員が「新聞の『押し紙』についての実態解明を求める請願」を提出している。最近では、2018年6月14日に、自民党の和田政宗議員が、「押し紙」問題を取り上げている。

残紙は40年に渡って、国会で問題になっているのである。が、新聞社は報道もしなければ、残紙の責任も認めていない。残紙の存在は認めても、それはすべて販売店が注文した予備紙であり、販売店の責任であると一貫して主張してきた。

しかし、残紙は新聞ジャーナリズムの尊厳にかかわる問題である。その問題の解決を避けてきた結果、アマゾンや楽天で新聞が「犬用品」、つまりは「ペットの便所紙」 として販売される事態に陥ったのである。