女は、いくつになっても若く見られたい。

特に自身の年齢にコンプレックスを持つ女たちは、エステやメイク、ファッションやヘアスタイル…。

誰よりも美容に気を使い、若く美しく見せることに必死になる。

おかげで、実年齢をうまくごまかすことはできるけど…。

―もう本当の年齢は、誰にも告げない。

そう決心したある女がいた。彼女は今日も鏡の前で、こうつぶやく。

「ねぇ。私、いくつに見えますか?」




―初対面の女性に年齢を聞くなんて、ホント失礼な人だわ。

その男の質問に、蘭子は一瞬で嫌な気分になった。

蘭子がフラリと入ったのは、恵比寿の路地裏にあるBAR。そこで偶然、カウンター席に横並びで座った男に声をかけられたのだ。

彼は渋谷のIT系企業に勤めていると言い、名前を純太と名乗った。

一方の立川蘭子は、広尾にある美容整体サロンのオーナー兼施術師。自分の店を閉めたあと、1日がんばったご褒美に、ひとりでお酒を愉しむのが日課になっている。

職業柄、人一倍美容に気を使っており、スラリとしたスタイルと整った顔立ちが自慢の蘭子。

だから、ひとりきりでいると男性から声がかかることは珍しいことではなかった。

いつもだったら、適当にあしらうシチュエーション。だがその日は気温がグンと下がった寒い夜ということもあり、なんだか心寂しくて純太の挨拶に応じてしまったのだ。

「ここはよく来られるんですか?」

「いえ、初めてです。たまたま仕事帰りに見つけて…」

そんな他愛もない会話の糸口。そこから最近のニュースや自身のことなど、知らず知らずのうちに話が弾んでいく。

だが、その直後に彼が発した一言で、冷や水をかけられたような気分になったのだ。

「失礼ですが、蘭子さんはおいくつなんですか?」


男の失礼な質問に、蘭子は…?


断りの枕詞もあることだし、純太に悪気がないことはわかっている。だけど、不愉快に感じたことは事実だ。

その怒りを昇華させるため、そして彼から見た自分が純粋にどんな印象なのか知りたいという興味で、蘭子は質問を返してみることにした。

「逆に私、いくつに見えますか?」

「えっ…。どうだろう」

案の定、純太は戸惑ったような表情で蘭子を見つめてきた。

―面倒くさい女だって思わないでね。聞いてくるのが悪いのよ。

きっと彼は「予想よりも下の年齢を伝えた方がいいのか」とか「正直に答えるべきか」などと葛藤して、頭の中でグルグル考え込んでいるのだろう。

―身なりも落ち着いているし、しっかりして見えるけど、たぶん年下だろうな。

蘭子は答えを待っている間、頭を抱えている彼の姿を眺めながら、おおよそ35歳だろうと彼の年齢を逆に査定する。

「う〜ん。32歳かな?」

長い沈黙の後、やっと口に出した純太の回答に、蘭子は感心した。

「…当たり、だよ」

実は少し上だが、どうせ今日だけの出会いだ。正直なことを言ってメリットなんてない。

しかも“32歳”という年齢は、蘭子が見た目年齢としてこれくらいだろうと見積もっている、ドンピシャの年齢だった。

―気を使って20代だって言われるかなと思っていたけど。

蘭子は今まで、初対面のほとんどの人物から「20代半ばにしか見えない」とか「年齢不詳」などという言葉で表現されることが多かった。

しかし蘭子の見た目で20代半ばだなんて、自分でもさすがに言いすぎだと思う。だから、正直に見た目年齢を告げてくれた彼に好感を持ったのだ。

「僕は33歳、同年代だね」

すると突然、純太はフランクに言葉を崩し始めた。蘭子は胸を痛めつつも「えー、そうなんだあ」といつもより声のトーンを上げて答える。

「同年代、うちの会社じゃあまりいないんだ。ベンチャーの中でも割と昔からある企業だからさ。前の会社は同年代か年下ばかりだったんだけどね」




聞くところによると、純太は就職してから何度か転職を繰り返しており、現在4社目なのだという。

前の会社は、ライフスタイルと勤務体系が合わなくて辞めたらしい。だから、平均3年ほどで転職しているという計算だ。

―時代は変わったなあ。確か、33歳ってゆとり第一世代くらいの年齢だよね。

世代だけで偏見を持つのは悪いことだと思いつつも、彼の年齢とエピソードが容易に結びついてしまったら、そう感じざるを得なかった。

自分が社会に出た頃は、まだ就職氷河期。

周囲の友人たちは、やっと就職できた会社に一生しがみつく決心をして、苦しくとも歯を食いしばって耐えてきたものだ。

そもそも蘭子は就職さえできなかった。100社以上に応募をしたが、1社も通らなかったから。

ならばと一念発起し、かねてから興味があったリフレクソロジーを学ぶ学校へ通ったことが、今に至るきっかけだ。

その後はエステサロンに勤務し、30歳になったのを機に、郊外に小さなサロンを開店した。

そうして努力の甲斐あって客も増え、4年前に広尾の一等地に店を移転できるまでになったのだ。

―たった数年、生まれた時期がズレているだけなのにな。

蘭子は純太と会話をしながらしみじみと思った。

…実は蘭子。1982年生まれの、38歳なのだ。


年齢をサバ読みした蘭子に対し、男は驚くべき行動に出る


「じゃあ私、おいとまするね」

蘭子は話を合わせることにほとほと疲れてしまい、席を立つ。

「え、もう?」

「だって夜更かしは美容に悪いから」

「そんなあ…」

あからさまに落ち込む純太の様子を見て、なぜだか蘭子は悪い気がしなかった。

「じゃあさ、LINEかインスタのアカウントを教えてよ。また飲もう」

当たり前のように言う純太の勢いに、断るのも重いような気がして、蘭子は自分のスマホを差し出す。

―ま、いいか。どうせ連絡なんて来ないし。

そう自分に言い聞かせつつも、純太との会話は楽しい時間だったことは否めない。

本当はいつものように1杯だけで帰りたかった。…でもなぜだか、今日の蘭子はいつのまにか2杯目を注文していたのだ。

6歳若い自分を演じるのも、最終的に息切れはしてしまったけど、違う自分になったようでとても楽しかった。

―でも、年齢サバ読んじゃったし。もう会わないもんね。

彼に言った年齢を否定しなかったのは、自分への“気持ちのブレーキ”という意味もある。

38歳の蘭子は、BARで声をかけてくるようなノリの若い男性に、無駄に本気になっている暇はない。

仕事が充実していて、ひとりで生きることを謳歌しているように見える蘭子でも、結婚願望はわずかながら…いや、かなりあるのだ。

本当の年齢を知ったら失望されそうな男には、たとえ気持ちが動いても、本気になる前にブレーキをかけてリスクを避ける。

それが、蘭子の恋のやり方だ。

ただそのおかげか、ここ3年は彼氏がいない状態が続いているのだが…。

「ごちそうさまでした」

蘭子はマスターに頭を下げると、店から出る。

雰囲気もよく、いいお酒も置いてある店だったけど、しばらく行かないだろうなと思った。




自分の家がある鎗ヶ崎方面に向かって駒沢通りをひとり歩きはじめたとき、ハラリと雪が降ってきた。

―そう言えば今日は、今年一番の寒さだって天気予報で言ってたな。

感傷に浸る気もなく、冷めた目で蘭子は天を見上げる。するとそのとき、自分の右腕が何者かに掴まれたのが分かった。

「初雪、だね」

声の主は、さきほどまで隣にいた男。その男が、蘭子の腕を引き留めるように掴んでいたのだ。

「純太さん…?」

「ごめん。この暗い中、1人で帰るのかと思ったら心配で。タクシーに乗るまで見送ろうかと思って出てきたら、歩き出したから」

「家が近いの。車通りも多いし時間も早いから大丈夫よ」

蘭子が腕を振りほどき、避けるように歩き出そうとすると、純太は再び声をかけてきた。

「人は大丈夫でも、車が危ないだろ」

純太は真剣な目で、蘭子に訴えかけてくる。

「家の前まで送らせて欲しい。蘭子ちゃんにもう一度会いたいから…」

ハラハラと落ちる初雪。それが蘭子にとって、単純な自然現象からロマンチックな演出のひとつに変わる。

その瞬間、彼に嘘の年齢を告げてしまったことを蘭子は後悔したのだった。

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蘭子の本当の年齢を知らない純太から、猛烈なアプローチが始まるが…?