「弟たちが背中を…」瑛太&絢斗の兄・永山竜弥が俳優再デビュー

「再び役者を始めることを、弟たちには相談しませんでした。ドラマへの出演が決まってから、事後報告をしましたが、『兄貴はやるべきだよ』と、瑛太も絢斗も背中を押してくれました」
2020年1月、俳優として再デビューを果たした永山竜弥(40)は、そう語る。竜弥は、同じく俳優である永山瑛太(37)・永山絢斗(31)の兄だ。
「別にふだんは会わないですが、兄弟仲がいいわけでも、悪いわけでもないんですよ。男兄弟ってそうじゃないですか。でも数年前に、僕が東京・雑司が谷の喫茶店で小さな写真展を開いたとき、瑛太が開催日の前日に挨拶に来てくれたんです。僕や数人のスタッフが設営作業をしているときに、『(兄を)よろしくお願いします』って」
瑛太が俳優になったのは、兄・竜弥の影響があったからだと、数々のインタビューで語っている。しかし俳優3兄弟の長男は、長い間、表舞台から遠ざかっていた。そんな竜弥が、その “空白期間” と、今後の俳優活動について語った。
「もともと、『俳優家系』というわけではなかったんです。ただ、家にホームビデオカメラがあって、僕が小学校5〜6年生のときは、よくそれで遊んでいましたね。リポーターのものまねをして、ニュースごっこをしたことを覚えています。あと印象に残っているのは、瑛太を妊婦役にして、出産シーンを撮ったこと。なんで、あんなの撮ったんだろう(笑)」
兄弟のなかで最初に俳優を始めたのも、竜弥だった。
「17歳のときにオーディション雑誌を見て、自主映画のサークルに入ったんです。主宰者は、もうお爺さんで、役者の年齢もバラバラで。僕は、そこで照明係などの裏方を担当しました。
ただ、人数が少ないサークルでしたし、自分も出演する側に回ることがあったんです。もう劇団の名前も、主宰の方の名前も覚えていませんが……。公民館やビルの一室で8ミリ映画を上映していましたね」
2〜3年でそのサークルをやめたあとは、雑誌でモデルをしつつ、老舗劇団のオーディションを受けたり、エキストラとして商業映画に出演したり……。役者としての活動を続けた。
「映画『ナオと僕』(2003年公開、猪俣ユキ監督・木下ほうからが出演)では主演し、芸能事務所にも誘っていただいたのですが、なかなかオーディションにも受からず、映画の出演は年に1本くらい。自分が『プロの役者』だとは思っていなかったし、役者として生活していけるとも思えませんでした。
結局23歳で歯科矯正器具の営業の仕事に就きましたが、ノルマはきついし、ガツガツいくのも苦痛で……(笑)。それも1年くらいで辞めて、防水工事の職人をやったり、トラックの運転手をしたりしていました」

芸能界に、未練はなかった。一方、3歳下の瑛太は2001年、10歳下の絢斗は2007年に俳優デビュー。ともに日本を代表する俳優になっていった。
「運転手の仕事は自分に合っていました。業務内容は電化製品の配送。職場で、『2人の兄だ』と自分から言うことはありませんでしたが、何度か『瑛太に似てるね』と言われたことはありますね(笑)。
弟たちが役者として華々しく活躍していくのを見ていましたが、ひとりのファンとして応援していました。ちょうどそのとき、僕は写真を撮ることに熱中していて、『自分は “撮る側” として、表現に関わっていければいいんだ』と思っていました。運転する4tトラックの助手席には、いつもカメラがありました」
そんな竜弥に2018年、40歳を前にして、ある転機が訪れた。
「劇団をやっている友人にばったり会って、舞台に誘われたんです(2018年「劇團有機座」公演)。僕は人見知りですし、舞台に対して苦手意識があったので、『イヤだな』と思いました(笑)。
でも、年齢的にもいまが最後のチャンスかなと思い、出てみたら、めちゃくちゃおもしろかったんです。本当にやってよかった。もうやめず、このまま死ぬまで俳優を続けようと強く思いました」
朗読劇にも挑戦するうち、現在の事務所と巡り合った。2020年1月には、テレビドラマ『病室で念仏を唱えないでください』(TBS系)の第1話に出演を果たす。
「伊藤英明さんが主演の医療ドラマで、入院患者役を演じました。原作マンガを読んで、台本を読み込んでいきました。堀内健さん(ネプチューン)とやりとりさせていただくことが多い役柄で、緊張しましたね。本番では夢中で、まったく余裕はなかったのですが、瑛太からは『よかったよ』とLINEが来ました」
時を同じくして1月、瑛太も竜弥の再デビューに合わせたかのように、芸名を本名の「永山瑛太」に改名した。
「それは、たまたまだと思いますよ(笑)。でも、これで芸能界に『永山』という役者が、同時期に3人はいることになるわけですよね。長男であることのプレッシャーは、もちろんあります。でも、瑛太はもちろん、絢斗もーー10歳年下で、ふだんは、ただ『かわいい』だけの存在ですが(笑)ーー役者としての実績は僕より遥かに上です。2人のキャリアに今から追いつけるとは思ってもいません」
コロナ禍で、決まっていたいくつかの仕事が延期や中止になった。それでも竜弥は、自分のペースを大事にして、ひとつひとつの仕事に取り組んでいきたいと力を込める。
「僕は回り道をして、この年齢でまたデビューするわけですが、これまで違う世界で経験してきたことも、無駄ではないんじゃないかなと思うんです。これからは、『永山』と聞いて、僕の名前も挙がるようになればいいなと思います」
ながやまたつや
1979年生まれ 東京都出身 2003年映画デビュー。写真家、舞台俳優として活動後、俳優活動を休止。2020年に再デビューした
写真・保坂駱駝
取材協力・BAR CUT(東京都港区南青山)
