東京・目黒のミシュラン一つ星イタリアン「ラッセ」のオーナーシェフ・村山太一氏は、2017年からサイゼリヤ五反田西口店でアルバイトをしている。村山氏は「サイゼリヤには上下関係がほぼない。高校生からシニアまで、だれもが和気あいあいと働いている。こうした職場を作れるのは、サイゼリヤの生産性が高いからだ」という--。

※本稿は、村山太一『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか? 偏差値37のバカが見つけた必勝法』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Worledit
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Worledit

■とにかく作業がシンプルで、本当にムダがない

「ミシュランの星付きシェフがバイトに来るって本当かよ?」

2017年4月、サイゼリヤ五反田西口店はザワついていたようです。それは、僕がサイゼリヤでのアルバイトを始めた日です。

僕はと言えば、人のお店で働くのは7年ぶり。初心に返ってワクワクしていました。「よろしくお願いします!」とその場にいた店長さんやスタッフに頭を下げると、「それじゃ、さっそく仕事の説明をするね」と店長さんに店を案内してもらいました。

最初はレジ打ち、その後ホールや洗い場の回し方を教えてもらいました。もう、驚きの連続でした。サイゼリヤは高校生でもバイトができるように、とにかく作業がシンプルで、本当にムダがない。たった数十分の説明とOJTでだいたいの業務がステップアップできるようになっていたのです。

■計算されつくしたキッチンの動線に感嘆

例えば、サイゼリヤではiPod Touchを注文の端末として使っていて、オーダーをとりながらスタッフが打ち込んだら、そのデータがPOSレジに届きます。会計時にはレジで伝票のバーコードを読み込んでお金を入れれば、おつりは自動で出てきます。伝票を見ながらメニューごとに料金を打ち込んで、お客様から受け取った金額をレジに打ち込んで……なんて細かい作業はショートカット。これなら誰でもすぐにできるので、「いいなあ、このシステム」と羨(うらや)ましく思いました。

サイゼリヤは店では包丁を使わないのは有名な話。全て下処理済みの材料が店に届いて、キッチンではパスタをゆでたりグリルで温めたり、カットされたサラダを盛り付けるといった作業だけになっています。だから、キッチンを1人か2人で回せるし、料理が未経験でも短時間の研修でキッチンに立てるという合理的なシステムです。

もちろん、僕が経営する高価格帯のレストランではマネできません。でも、ツールの置き場所や料理をスムーズに提供する動線など計算されつくしていて、仕組みやマネジメントのレベルが群を抜いていることはわかりました。

■「なんなんだ、この楽しい世界は!」

何より、僕が衝撃を受けたのは、サイゼリヤには上下関係がほぼないところです。

村山太一『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか? 偏差値37のバカが見つけた必勝法』(飛鳥新社)

高校生からシニアまで、さまざまな年齢、立場の人が一緒に和気あいあいと働いているので、「なんなんだ、この楽しい世界は!」と感じました。

当たり前といえば当たり前だけど、店長さんが丁寧に仕事を教えてくれたことにも、僕は内心感動していました。僕がずっといた高級店の世界では、「仕事は盗んで覚えろ」が常識。仕事をロクに教えてもらえないし、先輩は常に上から目線で下にいばり散らしていました。

ところが、サイゼリヤでは高校生でも「こっちのお皿から洗ったほうが早いですよ」なんて教えてくれる。僕がモタモタしていても怒鳴られることはないし、手を貸してくれる。働きやすい職場とはこういうものなんだ、と僕は感動のあまり涙ぐんでしまったぐらいです(笑)。

サイゼリヤは「レストランで働く人たちの理想郷」

その日の夜、僕は今までの自分の行動を振り返りました。今までに修業してきた店では、厳しい職人の世界と言えば聞こえはいいけど、不条理で不合理なやり方がまかり通っていました。本当は、僕はそんな世界が大嫌いでした。

だからイタリアに渡り、8年間がむしゃらに働いて誰にも文句を言われない世界を勝ち取った。でも、いつしかそんな思いは忘れてしまっていた。僕も先輩たちと同じように、スタッフに丁寧に仕事を教えないし、「黙ってオレの言うことを聞いていればいいんだ」的な考えに支配されていました。

その結果、スタッフは委縮していつまで経っても仕事を覚えられないし、僕の顔色を窺うようになっていました。ピリピリしたスタッフたちがお客様の前で喧嘩(けんか)して、それが不快だったというレビューがグルメサイトに投稿されたこともありました。

僕は、それはスタッフのメンタルが弱くて、力量がないからだと思っていました。チェーンストアを指導した経営コンサルタントの渥美俊一先生は、店舗や事業がうまくいかないのは全て経営者の責任だと言っています。人が定着しない、殺伐とした生産性の低い構造をつくった僕が全部悪かったんです。

スタッフにも幸せな人生を送ってもらいたいと思っていた、かつての僕の理想郷がサイゼリヤにはありました。

■生産性を上げるには、幸せであることが一番

実は、僕がサイゼリヤでバイトしようと決めたのは、店の経営が行き詰まっていて、突破口を見つけたかったというのもあるのですが、もっと大事な理由があります。

僕は、人を幸せにしたいんです。僕とかかわってくれる人を幸せにする仕組みをつくりたいのです。

こんな話をしたら、怪しげな自己啓発っぽく感じるかもしれませんが、僕は毎日幸せに生きているのか自分自身に問いかけています。「幸せ至上主義」なのかもしれません。世の中の経営者やリーダーは、社員を幸せにするような仕組みをつくらなければならないと思います。その企業は必ず生産性が上がり、売上が上がります。

仕事の生産性を上げるには、幸せであることが一番です。幸せなら、気分よく補い合いながら働いて、チームとしての全体最適を図れるので生産性が上がります。一方で、生産性が上がれば上がるほど、時間的にも精神的にもゆとりができてみんながより幸せになります。この好循環を実現させているのがサイゼリヤです。

■ブラックな星付きレストラン、ホワイトなサイゼリヤ

ミシュランの星を獲るような店は、いわゆるブラック企業のようなところが多いです。朝からずっと仕込みや料理に追われて、営業時間が終わっても新作メニューを考えたり、次の日の仕込みをしたり、深夜にようやく家に帰れる。睡眠時間は2〜3時間でまた出勤、なんてこともざらです。

そして、常に「星を落としたらいけない」とプレッシャーにさらされているので、メンタルも体力も全部削られる。もはや、お客様のために料理をつくっているのか、星のためにつくっているのかわかりません。そのプレッシャーに押しつぶされてしまうシェフもいるほどです。

そんなやり方では、シェフもスタッフも幸せにはなれません。「それに耐えられるのが一流だ」みたいな風潮もあるけど、僕はレストランの経営がうまくいかなくなってから、「本当にそうなのか?」と考えるようになりました。

サイゼリヤの基本理念は「人のため 正しく 仲良く」。僕はこの社是が大好きです。サイゼリヤも残業はありますが、必ず週に1回の休みはもらえるし、店長がいばり散らしてないからスタッフの仲はいいし、ホントに社是の通りです。

■週3時間かかっていた作業が週9分に短縮

それに、スタッフの負担を減らすために、徹底的に仕組みを考えています。例えば、業務用の厨房では、グリストラップという油脂や残飯、野菜くずなどが下水に流れるのを防ぐ装置を設置しなくてはなりません。この装置の掃除は大変で、僕の店では週3回3時間かかっていました。

ところが、サイゼリヤは週1回、9分でできるような掃除の仕方をしています。それどころか、掃除をしなくていいグリストラップも開発してしまったのです。

3時間も油でギトギトになった装置を掃除するのは、僕だって苦痛でしかありません。皆さんもそうでしょうが、イヤイヤやっている仕事は、さらに生産性が落ちます。ストレスもたまって、皆で掃除を押し付け合う始末です。

それが9分で済むなら、楽勝です。残りの2時間51分は休憩してもいいし、自分の技を磨くために勉強に使ってもいい。そっちのほうが、幸せじゃないですか?

そして、幸せになったら仕事が楽しくなるから、仕事のスピードも上がる。一人一人の仕事の生産性が上がったら、店の売上も上がる。そんな好循環が生まれます。

僕はサイゼリヤで、人を幸せにする仕組みをたくさん学びました。それを自分の店でも取り入れて、超速で働き方改革をしていったのです。

■MBAよりもアルバイトのほうが成長できる

ここまで読んで、「本業があるのにバイトなんて無理」「バイトする時間もないし、体力もない」と感じた方は多いと思います。

でも、休日にビジネススクールに通っている人、いますよね? 趣味の習い事をしたり、セミナーやワークショップに行くこともありますよね?

そもそもMBAのビジネススクールに通うより、よっぽどアルバイトのほうが成長できると思います。もちろん、広く浅く知識を身に付けたいならよいのですが、今の仕事に即したすぐ役立つ知識や経験はMBAではなかなか得られないでしょう。

僕のレストランの課題は生産性と仕組み化でしたので、「より良い方向に変化し続ける」ために、その点で最高峰のサイゼリヤでバイトをしました。

そこで学んだことをレストランに取り入れたら、生産性が約3.7倍になって増益。スタッフの給料が上がったことはもちろん、バイトでお小遣いももらえちゃいました。本当に、いいことずくめなんです。

■星付きシェフの驕りと固定観念をバイトで手放す

僕がサイゼリヤでバイトをしていることを知ると、「なんでまた、そんな店で?」と反応する人は多くいます。それはサイゼリヤを下に見ている証拠です。ミシュランガイドに載るような高級レストランが上位にあり、サイゼリヤやガスト、すかいらーくなどが下位にある。それは価格帯の違いであって、飲食業としての本質はまったく変わりません。

その本質とは、「食で人を幸せにする」ただこの1点に尽きます。それは星付きレストランもサイゼリヤもまったく変わりません。

僕は星付きシェフの驕(おご)りや固定観念をバイトで手放すことができたんです。慢心や固定概念は成長を妨げ、判断を鈍らせます。

あとは、ただバイトであるということで下に見られることもあります。正社員が上位にあり、アルバイトが下位にある。

バイトでは僕は一番の下っ端ですが、社会人としてある程度経験を積んだ人間が「下っ端になりきる」のは、ものすごく大変です。学生に注意されたら、それだけでカチンとくる人もいそうですね。

僕はバカだから、そんなシチュエーションすらも楽しんでいます。バカはムダなプライドがないから、「この子はすごいなぁ」なんて素直に物事を受け止められる。だからこそ、スポンジが水を吸収するように、すごい勢いで学べるんです。

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村山 太一(むらやま・たいち)
「レストラン ラッセ」オーナーシェフ
イタリアの三ツ星レストラン「ダル・ペスカトーレ」で修行を積み、東京都目黒区に「レストラン・ラッセ」をオープン、9年連続で一ツ星を獲得。しかしレストラン経営に限界を感じ、2017年よりサイゼリヤ五反田西口店にてアルバイトを開始。その様子を伝えるnote『目黒の星付きイタリアンのオーナーシェフは、サイゼリヤでバイトしながら2億年先の地球を思う。』が26万PVを記録し話題になる。
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(「レストラン ラッセ」オーナーシェフ 村山 太一)