新型コロナウイルスの感染者数、死亡者数が大々的に報じられる中、なぜ退院者数は強調されないのか。右肩上がりに伸びていく累計感染者数のグラフに恐怖している国民も多いだろう。実は、マスコミが退院者数のグラフを報道できないことには理由があった--。
写真=iStock.com/AndreyPopov
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■なぜマスコミは“治った人”を大々的に報道しないのか

4月7日に7都府県に緊急事態宣言が発令されてから約3週間。7日の会見で安倍晋三首相は「人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます」とコメントした。その発言に合わせるかのように、マスコミ各社が強調するのは「今日1日の感染者・死亡者数」と「累計感染者・死亡者数」だ。

例えば、4月26日2時17分に配信された朝日新聞デジタルでは、「新型コロナウイルスの感染者が25日午後10時半現在で新たに368人確認され、国内の確認は1万3229人となった。死者は15人増え、360人」と、26日に新たに判明した感染者数と死亡者数、そして累計の数字を強調して報道している。

もちろん、日ごとの感染者数推移を追うことで、感染増加のペースをつかむことは大切だ。政府は緊急事態宣言の発令によって、1日あたりの感染者数を100人以下に抑えようとしている。だが、マスコミ各社がそろってコロナから回復した人、つまり「退院者数」の数を報じないことに違和感を抱かないだろうか。

新型コロナウイルスにはワクチンも特効薬もない。これでは、「ひとたびコロナにかかったら治らない」というイメージを国民に植え付け、いたずらに恐怖をかき立てかねないのではないか。さらには、病院がパンクして機能まひする「医療崩壊」の懸念も増幅する。先ほどの朝日新聞デジタルの記事では、最後に「退院者+130人(3311人)」と記されているが、申し訳程度の書きぶりだ。

■広報資料の「退院者」には死亡者も含んでいた

なぜマスコミは退院者数を報じないのか。マスコミが報道の根拠としている東京都の報道発表資料を見てみると、その日新たに発生した患者数、年代、性別、現在の都内患者数などが公表されている。現在の都内患者数の項目には、重症者、死亡者(累計)、退院者数(累計)も掲載されている。

都によると、実はこの退院者数の下には、4月21日までは註釈として「※退院には、死亡退院を含む」と書かれていたという。

つまり、「治療を終えて退院した人」と「入院中に亡くなった人」の数を足したものが公表されていたのだ。当然ながら、その数字は新型コロナ情勢を正確に表すものとはいえない。都が公表する「退院者数」が実態と合っていない以上、マスコミも報道に使用するわけにはいかなかったのだ。

マスコミ関係者はこう話す。「退院者数の推移をグラフで作成しようとしても、死亡退院を除外した“実質の退院者数”は公の広報資料に途中から加わったものなので、作れないのです」

都はプレジデント社の取材に対し、「病院の統計では死亡退院を含むのが通常なので、広報資料でもそれに倣っていた。しかし、わかりづらいという問い合わせを受けて、4月22日から死亡退院を除外した数字を掲載している」と答えた。

たしかに、感染者数だけ発表されても、それではまるでコロナが不治の病かのようにも見方によっては思えてしまう。

■全社的に「もうわけがわからない」状態に

別のマスコミ関係者はこう話す。

「最初は感染者が一人出るごとに速報を流して、大々的に報じていたのですが、それが一日の感染者数がドンドン増えていくごとに、現場も混乱していきました。退院者数まできちんとケアできなかった、というのが現状かもしれません。ちょうど春の異動の時期でもありすし、全社的に『もうわけがわからない』状態になっています。それに、新聞社なんかは超文系が多いですからね、そもそも数字に嫌悪感を持つ人は多いです。あえて数字を正確に書くのを避けて、『約○人』『○人以上』などと逃げて書きたがる記者は多いと思います」

また、こうも付け加える。

「これは今回のコロナ騒動に限らずの話ですが、例えば200人が乗っていた旅客機が墜落して198人が死亡し、2人が奇跡的に生還したとします。おそらく、多くのマスコミは『旅客機墜落で乗客ら198人死亡』と見出しを打つでしょう。それは大勢が一斉に死んだ事実の方が、数名が生き残った事実よりもニュースバリューが高い、と判断するからです。もちろん2人生き残ったことも報じることになるのでしょうが、あくまでもメインとなるのは死亡人数でしょう。今回のコロナでもそれに似た現象が起きたのかな、と感じます」

■非常事態でもお役所的な都の対応

退院者数が見えない中では、医療崩壊への懸念が大きくなる。26日の西日本新聞によると、日本医師会の横倉義武会長は、新型コロナウイルスの感染者が急増している福岡県について「医療崩壊の一歩手前」と強い危機感を示している。

同新聞で横倉会長は以下のようにもコメントしている。「当初はPCR検査で陽性反応が出た人を全員入院させたため、病床が足りなくなってきた。福岡県内の感染者も600人台まで増え、東京都と同程度に医療崩壊の懸念がある。今は一歩手前で食い止めているが、このまま増えると危ない。軽症者はホテルに移すなど適切に対処してほしい」

また、日本外科学会などは8日までに、手術の実施時期を緊急度に応じて判断し、致命的な病気ではない外来手術や、健康診断の胃や大腸の内視鏡検査などは延期するよう促す提言をまとめている。新型コロナによって病院の手術スケジュールに影響が出て、がん手術が延期される事例も実際に発生しており、そういった意味では医療崩壊は既に始まっているといってもいいだろう。

医療崩壊の発生を探る上で、退院者数がカギになるのは言うまでもない。情報の受け手の利便性を考慮せず、病院の統計を横流しにして退院者と死亡者を区別せずに発表していた都の対応は、いかにもお役所的と言わざるを得ない。未曾有の事態に混乱を極めているのは察するが、非常事態だからこそ正確な情報を発信するのは基本ではないだろうか。

(プレジデント編集部)