2017年、インディペンデント映画として低予算でつくられた『カメラを止めるな!』で世間に衝撃を与えた上田慎一郎監督。

その『カメ止め』は、なんと監督初の劇場長編作品でした。1作目で大ヒットしたことから、劇場長編映画2作目『スペシャルアクターズ』は作品ができる前から全国150の劇場で上映が決定し、期待は高まるばかり。

そんな期待の大きさから、監督は大スランプに陥ってしまったそうです。

上田監督はどうプレッシャーと向き合い、2作目を完成させたのか?

「逆境の越えかた」をききました。

〈聞き手=ほしゆき〉


【上田慎一郎(うえだ・しんいちろう)】1984年生まれ。滋賀県出身。25歳で映画監督になる決意を固め、2009年に自主映画団体「STUDIOMAYS」に参加。その後、同団体で長編映画を撮るために集めたメンバーを率いて独立し、同年に映画製作団体「PANPOKOPINA」を結成。2017年に制作した『カメラを止めるな!』で劇場用長編映画デビュー。2018年6月から劇場公開が始まると、低予算のインディーズ映画ながら口コミが広まり、当初2館の公開から累計300館以上に公開が拡大された

虚勢を張らないことが、最低限のマナー

ほし:
監督…試写会で『カメラを止めるな!』の次作『スペシャルアクターズ』を観させていただきましたが、めちゃくちゃ面白かったです…

上田監督:
ほんとっすか! ありがとうございます。

ほし:
インディーズ映画でありながら、最終的に累計300館以上で上映された『カメ止め』の次ですから、相当プレッシャーがあったのでは?

上田監督:
…あれほどのプレッシャーを感じたのは人生初ですね。

実は大スランプに陥ってしまって、クランクインまで2カ月を切っているのに脚本が白紙だったんです。


「いま思い出してもしんどい」

ほし:
ええぇ!?

上田監督:
本当に苦しかったですね。

『カメ止め』より面白い作品をつくらなきゃ!っていう亡霊が取り付いて、それを引き離すのに相当時間がかかりました。

ほし:
クランクインまで時間がないのに脚本が白紙だったことは、みなさん知っていたんですか?

上田監督:
もちろん。

ホワイトボードを引っ張り出して、みんなに「アイデアちょうだい!!」ってお願いしてました(笑)。

ほし:
監督というとリーダーとしての威厳も必要だと思うんですが…なぜ助けを求められたんでしょうか?

上田監督:
僕はこれまでいろんな逆境を経験してきて思うんですけど、逆境に立ち向かうなら、見栄は1秒で捨てたほうがいい。



上田監督:
僕はぶっちゃけ、“威厳ある監督”ではないかもしれません。でも虚勢を張って、人と上っ面のコミュニケーションを取ることだけはしたくない。

「威厳のある人」より、「信じられる人」でいたいんです。

ほし:
「信じられる人」か…

上田監督:
僕、岡本太郎の「イバラの道に傷つくことが、また生きる喜びなのだ」って言葉が大好きなんです。

失敗が成功のもとになる、って考えじゃなく、失敗自体が人生の“楽しさ”そのものなんだって。すごくいい言葉じゃないですか?

ほし:
「逆境が好きだ」と公言する監督のルーツを感じさせる言葉ですね。

上田監督:
だからいつも、前途多難な選択をしてしまうんです(笑)。

その道を共有できる仲間たちと「ピンチきた〜!」って笑ってる瞬間が、人生で一番喜ばしいんですよね。

「正直でいること」は、仲間とイバラの道を楽しむための、最低限のマナーです。信じ合えていないチームは、逆境に負けてしまうから。



ほし:
監督の人生は、いつもそんなに前途多難なんですか…?

上田監督:
そうっすね、“ピンチなのがデフォルト”みたいなとこあります。

20代のころは、お金さえあればいい映画を撮れる!と思っていて、資金調達のためにカフェを建設しようとして失敗したり、マルチ商法まがいの商売に足をつっこんで借金200万円を抱えたり…


デフォルト状態がヤバすぎる

20代よ、「下積み」を楽しめ

ほし:
ところで上田監督は、映像の学校にも通わず、映像業界での下積みもせずに『カメ止め』を制作したんですよね?

上田監督:
そうです。「下積みって必要ですか?」と質問されたら、きっと今でも「いらねぇよ」って言っちゃうと思う。



ほし:
仕事に専門知識なんていらない、と?

上田監督:
いや、知識はもちろん大事ですよ。

なんていうか…下積みって言葉が「耐えマインド」だからよくない。

ほし:
耐えマインド…

上田監督:
下積み必要ですか?って聞いてる時点で、「本当は嫌だけど耐えないとダメ?」って感情が入ってますよね。

耐えマインドになった瞬間、ぜんぶに「苦」のフィルターがかかるんですよ。「イバラの道」を成長の喜びとしてじゃなく、「しょうがない」ってとらえる。

そんな時間を重ねてたら、いい仕事ができるようになる前に、離れてしまうと思う。



上田監督:
あとから振り返って、「楽しく過ごしてたけど、結果的にあれが下積みだったなぁ」って思えるような時間の使い方のほうが、本質的だと思います。

ほし:
資金調達のためにいろんな挑戦と失敗をしたことが、監督にとっての下積みになっているんですね。

上田監督:
そうですね。近道を狙ってずいぶんと遠回りをしましたが(笑)。

型にはまらずたくさん挑んで失敗を集めたことが、結果的に『カメ止め』の大ヒットにつながったと思ってます。

「下積み頑張ろう」ってマインドだったら、この世に『カメ止め』は生まれていないでしょうね



仕事に対して「幸せにしてほしい」なんて思ってない

ほし:
上田監督とお話ししていると、本当に映画を撮ることが好きで、幸せなんだなというのが伝わってきますね…

上田監督:
その通りですよ。

でもね、不幸になっても別にいいんです。



ほし:
不幸になってもいい?

上田監督:
最初から「この仕事ができるなら不幸になってもいい」と思っていますから。

恋愛と同じだと思います。「不幸になってもいいから一緒にいたい」と覚悟のうえで一緒にいるなら、そもそもどんな不幸も想定内。

ほし:
「一緒にいること自体」が、どんな不幸をも上回る幸福なんですね。

上田監督:
そうそう。「映画を撮って幸せになりたい」とか「幸せにしてほしい」なんて思ったことはない

「没頭できるなら不幸になってもいいや!」って思える仕事を選んだら、無敵なんです。

みんな、そういう仕事をしてこうぜって思いますね。

恋愛と同じだから、仕事からも“予定調和”を排除したい



ほし:
今回の映画、『スペシャルアクターズ』は、物語をつくってから役者をキャスティングするのではなく、“オーディションで役者を決めてから物語をつくった”とお伺いしました。

全国150の劇場で公開が決まっている作品のつくり方としては、かなり異例ですよね。

上田監督:
恋愛と一緒ですからね。“予定調和”がイヤなんですよ



上田監督:
物語ありきでキャスティングをすると、どうしても演技が不自然になる瞬間が生まれてしまう。その帳尻を合わせるような撮り方はしたくなくて。

主人公に選んだ大澤数人は、ここ10年で3本しか芝居の仕事をしたことがなかった。この作品の予告がテレビで流れるまで、実の父親も役者をしてることを知らなかったんです。

ほし:
見たことのない俳優さんだとは思ってましたが、まさか10年で3本とは…!

上田監督:
この映画は、売れない役者が緊張やプレッシャーで気絶しそうになりながら奮闘するストーリー。大役を急に任されることになって、彼もプレッシャーのなか本気で気絶しそうになりながら演じてたんです。

虚実がないまぜになった、彼の物語を撮りたい。そういう思いから、ようやく『スペシャルアクターズ』の脚本が始まりました。

出典 (C)松竹ブロードキャスティング
気絶しているのが、主人公を演じる大澤数人さん

上田監督:
僕も大スランプにおちいって、毎日、気絶しそうで…

結果的に死に物狂いのなかでつくった「自分を救う物語」にもなりました。

自分で選んだイバラの道とはいえ、恋愛はやっぱり難しいですね(笑)



資金不足や長時間労働についてなど、最近は悲観的な声も多い映像業界ですが、「嘆いている暇があったら、改善のために前にを向いたほうがいい!」と上田監督。

読者の皆さんも、プレッシャーで押しつぶされそうになったり、チームの信頼関係が崩れそうになったりしたときには、

・正直になることで、仲間と「イバラの道」を楽しむ
・仕事は耐えるのではなく、恋愛のように没頭する

という、上田監督流の「逆境を味方にする方法」を実践してみてください。



〈取材・文=ほしゆき(@yknk_st)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=長谷英史(@hasehidephoto)〉

大注目の『スペシャルアクターズ』は、10月18日公開!

上田監督、大注目の劇場長編映画第2弾『スペシャルアクターズ』は、またもやワークショップで発掘した、個性豊かなノンスター俳優15人と抜群のチームワークを見せる快作に仕上がった!

主人公は緊張すると気絶してしまう売れない俳優の和人(大澤数人)。

ひょんなことから、和人がカルト集団を撃退する計画の要に選ばれてしまう。果たして和人はこのミッションを成功させることができるのか?

スペシャルアクターズ | 2019年10月18日(金)公開
http://special-actors.jp/

出典 Youtube