長篠合戦図屏風(徳川美術館蔵)=より


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1 米国は決心した!

 ここに来て、米国は、中国の接近阻止・領域拒否(A2/AD)戦略遂行の初動である第1列島線への短期高烈度の戦いを跳ね除け、中国軍に勝つことを決心し、その対中戦略・作戦をほぼ完結させた模様である。

 というのも、米国の戦略予算評価局(CSBA)が、2019年5月に海洋圧迫戦略(Maritime Pressure Strategy、MPS)を発表したからだ。

 MPSは、Air Sea Battle(エアシーバトル、ASB)では曖昧であった部分を補強し、対中国戦略を事実上完結させたものであり、その意味は極めて大きい。

 これまでの経緯を見れば、ASBをはじめとするCSBAの考え方は国防省の戦略そのものになっていることから、間違いなく米国の戦略の主要部分となり、これで米国が2010年から検討を進めていたASBが10年がかりで、ついに完成したことになる。

 ただ、米国では、開発途上の作戦構想やアイデアごとに「戦略」の名を付すので、全体像が分かりにくい。

 正確には、この10年にわたる論争を経た、その全体の変化を捉え、組み合わせないと作戦・戦略の全容は見えてこないのだ。

 要は、従来のASBの海空軍を主体とした「動的戦力」と今回のMPSの陸軍・海兵隊を主体とした地上発射かつ機動型の、いわゆる「静的戦力」を組み合わせ、そのうえでそれぞれの領域を大胆に跨ぎながら、統合作戦で戦うというものである。

 これは、防勢的ではあるものの、自衛隊が2009年以来、具体化してきた南西諸島防衛の作戦・戦略そのものである。

 わが国では、米国が当初に打ち出したASBに目を奪われるあまり、いくら第1列島線に地上発射型ミサイルを配置する意義を陸自関係者が説いても、軽んじられてきた。

 しかし、米国からの逆輸入によってその重要性が認識され、日本のマルチドメイン(領域横断)の戦いが完成するなら、望ましい方向への戦略転換として歓迎しなければならない。

2 日米は、逆の道を辿って一体となる!?

 米国のASBは、海空軍の打撃力を中心として構想が発展していったものだが、陸軍・海兵隊がこの変化に背を向け彼ら自身の意識改革が上手くいかず、結果取り残されていた。

 まず、大きな変化を見せたのは米海軍であった。

 米海軍は、中国のA2/AD戦略に翻弄されるのではなく、中国が保有する対艦ミサイルの射程以上の長射程対艦ミサイルを多数装備化し、積極的に中国艦隊の撃滅、すなわち「船を沈める(潜水艦を含む)」ことを目標とした「Distributed Lethality(分散した態勢からの打撃)」に戦略を変えたが、その意味は大きかった。

 それを主導したのが太平洋軍司令官であったハリー・ハリス海軍大将である。

 彼は2017年5月、中国の侵攻を抑止するため陸軍が陸上自衛隊のように第1列島線に前方展開して縦深防御態勢を構築し、その態勢をもって米海軍作戦を強力に支援するため、「電磁波領域で優越を獲得するとともに中国海軍を撃滅すること」、すなわち「船を沈める」ことを強く要求した。

 そして、海軍演習であるリムパックで米陸軍が「船を沈める」ことを義務づけて、米陸軍の意識改革を強く迫ったのである。

 これら一連の流れに触発された米陸軍は、この2〜3年の間に地上発射型の対艦・対地ミサイルを第1列島線へ展開することの大きな意義について再認識した。

 これにより、今回のMPSでASBとの一体化に成功し、米海兵隊も「可及的速やかに長射程対艦ミサイルを要求する」として、「船を沈める」作戦に参画を表明した。

 ここに陸海空軍・海兵隊が一体化した対中マルチドメインバトル(MDB)(日本のクロスドメインの戦い方と同じもの)がいよいよ本格化することになった。

 このように米国、なかでもCSBAや米海軍大学などは、日本が迷走している間、逆に自衛隊の南西諸島防衛から地上発射型ミサイルの存在が海上作戦において死活的に重要な影響を及ぼすことを学び、米陸軍の強烈な反対に怯むことなく粘り強く意識改革を実施したのである。

 また、筆者らが2015年にCSBAや海軍大学を訪問した際、米海軍の論文である「War at Sea Strategy」に強調されている「中国本土への攻撃を避け」「海洋に作戦を限定して決着をつける」作戦を日米で実行すべきであると提言したことを米国は真剣に受け止めたと考えられる。

 さらに、2018年には、陸自と米陸軍は共にリムパックに参加してその有用性を証明し、また、陸自と米陸軍の戦略対話で作戦構想の一致に努力した結果がMPSに反映されたとみて間違いない。

 一方、日本では南西諸島防衛の手始めとして、非公開ではあったが陸海空自の対艦・防空ミサイルを一体化した演習を2009年から始め、MDBの面で米国に先行した。

 しかし、防衛計画の大綱では、海空決戦の蓋然性が低下する状況であったにもかかわらず、海空優先を謳って防衛費の増大を招き、あるいは、国土を取られないことを重視すべきところを取られた後の奪回作戦に比重を置くなど、想定される南西諸島作戦の実際と防衛力整備の間で大きなかい離ができてしまっているのが現状だ。

 ここで専門用語を並べても、なかなか理解しづらいであろうから、戦国時代の戦史と比べながら全体像を解説してみよう。

3 長篠の戦いと現代の戦い

 歴史に似たことはあっても、同じことは起こらない。しかし、大きな歴史の流れの中で見ると、元寇の危機は終わっておらず、第2の元寇が繰り返されようとしている。

 すなわち、中国は、第1列島線バリアの克服のため、日本や台湾などへの懐柔政策と同時に軍事行動による威嚇を行っており、米国の出方によっては第1列島線への軍事行動に発展する可能性が否定できない時代に入ってきた。

 この軍事的危機に対応するのが日米の作戦・戦略であるが、現代の完結型ASBや陸・海空の戦いを歴史的に見ると、「戦理」において同じであることがよく分かる。

 作戦的に見ると、南西の防衛で自衛隊がやろうとしていることも、米陸軍・海兵隊がやろうとしていることも、徳川・織田連合軍が長篠で武田の騎馬軍団を打ち破った戦い方と同じことを追求している。

 徳川・織田連合軍は、長篠で「馬防柵」を作り、ここから鉄砲を連射することで襲来する武田騎馬軍団をほぼ壊滅させた。

 その馬防柵が南西諸島であり、第1列島線である。

 「鉄砲」は地上発射型のミサイルということになろう。そしてこの場合、「武田の騎馬隊」は中国海空軍である。

 一方、米軍を中心とする海空軍は、飛び道具であり、「味方の騎馬隊」でもある。

 誤解を承知で言うならば、騎馬隊の戦い方を律するものが従来のASBで、馬防柵を使った鉄砲の運用がMPSである。

 戦いにおいては、馬防柵からの射撃で混乱した「敵騎馬隊」を「味方の騎馬隊」が殲滅する。

 さらに、馬防柵の中に「潜り込む攻撃」すなわち海上民兵に輸送される精強部隊の攻撃と、国防動員法で動員された民間人を装ったゲリラを壊滅するのは、馬防柵を守る日本など第1列島線の国々の自力対処に委ねられる。

 他の戦史を見ても同じことがいえる。

 騎馬隊を戦車に置き換えるなら、第3次中東戦争で無敵を誇ったイスラエル戦車隊が、エジプト軍の歩兵部隊が保有する「安上がりのサガー対戦車ミサイル」で、一挙に壊滅されたことに類似している。

 長篠の戦いと現在で異なるのは科学技術の進歩の差である。

(1)日米の地上部隊は、情報の優越と相まって、「長く賢い槍」(長距離のミサイル)を保有することにより、「敵騎馬隊」の発進地域あるいはその奥まで、一挙に攻撃が可能である。

 さらに、(2)米海空軍、海空自も同じように「長く賢い槍」を保有することにより、馬防柵の前に出なくとも「敵騎馬隊」を壊滅することができる。

 すなわち、第1列島線に守られた太平洋側から比較的安全に攻撃ができるということだ。

 過去になかったことと言えば、(3)電磁波領域の支配により、戦いの道具が使えなくなったり、壊れたりする時代、すなわち、「ゲームチェンジャー」が戦場を支配する時代になったことだ。

(残念ながら今、この根幹となる技術と技術者が米中に取られそうになっている)

 また、(4)地下から攻撃をするモグラ作戦、すなわち「潜水艦などによる水中の支配」は決定的な意味を持っている。

 兵糧を考えると騎馬隊の「馬」を敵の槍から守り餌も与えなければならないだろう。

 残念ながら日本は、民間の飛行場はあっても日米共同訓練でも使用できず、そこには航空機が分散し生き残り戦い続けるための弾薬も燃料も集積されていない。

 パイロットも十分な人数がいない。モンゴル騎馬隊は、1人が3〜4頭の馬を引き乗り換えながら戦ったが、現代では1機につき3〜4人のパイロットが必要である。

 陸海空自共に人、装備・部品そして弾薬が大きく不足しているが、その事実に政府は何時まで目や耳を塞いでいるのだろうか。

 日本の海空優先論者はよく考えてほしい。

 あなた方は、長篠の戦で馬防柵も鉄砲もいらないと言い、優勢な武田の騎馬隊に劣勢な騎馬隊だけで勝てると言っていることに等しいのである。

 近代化と増勢に邁進している「武田の騎馬隊」すなわち「モンゴル騎馬隊(中国海空軍)」に、対称戦力である少数の騎馬隊(海空自)だけで立ち向かおうと言うのか?

 それは、戦理という常識に欠け、無謀な防衛費の増大を招くだけだ。もちろん、騎馬隊は必要不可欠だが、それだけでは日本は守れないし、不確実だと言わざるを得ない。

 味方の騎馬隊が少ないがゆえ、馬防柵が必要だし鉄砲も必要だ。

 むしろ馬防柵や鉄砲は、味方の騎馬隊が有利に戦う土俵を提供し、併せて国民も守っていることを忘れてはいけない。

 バランスの取れた防衛力を語るときには、ちゃんとした「戦理」に基づいた考え方が必要である。その意味で現防衛大綱の考え方はアンバランスだ。

 このような戦理を頭に描きながら、日米の戦略の考え方を理解していただきたい。

筆者:用田 和仁