イスラムビジネス、爆発する20億人市場を狙え【1】江崎グリコ
世界人口の約2割を占め、出生率も経済の伸びも著しいイスラム圏。東南アジアから、中東、アフリカまで広がる海外の巨大市場に加え、急増する観光客をターゲットに国内市場も動き出した。そんなイスラムビジネスの最前線をレポートする。
■イスラム市場への通行手形「ハラル」
今、イスラム圏を目指し、ビジネスを拡大する日本企業が増えている。なぜイスラム市場が急速に脚光を浴びているのだろうか。
まず、領土問題や人件費上昇などを受けて、中国など東アジアから主に東南アジアにビジネスをシフトしようという企業が増えていることが影響している。東南アジアや中東、アフリカにまで広がるイスラム教徒の人口は16億〜18億人といわれ、世界の2割程度を占める。彼らを対象とした市場は日本円で50兆円との試算もあり、存在感は年々増しているようだ。特に東南アジアは平均年齢が若く将来性が見込めるうえ、中間層が拡大してきて市場も成熟しつつある。
さらに今年7月、日本政府はタイ、マレーシアからの旅行者のビザ免除、インドネシアからの旅行者には数次ビザの滞在期間を延長するなど東南アジア諸国に対する観光ビザ発給条件を緩和。円安も追い風になり、東南アジアからの観光客が急増しており、観光客向けのビジネスを展開せんと動き出した企業が増えている。
イスラム教徒に対してビジネスをするうえで鍵となるのが「ハラル」である。ハラル(Halal)とはアラビア語で「イスラム法的に許されたもの」を意味する。一方、その対義語はハラム(Haram)と呼ばれ「許されていないもの、禁じられたもの」としてムスリム(イスラム教徒)の間では区別されており、たとえば飲食物に関しては、豚肉やアルコールなどがこれに当たる。
「ハラル」であることを証明しているのが「ハラル認証」だ。特定の認証機関から認証を取得したら、自社の商品にハラルマークをつけることができる。ハラルは食品だけでなく、化粧品などにも適用される。
同じムスリムでも、どの程度ハラルを気にするかは地域や個人差によるが、ハラルマークがない商品は絶対に手に取らないという敬虔な人も多い。ゆえにイスラム圏を目指す企業にとってハラル認証の取得は、まさに同商圏への“通行手形”であり、市場を拡大するための第一歩だといえる。
そんなハラル認証を受け、事業拡大に取り組む日本企業はここ1、2年で急激に増えている。味の素は2012年にインドネシアに工場を建設、旨味調味料「ほんだし」に相当する「Masako」を製造する。キユーピーも10年、マレーシアに工場を設立、ハラル対応のマヨネーズを製造、販売拡充に動き出している。
そうした勢いを裏づけるように12年10月に東京・池袋に事務所を構えたばかりのハラル・ジャパン協会代表理事、佐久間朋宏氏によると、多いときにはメールや電話で1日15〜20件もの問い合わせが入るという。佐久間氏によると「日本全国の大小さまざまな企業がハラル認証に向けて動き出している。特に食品、化粧品やホテル業界、商業施設、レジャー施設などからの関心が高い」という。
「まだ、動き始めたばかり」(佐久間氏)といわれるハラル・ビジネスの最前線を追いかけてみた。
■ビールジョッキはパッケージにNG!
「今年初めにタイでハラル認証を取得しました。もちろん、マレーシア、インドネシアへの輸出拡大を念頭に置いての戦略ですよ」
こう切り出すのは江崎グリコ海外事業推進部長、堀田暁氏だ。
同社は1970年にタイに進出、看板商品である「ポッキー」や「プリッツ」をはじめとした菓子の現地製造・販売を行ってきた。従来よりタイで製造した商品をイスラム教徒が多いインドネシアやマレーシアで販売してきたが、販売拡大のために、ハラル認証が必要不可欠なものだと判断した。
「マークがなくても販売はできるのですが、最近、商談の際にハラル認証のことを聞かれることが頻繁になってきたので、ついに取得に向けて動き出したのです」と堀田氏は語る。
同社は11年にタイで洪水被害に遭い工場を再建することになったが、その際、主力商品についてすべてハラル認証を取得することにした。中心となるのは「ポッキー」だ。素人から見ると「えっ、アルコールや豚肉が入っているの?」と思ってしまうが、ラード(豚脂)由来の乳化剤を使用しているので、原料を変更する必要があったのだと堀田氏はいう。
原料を変えても味に変化はない。最も苦労したのは、監査に合わせ、禁止物質(ハラム)を使っていないという「証明」を1つ1つ取っていくことだった。
以前、タイ駐在していた同社海外事業推進部の矢野貴義氏は語る。
「タイなど東南アジアで仕入れる原料はたいてい問題がなかったのですが、日本から一部輸入している原料については、日本のメーカーのハラルに対する認識や知識がまだ乏しく、なかなか証明を出してもらえなかった。そのような場合、独自に検査して証明する必要があり、かなり苦労しましたね」と打ち明ける。
認証を取るためには中身だけでなく、パッケージや工場、生産、梱包、物流までが審査の対象となる。たとえば、「プリッツ」のシンガポール向けのパッケージにビールジョッキがデザインされていたが、これが「アルコールを連想させる」としてデザイン変更することになった。ハラル商品とそれ以外の商品の工場の敷地まで別にしなければ許可が下りないこともあるという。
こうしたことは、日本人にはどうしても理解や想像が及ばないこともあり、審査の過程で改善を指摘されることも少なくないようだ。60年代にインドネシアに進出、認証を取得していた味の素の製品の触媒に豚由来の酵素が使用されていると指摘され、日本人を含む現地社員が警察に拘束されるという事件があったことを記憶している人もいるだろう。
各国の認証機関によって少しずつ基準が異なるので思いがけない“やけど”を負うこともある。味の素はその後、ビジネスを再び軌道に乗せたが、イスラム圏への進出はそれなりのリスクを伴う、ということを考えさせられた事件だったといえる。
(ジャーナリスト 中島 恵=文 小林禎弘=撮影)
