[写真]=足立雅史


「スタンドから手渡された時はちょっとビックリしたけど、僕が持って歩いたら宮城県の人が喜んでくれるかなと思ったんです。それが今日一番の目標でしたから」

 3月29日に行われた復興支援チャリティーマッチの終了後、場内を回る仙台MF梁勇基が抱きしめていたのは、チームマスコットであるベガッ太くんの巨大なぬいぐるみだった。被災地、そして被災者を代表する気持ちを持って試合に臨んだ彼にとって、この試合を通じて支援の手を差し伸べてくれる日本や世界に対して感謝の意を伝えることが大きな目標だった。だが、やはりホームタウンで苦しむ人々に力を与えられたらという想いを心に秘めていた。

 そしてスタンドから梁勇基にぬいぐるみを手渡したのは、仙台で試合後にパフォーマンスをスタートさせ、選手とサポーターを強く結び付けた岡山一成さんだった。「最近、リャンと一緒に自主トレをしていて、昨日もホテルで話をしたんですよ。ぬいぐるみは僕が家から持ってきて、試合後にゴール裏から『リャーン!』って大声で呼んで手渡しました。せっかくの機会なのに一番後ろを歩いていたので、もう少しテレビ映りのいいところに行ったらいいのに……と思ったんですけどね」と苦笑いしたが、元選手の岡山さんも自分が愛した仙台の被災に胸を痛め、ピッチの外から被災地、そしてスタジアムへ訪れたサッカーファンへメッセージを伝えようとしていた。

 試合前夜、岡山さんから相談を受けた。

「仙台から大阪へ来ているサポーターを紹介してもらえませんか。スタジアムで一緒にいろいろなことを呼び掛けたいんです」

 岡山さんの話によると、仙台から大阪へ向け、一人のサポーターが困難な交通事情を乗り越えて移動しているという。電話を受けてすぐに仙台在住の担当ライターさんに相談して連絡先を入手。東名高速の海老名SAにいた彼をつかまえることができた。仙台から向かっていたのは、昨秋からコールリーダーを務める高橋登さん。ユアスタのサポータースタンド前に張ってある「GET THE GLORY」の巨大な横断幕を長居スタジアムに掲げるために西へ向かっていた。その彼に岡山さんの気持ちを伝え、試合前にミーティングをすることになった。

 その席上で高橋さんからユアスタを含め、被災地の写真を見せてもらった。被災したサッカーファミリーから生の声を聞き、岡山さんの想いがどんどん強くなっていく。

「この状況にサッカー選手の自分に何ができるのかを考えると、無力感しかないんです。サッカーなんかやってていいのか、自分に何ができるんかって……。いろいろなことをしたいけど、僕には何もできひんかった。届かないかもしれないと思っている想いを、どんな形でもいいから伝えたかった。今日は俺も全力で協力させてもらいます。一緒に応援もする。俺たちが気持ちを伝えなあかん。後ろには何万人ものベガルタサポーターがいる」

 岡山さんの想いに高橋さんが応える。

「僕、『TWISTED』を歌いたいんです」

「それが一番やと思う。歌おう! 届けよう! 歌詞を知らない人がいるかもしれないから、一緒にスタジアムを回ろう。俺、みんなに歌詞を覚えてもらえるまで歌うから。今日は俺たち2人がベガルタ仙台だと思って頑張ろう!」

 18時過ぎ、日本代表サポーター「ウルトラスニッポン」の協力を得て、2人がスタジアムを回る。バックスタンドからアウェイ側ゴール裏、そしてメインス タンドへ――。各所で高橋さんと岡山さんが拡声器を持って仙台の状況と復興支援への協力を呼び掛け、『TWISTED』を歌う。途中、仙台から足を運んだ サポーターと岡山さんが泣きながら無事と再会を喜び合うシーンも見られた。チャリティーマッチに様々な人の想いが寄せられていることを目の当たりにした。 そしてホーム側ゴール裏へ戻った後、その日一番の歌声が長居スタジアムへ響き渡る。時計が指している時間は19時。偶然にも、ちょうどテレビ中継の事前番 組がスタートするタイミングだった。

「ベガルタ仙台! Go! 行くぞ仙台! 俺たちとともにReady Go!」

 これまでサポーターが選手を鼓舞していた『TWISTED』が、電波に乗って長居スタジアムから仙台の街、そして被災地全体を励ます歌に変わる。試合中 には「いざゆけニッポン!」と歌詞を変え、日本中が一丸となるように“共闘”を促した。「仙台! Let's Go!」という応援も、「ニッポン!  Let's Go!」にアレンジされた。

「共闘」

 高橋さんによると、この2文字は以前から仙台の選手、スタッフ、サポーターが共通して一番大切にしてきた言葉だという。それが高橋さんと岡山さんの2人が日本中に伝えたいことだった。

 試合では遠藤保仁が先制の直接FKを決めた後、日本代表がベンチ前に集まって腕に巻いていた喪章を天に掲げた。Jリーグ選抜は2月で44歳になったカズ (三浦知良)が魂のゴールを決めると、カズダンスで指を天に突き上げた。試合前、岡山さんは「今日、長居の人を一つにできなかったら、全国を一つにするこ とはできひん」とつぶやいていた。実際、被災地へ何が伝わったのかは分からない。テレビを見られない人も多かったことだろう。だが、長居スタジアムではスタンドで、ピッチで、強い想いを抱く人たちが何かを届けようと全力を尽くしていた。岡山さんが望んだとおり、少なくとも長居スタジアムは一つになっていた と思う。

 試合後、岡山さんに話を改めて聞いた。

 「今日はみんなが『TWISTED』を歌ってくれた。ここからは僕たちが伝えたかったことを、スタジアムに来てくれた人やテレビやラジオを視聴してくれ た人がどう感じて、どう動いてくれるかなんですよね。Jリーグが再開した後、仙台と対戦するチームが試合結果にかかわらず、試合後に『TWISTED』を歌ってくれたらうれしい。僕は4月からプロ契約を勝ち取るためにスペインへ行くんですが、リャンに渡したベガッ太くんのぬいぐるみを持って行きます。自分にできることは多くないけど、そこで仙台の話をして、少しずつだけど支援の輪が広がるように動いていきたい」

 長居から全国へ。そしてスペインから日本へ。本当に「共闘」の輪を広げていくのは、ここからだ。

 頑張ろう、ニッポン! 一人ひとりにできることを。

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【青山知雄@tomoo_aoyama】1977年生まれ。日々、J各クラブの番記者と連絡を取り、“面白ネタ”を収集。日本サッカー界に強力なネットワークを持つ。日本で唯一のJリーグ専門誌『Jリーグサッカーキング@JSK_JSK』の編集長を務める。