The論点

 国立公園の登山者に対し、地元自治体が入山料や協力金をとるケースが増えています。

 登山道管理や野生生物保護の費用を利用者に負担してもらう狙いですが、登山者減少や観光への悪影響を心配し、徴収に二の足を踏む自治体も。安全確保などのコストは、誰が払うべきでしょうか。

[A論]安全保つ必要経費…富士山は1人4000円

 富士山(富士箱根伊豆国立公園)では、地元の山梨、静岡両県が登山者から1人4000円の入山料を徴収しています。頂上を目指す登山者は、四つある登山道のいずれを使っても、インターネットで事前決済するか、登山道の入り口に24時間常駐する係員に直接支払わなければなりません。

 徴収は、山梨県が2024年に始め、翌年には静岡県も足並みをそろえました。25年度の「収入」は、山梨県が約5億9138万円、静岡県が約4億105万円で、噴石や落石から登山者を守るシェルターやトイレ、救護所の整備などに充てられました。山梨県側「吉田ルート」7合目にある山小屋「日の出館」の中村薫副館長(50)は入山料について、「宿泊客は減っていないので、登山者の理解を得られていると感じる。安全対策も加速している」と評価しています。

 国立公園の主な歩道や施設は自然公園法に基づき、国や自治体などが維持管理をしていますが、22年の環境省の調査では、歩道や施設の4割に異常が見つかりました。一部の国立公園では行政に代わり、山小屋や地元の山岳会が歩道などの補修を担ってきましたが、近年は人手不足から民間頼みも限界に来ているとみられています。

 そこで注目されるようになったのが、「負担は受益者である登山者に」という考え方です。

 富士山のように入山料の負担が義務化された場所のほか、協力金などとして任意に支払うケースもあります。同省によると、全国の35国立公園のうち16か所で支払いの仕組みが導入され、登山道の補修などに充てられています。

 新潟県妙高市では20年から、妙高山と火打山(いずれも妙高戸隠連山国立公園)の登山者を対象に、任意の入域料(1人500円を目安)を集めています。国の特別天然記念物・ライチョウの保護を目的に、餌となる植物の回復にかかる費用や、雨で浸食されるなどした登山道の修復費に使われています。

 市では、自然環境を守る意識を高めてもらうため、入域料の使い道を解説したり、入域料で整備した場所にライチョウの刻印入りのくいを打って目印にしたりといった取り組みを行っています。そのおかげで、昨年度は登山者の約8割から過去最高の約510万円を集めました。

 山岳ガイドの中野豊和さん(50)は「山の維持管理は無料でないことや、自然に負荷をかけない楽しみ方を知ってもらい、登山者の意識を高めるきっかけになる」とメリットを語っています。

[B論]負担増は足遠のく…広い恩恵、公費手厚く

 たとえ任意の協力金であっても、導入に慎重な自治体もあります。

 群馬、福島など4県にまたがる尾瀬国立公園。木製の遊歩道を歩いて本州有数の湿原に咲くミズバショウを楽しめる人気の観光地です。ただし新型コロナウイルスの感染拡大で客足は遠のき、昨年の登山者は約17万人と、6年連続で20万人を割り込みました。

 尾瀬でも、遊歩道の修復費用などを念頭に、協力金導入の議論が行われています。関係自治体の会議では、群馬県が導入に積極的な姿勢を示す一方、福島県は慎重な立場をとっています。登山口を抱える同県檜枝岐(ひのえまた)村の平野信之村長は「利用者負担は、来訪者の減少を招く恐れがある」と懸念を示しています。

 「物価高で財布のひもは固い。登山者以外からも寄付を募るような手法に力を入れるべきだ」。尾瀬山小屋組合副組合長で、同村の山小屋で働く平野陽一さん(42)は取材にそう訴えます。結局、足並みがそろわないまま、群馬県だけが今夏から試行的に始めることになりました。

 そもそも尾瀬のように広域だったり、入山口に職員がおらず24時間開放されていたりする場所では、全ての登山者に平等に負担させること自体が難しそうです。

 磐梯朝日国立公園(福島、山形、新潟県)で歩道整備を手がけている山岳会メンバーの70歳代男性は「各登山口に徴収のための人を配置すれば、手間も経費もかかってしまう。入山料などをとる案は地元からは聞こえてこない」と導入に否定的です。

 一方で、入山料や協力金を導入しない場合は、公園整備に使える財源について、導入した自治体との間で「格差」が生じる恐れがあります。

 整備にかける公費を手厚くすべきだとの意見も出ています。国立公園の総面積は国土の6・5%を占め、山岳地帯から流れ出る河川は都市部の水源となっています。横浜国立大の加藤峰夫名誉教授(環境法)は、国立公園の「恩恵」は登山者に限らず、国民が広く受けているとして、「公園全体の維持管理は公費を基本とするのが妥当だ」と話します。

 このほか、ふるさと納税やクラウドファンディングで寄付を集める自治体も少しずつ増えてきています。

 北海道大の愛甲哲也教授(造園学)は、「登山者の安全確保や生態系の保護に必要な費用を明確化した上で、国や自治体、住民、事業者らが地域の実情に合わせて議論し、納得できる方法を選択していくことが大切だ」と話しています。

日本の山 訪日客魅了

 日本生産性本部のレジャー白書によると、2024年の登山人口は490万人と推計されています。日本で登山が大衆化したのは江戸時代と言われていて、「目で見る日本登山史」(山と渓谷社編)によれば、富士山と立山(富山県)、白山(石川県など)が3大霊場として人気を集めました。

 20世紀初頭には、鉄道やバスなど交通機関の発達を背景に、大正の登山ブームが起きました。北アルプスの玄関口・上高地(長野県)が観光地化され、登山地図が発刊されるようになったのもこの頃です。戦後には、登山家で作家の深田久弥の随筆「日本百名山」(1964年)がベストセラーとなり、中高年を中心にした新たな登山ブームを巻き起こしました。

 近年は外国人観光客の人気も高く、25年に国立公園を訪れた外国人は約988万人(速報値)と、コロナ禍前の19年比で5割増となりました。公園別では富士箱根伊豆(静岡県など)が約486万人、阿蘇くじゅう(熊本、大分県)が約117万人、瀬戸内海(兵庫県など)が約102万人でした。

 日本の山の魅力を将来にわたって維持するためにも、登山道や施設の維持管理費をどのように捻出するかは重要な課題です。環境省は今年3月から、利用者負担について国立公園で行われている事例をまとめ、ホームページで公開しています。入山料や協力金のほか、登山者以外も対象とするふるさと納税などを例示し、自治体などが導入する際の手続きや注意点を紹介しています。(社会部 戸田貴也、木村誠)

[情報的健康キーワード]パブリシティー権

 著名人が自分の名前や肖像などを独占的に利用できる権利を「パブリシティー権」と呼びます。明文化した法令はなく、雑誌記事に無断で写真が使われたとしてピンク・レディーが権利侵害を訴えた訴訟の最高裁判決(2012年)で、権利として認められました。

 判決では、パブリシティー権侵害を認める基準として▽肖像そのものを鑑賞の対象として商品化▽商品を差別化する目的で肖像などを添付▽肖像などを広告に使用――の3類型を示し、専ら顧客を引きつける利用目的なら違法としました。

 近年は生成AI(人工知能)で声優らの声を無断利用した動画を作り、SNSに公開する行為が相次いでいます。法務省の有識者検討会は今夏にも、こうした行為に対しパブリシティー権などの権利行使が可能かを指針で示す方針です。