だから定年退職後にキレる老人が増える…精神科医が提案「波長の合わない人」に最適な"会話中の態度"
※本稿は、保坂隆『ムリなく気楽にちょうどよく 「ひとり老後」の人づきあいの知恵袋』(明日香出版社)の一部を再編集したものです。

■ひとり老後の高齢者に効く夏目漱石の名言
夏目漱石は『吾輩は猫である』のなかで、人づきあいについて「義理をかく、人情をかく、恥をかくの『三欠く』を実行すべし」と書いていますが、この言葉はひとり老後を送る高齢の人にこそふさわしい名言なのではないでしょうか。
本来はお金をつくる方法についての言葉ですが、むしろ老後の人間関係に当てはめるほうがぴったりきます。やっと社会的な制約から離れてすごせるようになったのですから、無理をしてまで人づきあいをする必要はないと思うのです。
もちろん、法事やお葬式のようになかなか避けて通れない場もありますが、60歳を過ぎた頃からは100パーセントおつきあいをしなくてもいいのではないでしょうか。
当主として家を継いだ場合などを除けば、親戚づきあいや冠婚葬祭も都合によってパスするケースも出てくるでしょう。
ある程度の年齢になると、友人や親戚を見送る機会も増えますが、葬儀のすべてに参列してお香典を包んでいたのでは、経済的負担も大きくなってしまいます。やはり、どこかで境界線を引いて、参加・不参加を決めなければなりません。
その基準はあくまでも自分の気持ちですから、どうしてもお見送りがしたいと思ったら、どんなに遠方でも出向くのが自然です。
しかし、よほど縁の深い人の場合を除いては、弔電やお便りでお悔やみを申し上げるだけでも失礼には当たらないでしょう。
■本当に大切な人とのおつきあいを深める
また、これは冠婚葬祭に招く側の手間や負担を軽くする意味もありますから、単なる不義理とはいえません。
「大変なのはお互い様」という考え方もありますが、若い頃はそれでよくても、年を取ると招く側の負担も大きくなります。出向くほうも迎えるほうも同様なのですから、お互いが「気持ちだけ」で簡素にすませても文句は出ないでしょう。
ただし、足を運ばなかったのなら、丁寧なお便りを差し上げるようにしましょう。セレモニーへの不参加を電話やメールですませるのは、ちょっと軽過ぎるかもしれません。
要するに、義理を廃して人間関係を絞ったぶん、本当に大切な人とのおつきあいを深めていけばいいのです。
老後のつきあいは「義理堅く」ではなく、「自分の心に正直に」。漱石の言う「三欠く法」を見習ってみてはいかがでしょうか。
■八方美人はトラブルのもとになる
定年退職したシニアのなかには、「多くの人から尊敬されたい」という社会的承認欲求が満たされていないと思い込み、些細なことでキレる人がいます。
その一方で、これとは正反対の形で社会的承認欲求を満たそうとする人もいます。「尊敬されるのが無理なら、相手にされるだけでもいい」と考え、みんなに気に入られようとするのです。
しかし、この気持ちが強くなり過ぎると、誰にでも都合のいいことを言う「八方美人」になってしまいます。
本人は「これでみんなと仲良くできる」「仲間に入れる」と思っているのかもしれませんが、八方美人的態度を取り続けていると、逆にみんなから敬遠されてしまいますから注意が必要です。
また、このように“外”で「いい人」「立派な人」を演じていると、“内”にその反動が来ることがあります。

みんなに好かれようとすれば、Aさんの前ではAさんの意見を受け入れなければなりませんし、AさんとギクシャクしているBさんの前ではBさんの意見に賛同しなければならないわけですから、これは明らかな自己矛盾です。
こんな矛盾を抱えていれば、反動で感情が爆発して当然でしょう。
■「ひとり老後」の上手な人間関係
ちなみに"内"とは家の中のこと。つまり、八方美人になればなるほど、その反動でDV(家庭内暴力)を起こしやすくなるということです。
極端な帰結と思うかもしれませんが、いわゆる外面がいい人や、外面を大事にする職業の人ほど、DVを起こしやすいという調査結果が出ているのです。
深刻な問題を起こさなかったとしても、そもそも「人に好かれたいから」といって誰にでも媚(こ)びるのは品がよくありません。シニアならなおさらです。
60歳を過ぎたら、「誰にでも好かれたい」という気持ちに振り回されるのはやめて、周囲を傷つけない範囲で自分の気持ちや考えを正直に伝えたほうがいいと思います。
その結果、相手があなたの気持ちを受け入れてくれなかったり、反発を受けたりしたなら、「この人とは縁がなかった」と考えればいいのです。
こうして自分に素直でいれば、無駄なストレスも感じないし、いつか必ずあなたの気持ちや意見に賛同してくれる人が現れます。「誰とでも」ではなく、そういう人とだけつきあうのが「ひとり老後」の上手な生き方だと思います。

■波長の合わない人とつきあうコツ
公私の別なく、多くの人にとってストレスの最大の原因といえば、やはり人間関係ということになるのではないでしょうか。
たとえば現役時代、「上司に仕事の進め方について相談に行ったところ、そっけない返事しかもらえなかった。自分は嫌われているのかも……」などと戸惑ったり、違和感を覚えたりしたことは多くの人が経験済みでしょう。
最初のうちは「ちょっと歯車が噛み合わない」と感じただけだったとしても、そんなことが何度も重なったり、コミュニケーションがなかなかうまく取れなかったりして、仕事に身が入らなくなったこともあったかもしれませんね。
こうした感覚は、残念ながらリタイア後も起こり得ます。
たとえば、マンションの隣人に対して「どうもウマが合わない」と思っていたとしましょう。
そんな隣人が住む部屋から騒音や悪臭が漏れてくるようになったとしても、日頃の行き来がないと、簡単には苦情を訴えられないものでしょう。まして本音をぶつけ合って腹を割った話などできません。
かといって簡単に引っ越すわけにはいかず、住み心地のよくない毎日になってしまいます。
しかし、手をこまねいていてもストレスが溜まるばかり。では、どうしたらいいのでしょう。
実は波長の合わない人とつきあうコツがあるのです。それをお教えしましょう。
■つかず離れずで、「みんな違う」と思えるか
まず、波長が合わないという事実を受け入れてしまうことです。相手の存在を否定するのではなく、「つかず離れず」という関係を維持するのです。

数学の「平行線」は、一定の間隔を保っていて、交差することはありません。
まさにこの平行線のように相手との位置関係を保てばいいのです。
どうしても接触せざるを得ないときは、必要最低限に留めておきましょう。
相手と波長を合わせようとするからストレスが大きくなるので、最初から「この人とは波長が合わない」と思えば気が楽になるはずです。
騒音・悪臭問題に関していえば、管理組合を介するというやり方もあるでしょう。
そうはいっても、なかなか思うようにはいかないという人は、「世の中には自分の価値観とはまったく違う人もいる。しかし、見方を変えれば、自分にはないものを相手が持っているということだ」と考えてみてはどうでしょう。
詩人の金子みすゞさんの詩に「みんな違って、みんないい」と詠った作品があります。そんな心境になれば、心に余裕が生まれるというものです。気の持ち方しだいで、波長が合わない相手であっても、つきあうことはできるはずです。
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保坂 隆(ほさか・たかし)
精神科医
1952年山梨県生まれ。保坂サイコオンコロジー・クリニック院長、聖路加国際病院診療教育アドバイザー。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学精神神経科入局。1990年より2年間、米国カリフォルニア大学へ留学。東海大学医学部教授(精神医学)、聖路加国際病院リエゾンセンター長・精神腫瘍科部長、聖路加国際大学臨床教授を経て、2017年より現職。また実際に仏門に入るなど仏教に造詣が深い。著書に『精神科医が教える50歳からの人生を楽しむ老後術』『精神科医が教える50歳からのお金がなくても平気な老後術』(大和書房)、『精神科医が教えるちょこっとずぼら老後のすすめ』(海竜社)など多数。
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(精神科医 保坂 隆)
