阿寒摩周国立公園内にある阿寒湖畔温泉/Iain Masterton/Alamy Stock Photo

(CNN)伊豆半島の黒根岩風呂は、太平洋から打ち寄せる波に手が届きそうな岩礁の上にある。

ここ北川温泉は、小さな漁港の町。月曜の午後に欧米からの観光客を見かけるような場所ではない。だから温泉施設の浴場に入っていく外国人女性を見て、私は少し驚いた。

女性は素早く周りを見てから、50度をゆうに超える熱い湯の噴き出し口に直行した。

そして迷わずお湯を手ですくい、自分の体にかけ始めた。

「熱い!熱い!あつい!」--女性は小さく飛び跳ねながら金切り声を上げる。肌がみるみる赤くなった。

女性が試みたのは「かけ湯」と呼ばれる行動だ。風呂に入る前には、だれもが体に湯をかける。だが温泉の入り口付近に掲げられた善意の注意書きが、女性を混乱させたようだ。そこにはぎこちない英語で「入浴の前にお湯をかぶってください」と書いてあった。

女性はその通りに従ったのだが、意味が違った。

「そのお湯じゃない――やけどしますよ!」と、私は湯船から叫んだ。「桶(おけ)を使って、風呂のお湯をすくうのです。噴き出し口ではなく」

私は日本各地の旅先で、絶えず同じような場面を目にする。外国人旅行者にとっては、こういう小さな誤解が旅全体を台無しにしかねない。

そしてまた、日本の温泉には裸での入浴からタトゥー(入れ墨)まで、目に見えないわなと暗黙の作法があふれている。

これは、私が温泉に心ひかれた理由のひとつでもある。私は日本で生まれ育ったが、大人になってからはほとんどずっと米国暮らしだった。久しぶりに帰国した私は、気づくと外国人のような目で温泉文化を再発見していた。

当初は、知らない人たちと裸で入浴することにさえ改めて抵抗を感じた。しきたりや入浴のしかた自体を学び直すうちに、温泉への好奇心が強まった。

知識が増えるにつれ、外国から訪れる人々にも、温泉を本来の意味で(サバイバル試験としてではなく、くつろぎの体験として)楽しんでほしいと思うようになった。

そんなわけで、私は温泉ソムリエの資格を取った。そう、これはれっきとした実在の資格だ。

最高の温泉を求め、これまでに北海道から沖縄まで3000キロ以上を旅して歩いた。温泉宿で働いたこともある。

温泉入門--厳格さの理由は

福地温泉は名古屋から列車とバスで約5時間の深い山あいに位置し、宿は11軒だけ。夜になると柔らかいオレンジ色の光の下に宿が浮かび上がり、幻想的な、時をさかのぼったような雰囲気を醸し出す。

街にすっかりほれ込んだ私は、ここで初めて温泉での仕事に就いた。職場は170年前の農家を改装した「草円(そうえん)」という宿だった。15の客室と三つの風呂があり、15人ほどの従業員が、宿泊客に最高の経験をしてもらおうと心を砕く。

だが、伝統や習慣にうとい外国人客を相手に苦労する場面もある。

草円は山深い場所にありながら、外国人旅行者の人気スポットとなっている。7年前に私が働いていたころの宿泊客は日本人と外国人が7対3の割合だったが、昨年訪れた時にはそれが逆転していた。

福地温泉全体でも同じことが起きている。英語を話せるスタッフの増員が遅れ、外国人の急増にまったく追いついていない。宿にとって外国からの客は大歓迎だが、対応に困ることも多い。

何が問題なのか。伝統的な温泉宿に泊まるのは、欧米式のホテルに滞在するのとはまったく別の体験だ。宿泊予約サイトのアゴダやブッキング・ドット・コムで部屋を取るのは簡単だが、サイトには宿の暗黙のルールやしきたりが書かれていないことも多い。

まずは、宿がほとんど軍隊のようなスケジュールで動いているという点だ。チェックイン、夕食、入浴、朝食、そしてチェックアウトの時間が決まっている。そう、きっかりその時間に、その場にいなければならない。

すべては日本の「おもてなし」というコンセプトに立ち返る。

正確な到着時刻を知りたいのは、スタッフが万全の態勢で出迎え、出来立てのお茶とお菓子を出すため。夕食の時間が決まっているのも、コース料理を完璧な仕上がり、完璧なタイミングで提供するためだ。

到着が遅れたら、完全無欠の計画全体が破綻(はたん)してしまう。窮屈な規律のように見えて、実はスタッフが万全のおもてなしの構想を保つため、全力で奔走しているというわけだ。

私はそれを目の当たりにした。ある日の昼前、草月で同僚の男性がこちらへ突進してきた。真っ赤な顔で目を大きく見開き、明らかにパニックを起こしている。

同僚は早口で「今すぐ女湯に行ってくれ!」と声を張り上げた。

どうやら、女湯の清掃に行ったところ、外国人客がまだ入浴していたらしい。そう、裸の女性たちにばったり遭遇してしまったのだ。

私はすぐに駆けつけ、女性客たちには10時の清掃までに入浴を済ませるよう伝えていたことを確認したうえで、失礼を丁重にわび、急いで出てほしいと念を押した。

旅館ではタイミングがすべてだ。少人数の従業員にぎっしりのスケジュールという状況では、1分ごとが勝負。スケジュールがきちんと守られなければ、こういうアクシデントの恐れがあるし、実際に起きてしまう。

裸とタトゥー――実際の現状は

ここで生じるのは、多くの外国人が抱く疑問だ。そもそも日本人はどうして全裸で入浴するのか。特に混浴では、水着姿のほうがその場にふさわしいのではないか。

裸での入浴は日本の衛生、文化、社会規範に根差した何世紀も前からの伝統だ。昔はみんなで裸になるのが普通のことで、混浴もよくあった。旅館に男女別の浴場を設ける余裕がないケースも多かった。

しかし1870年代に入ってきた欧米の倫理観が、混浴禁止につながった。一部の地方に川沿いの混浴風呂が残ったのは、田舎で厳しい取り締まりが及ばなかったことが主な理由だ。

現在ではほとんどの温泉が男女を分けていて、混浴エリアではプライバシーを保つのに湯あみ着やタオルをまとうこともできる。ただし一部には例外もみられる。

伝統的な混浴の真髄(しんずい)を残す例として、もっぱら療養を目的とした湯治(とうじ)場などがある。

例えば大分県の天ケ瀬温泉にある岩づくりの神田湯(じんでんゆ)。川に面した露天風呂で、囲いの壁やカーテン、ついたてが一切ない。視界をさえぎるような木や草、岩もない。

話には聞いていたが、聞くと見るとは大違いだった。その日も十数人が訪れ、川沿いを歩いたり、車で通りかかったり、橋を渡ったり、近くのホテルに滞在していたりする人々から丸見えの状態で入浴を楽しんでいた。

もう一カ所の有名な混浴風呂は、青森県・八甲田山の奥深く、酸ヶ湯(すかゆ)温泉にある。幻想的な湯気がもうもうと立ち込める、屋内の大浴場だ。

浴場の前には、混浴の伝統を反映した「三カ条」が掲げられている。

第一条 男性入浴者は女性入浴者を好奇の目で見るべからず

第二条 女性入浴者は男性入浴者を好奇の目で見るべからず

第三条 混浴は老若男女を問わず和を尊び大らかで豊かな入浴の姿を最高と為すべし

三つ目は温泉を訪れるあらゆる人にとって、最高の助言かもしれない。

もう一つ、多くの外国人の関心を引く問題が、タトゥーだ。多くの温泉に、タトゥーのある人は入浴お断りという掲示がある。これには訳があった。

日本には、入れ墨をめぐる長くて暗い歴史がある。入れ墨はかつて、「ヤクザ」(暴力団)の一員であることを示す証で、組織犯罪とのつながりを意味していた。そこで多くの温浴施設はトラブルを避けるため、入れ墨がある客の入場を拒否していた。

だが今は、暴力団でも入れ墨をわずらわしいと感じる若者が多く、入れているのは構成員の約半数とも伝えられる。そのため、もはや入れ墨を禁止するだけで暴力団を確実に締め出すことはできない。

一方ではタトゥーが世界的に普及し、現代の宿は昔ながらのルールを適用しづらくなった。

一部の温泉は時代の変化に合わせてタトゥー制限を緩めているものの、禁止するほうが簡単だというだけの理由で断り続けているケースも多い。

この対策として、「Tatoo Friendly Onsen」(タトゥーOKの温泉)という大規模なデータベースのサイトがある。リストアップされる数は増えているが、ほとんどが大きくて有名な温泉街の情報だ。

穴場の小さな温泉を見つけたら、正直に言うのが一番だ。予約を取ってキャンセルできなくなってしまう前に、タトゥーのことを宿の主人に話し、どこにあってどれくらいの大きさなのかを伝えよう。防水のばんそうこうや医療用テープ、風呂つき客室などを提案されるかもしれない。

多くの宿には先着順の個室風呂がある。気兼ねなく入浴するにはうってつけだ。

迷ったら空気を読んで

さて、裸とタトゥーの問題をクリアしたとして、次に待っているのが暗黙のルールだ。

日本では、相手が間違ったことをしていてもそう伝えない人がほとんどだ。無作法なわけではなく、これはむしろおもてなしの精神に通じている。

だれかが湯船にタオルを入れたり、長い髪が垂れ下がって湯の中で泳いだりしていても(どちらもマナー違反だ)、注意せずにそっと離れていく。

私はある時、浴場で宿の下駄(げた)をはいている女性客を見かけた。下駄がトイレ専用であることを知らせると、女性はあわててトイレに戻った。(特定の場所に専用の履物があり、持ち出し厳禁というのも暗黙のルールだ)

湯船につかる前に、シャワーで体を洗い流すという鉄則もある。

「部屋でシャワーを浴びたばかりなのに」と思うかもしれないが、ほかの客はそんなことを知らない。風呂の湯が汚れることはないと、みんなを安心させるための配慮だ。

シャワーの後は桶や椅子、シャンプーなどをあるべき位置に戻そう。小さなことだが、次の人が気持ちよく使えるようにという、日本のおもてなし精神が反映されている。

もう一つ、入浴の態度にも気をつけなければならない。時々、「やったー」とばかり風呂に飛び込み、しぶきをまき散らしそうな勢いで入って来る外国人がいる。

気持ちは分かるが、周りには温泉で静かにくつろぎたい客がいる。

とはいえ、中には楽しくにぎやかな雰囲気の温泉もある。

日本人はよく「空気を読む」という言葉を使う。みんなが黙って入浴していたら、それに従おう。おしゃべりや笑い声が響き渡っていたら、遠慮なく加わればいい。大事なのはルールというより調和と敬意、そして同じ場をともにする経験をただ単純に楽しむことだ。

原文タイトル:‘Read the air’: A Japanese hot spring expert shares some naked truths about naked bathing(抄訳)