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 「ブルー・ライト・ヨコハマ」などを手がけ、昭和歌謡界をけん引した作詞家の橋本淳さんが5月21日、肝硬変のため東京都の病院で死去した。86歳。東京都出身。「青いリンゴ」を歌唱した歌手・野口五郎が追悼した。

 野口はスポニチ本紙の取材に対し「橋本淳先生は『青いリンゴ』から数曲お世話になりました。京平先生より歌唱のレッスンには厳しい方でした。何でもない「おでん屋さん」にフラッと顔をお出しになったり,笑顔が優しい先生でした」と回顧。「ヒット曲の方程式の原型を作られた方だと思います。偉大な作詞家橋本淳先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます」と悲報を悼んだ。

 「青いリンゴ」は71年に発売された野口の2枚目のシングル。自身初のオリコン週間チャート入りを果たし、20万枚近いセールスを記録した。

 橋本さんは1939年7月8日生まれ。67年「涙のギター」で作詞家デビューを果たし才能を開花。68年12月に発表されたいしだあゆみ26作目のシングル「ブルー・ライト・ヨコハマ」は累計150万枚を超える売上を記録するミリオンセラーとなり、「横浜のご当地ソング」として現在も多くの世代から愛されている。2000曲を超える楽曲を発表し、オリコンチャート解析で「グループ・サウンズ(GS)関連で最も売れた作詞家」とされた。