新作「箱の中の羊」に込めた思いと日本映画界への“警鐘” 是枝裕和監督がカンヌで語ったこと
第79回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で、最新作『箱の中の羊』が8度目の選出となった是枝裕和監督。今年のカンヌでは、濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』、深田晃司監督の『ナギダイアリー』と、日本映画が3本もコンペに選ばれ、これは25年ぶりの快挙だ。自らの作品のみならず、日本映画の行く末について問題提起を続けてきた監督に、改めて日本映画界の課題や、是枝監督の考える“いい映画”の条件とは何かなど、映画ライターの斉藤博昭氏が聞いた。
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過去作とも響き合う、新作『箱の中の羊』
2026年、第79回カンヌ国際映画祭で最新作『箱の中の羊』がコンペティション部門に選出された是枝裕和監督。8度目のコンペ選出となり、もはや“ホーム感”すらあるというカンヌだが、「(作品にとって)コンペは1回限りなので、毎回、緊張します」と心境を語る。

残念ながら今回の『箱の中の羊』は無冠に終わったが、その内容は是枝作品を観続けてきた人の心に深く沁み渡るものだ。7歳の息子を亡くした夫婦が、その子と同じ姿をした「ヒューマノイド」を迎え入れる物語。子役の演技の重要度や、家族の複雑な関係性、生と死といったテーマは、これまでの是枝作品の芯を形成してきた要素であり、監督らしさが充満する。
「作っている最中に意識したわけじゃないですけど、完成作を観たら、確かに自分らしい要素がいっぱい入っていると感じました。最初のプロットでは、ヒューマノイドの子供と一緒に生活し続ける物語でしたが、それだと家の中だけで物語が“閉じて”しまう。その先の“親離れ”まで発展させることで、新しい家族のドラマになったと思っています」
作品のテーマのヒントは、2年ほど前に読んだ中国の“死者を甦らせるビジネス”に関する記事だったという。
「上海で実際にそのビジネスをやっている方に話をうかがい、その技術に驚かされました。僕自身、父親が突然亡くなった時、もう少し交わしたい言葉があったと後悔が残っていたので、このサービスを利用する人の気持ちがわかりましたし、そこで心が揺らぐ感覚を映画にしたいと思いました」
日本映画の“いい流れ”を継続させるために
今年のカンヌでは、是枝作品のほかに濱口竜介監督、深田晃司監督の作品もコンペティション部門に選出され、25年ぶりの快挙となった。10年前に比べ、若い世代の監督が海外の映画祭で注目される現状を、是枝監督は喜ばしいことだと語る。しかし、手放しで楽観視しているわけではない。
「ここで『日本映画、すごい』と騒いでいるだけでは、10年後にとんでもないことになる。このいい流れを継続していくうえで僕が勧めたいのは、もっと若いプロデューサーがここ(カンヌ)に来て、英語でプレゼンをすること。そうした人材が多く育てば、10年後も日本映画の存在価値を高めていける。そのサポートこそが、いま必要なんです」
海外での映画製作も経験し、日本の映画製作の問題点について発言を続けてきた是枝監督。先日も、依然として存在するブラックな労働環境について問題提起した記事が話題となった。(2026年5月2日の日経新聞【邦画成長へ作り手潤せ 監督の自己満足だけでは限界、是枝裕和氏】)
「映適(日本映画制作適正化機構)のガイドラインが浸透すれば、労働環境の改善のために製作費が1.5倍〜1.7倍ほど上がります。これまで1億円で作れた映画が1億5000万円かかってしまう。単体の作品での採算性が重視されると、オリジナルで挑戦的な作品は激減するでしょう。それを避けるため、興行収入の1%を新たな才能や観客を育てるために使いましょう、という提言をしました」
官民ファンドが巨額の赤字を抱えた「クールジャパン」のようにはなってはいけない、と監督は釘を刺す。
「短期間でIP(知的財産)を使って外貨を獲得するのではなく、まず製作環境を改善し、面白い作品が生まれ、それが海外にも届いて興行につながっていく。それが本来の順序です。そこを僕も委員の一人として監視し、働きかけようと思っています」
“いい映画”の条件、そして未来へ
是枝監督は近年、シャネルと組んだ若手支援プログラムや、自身が立ち上げた製作ファンドなどを通じて後進の育成にも積極的だ。若い才能から刺激を受ける好循環も生まれているという。
「若い監督をサポートしつつ、私自身も監督として彼らとはライバル関係にあります。新作では大学の教え子がプロデューサーに入っていて、僕の気づかない部分で新たな発見を指摘してもらうなど、良い循環が生まれている気がします」
製作環境を改善し、新たな才能が生まれる機会を増やす。その先には、日本に“いい映画”が増える未来が待っているはずだ。では、是枝監督にとっての“いい映画”とは、どのような作品なのだろうか。
「人生の節目、節目で、違って感じられる映画でしょうか。10代で観た時はわからなかった部分が20代で理解でき、30代で観なおして大好きになる。さらに40代に観たら心から泣けた……。そんな風に“成長していく”映画を、僕自身も作りたいんです」
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【是枝監督カンヌで語る 本当に“いい映画”と日本映画躍進の条件】の記事では、是枝監督の考える本当に“いい映画”や、その理想に当てはまると考える作品名について、そして今後のキャリアで目指したい到達点について取り上げている。
斉藤博昭(さいとう・ひろあき)
1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。『リリーのすべて』(早川書房刊)など翻訳も手がける。
デイリー新潮編集部
